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第6話

空間跳躍陣の眩い光が、私の身体を包み込んでいた。

王都の地下から辺境の森へと至る、一瞬の転移。視界が白く歪む数秒の間、私は無意識に自分の首筋へと手を伸ばしていた。


思えば、あの断頭台の冷たい刃が首に落ちた瞬間から、すべては始まったのだ。

処刑の直後に三年前の執務室で目を覚まし、机の上に置かれた偽造発注書を見たときの、あの鉛のような絶望と怒り。それは今も、私の胃の奥で冷たくとぐろを巻いている。

かつての私は、魔術の探求こそが国を豊かにし、民を守る盾になると信じて疑わなかった。政治の泥仕合には無関心で、ただ真面目に職務をこなしていればいいと思っていた。そのお人好しな甘さゆえに、部下を信じてあの書類に署名してしまい、反逆の濡れ衣を着せられた。それが破滅の決定打となったのだ。


だが、二度と同じ轍は踏まない。

私はあの発注書への署名を回避し、宰相派が仕掛けた最初の罠を粉砕した。権力に固執し、他者を虫けらのように扱う冷酷な奴ら。今度は私が、言い逃れのできない完璧な証拠を揃え、奴らを断頭台へと送ってやる。その信念は、日を追うごとに強固なものになっている。


手始めに、表向きは忠実な団長を演じつつ、かつて私を裏切った副団長ゲイツを罠に掛け、合法的に追放した。奴が残した不正の痕跡を一つ残らず洗い出し、逃げ道を塞いだ上で失脚させたのだ。それを皮切りに、裏で宰相派の不正の証拠集めを本格的に開始している。

そして今、カイという強力な裏の目を手に入れ、次なる標的——セリア王女の暗殺計画を阻止すべく動いている。


宰相派は、辺境視察中の王女を魔獣暴走に見せかけて葬るつもりだ。王女という最大の政治的後ろ盾を失えば、私の立場も危うくなる。何より、私を信じてくれた彼女を見殺しにするわけにはいかない。

宰相派の連中は、魔獣暴走という自然災害を装って王女を消し、その責任を辺境警備や魔術師団に押し付ける腹積もりだろう。だが、その目論見は私がすべて叩き潰す。暴力ではなく、奴らが逃れられない完璧な証拠をもって。

光が収束し、足裏に硬い土の感触が戻る。

同時に、鉄錆のような血の匂いと、獣たちの耳障りな咆哮が鼻腔と鼓膜を打った。


◆ーーーー◆


私(わたくし)は、押し寄せる黒い波を前に、奥歯を強く噛み締めた。

地方領主バルド様の領地は、今や地獄と化していた。視察に訪れたセリア殿下を歓迎するはずだった穏やかな村は、突如として森から湧き出した魔獣の群れによって蹂躙されている。


「右翼が崩れるぞ! 盾を構えろ、絶対に抜かせるな!」


前線では、無精髭を生やした筋骨隆々の領主、バルド様が声を張り上げている。顔の古い傷跡を泥と血で汚しながら、自ら大剣を振るって魔獣を叩き斬っていた。


「くそっ、数が多すぎる! 貴殿ら、殿下をお守りしろ!」


バルド様の悲痛な叫びが響く。彼は領民と王女を守るため、必死に防衛線を構築していた。だが、圧倒的な数に押し込まれ、陣形は今にも瓦解しそうだった。


「殿下、どうかお下がりください。ここは危険すぎます」


私は手にした護身用の短杖を構えながら、背後に立つセリア殿下を庇った。


「いいえ、マリアンヌ。私も戦います。領民たちが命を懸けているのに、私だけが安全な場所に隠れているわけにはいきません」


豪奢な金髪を揺らし、殿下は気丈に言い放つ。その碧眼には、王族としての誇りと強い意志が宿っていた。

だが、状況は絶望的だ。

数頭の魔獣が防衛線の隙間を抜け、こちらへ向かって飛びかかってきた。


「させません!」


私は杖を振り抜き、炎の弾丸を放つ。先頭の一頭を吹き飛ばすが、続く二頭目が私の死角から迫る。

鋭い爪が私の肩を掠め、メイド服の袖が裂けた。熱い痛みが走る。


「マリアンヌ!」

「お気になさらず! 殿下には指一本触れさせません!」


私は厳格な口調を崩さず、再び杖を構えた。だが、魔力はすでに底を突きかけている。呼吸は乱れ、視界の端が黒く滲み始めていた。それでも、私は杖を握る手を緩めない。セリア殿下は、この腐敗した王宮において唯一の希望なのだ。彼女を失えば、この国は完全に宰相派の手に落ちてしまう。

孤立無援。王都からの援軍など、到底間に合うはずもない。

バルド様も多勢に無勢で膝をつきかけている。領地も、王女も守り切れない己の無力さに、彼が激しく歯噛みする音が聞こえた気がした。

巨大な狼型の魔獣が、血走った目でセリア殿下を睨みつけ、地を蹴る。

もう、防げない。

私(わたくし)が絶望に目を閉じた、その瞬間だった。


◆ーーーー◆


「——『極光の槍』」


私が静かに紡いだ言葉とともに、空から無数の光の槍が降り注いだ。

鼓膜を揺らす轟音。大地が抉れ、セリア殿下に迫っていた魔獣の群れが、一瞬にして光の奔流に飲み込まれ消滅する。

土煙が晴れた後には、黒焦げになった地面だけが残されていた。


「な、なんだあの威力は……!」


前線で膝をついていたバルドが、目を丸くしてこちらを見上げている。

私は部隊を率いて、ゆっくりと戦場の中央へ歩み出た。


「遅れて申し訳ありません、セリア殿下。魔術師団、ただいま到着いたしました」

「レオン……!」


セリア殿下の碧眼が、安堵に揺れる。傍らで肩を押さえるマリアンヌも、信じられないものを見るように私を見つめていた。


「団長……どうして、ここに」

「結界の異常を検知し、空間跳躍陣で駆けつけました。怪我の手当てを。あとは我々が引き受けます」


私は短く告げ、前線へと視線を向ける。

森の奥からは、まだ無数の魔獣が湧き出している。だが、恐れるに足らない。


「総員、展開。防衛線を押し上げろ。一匹たりとも逃がすな」

「はっ!」


精鋭部隊が統制の取れた動きで前線に加わり、次々と魔術を放つ。

私は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、冷たい目で敵の群れを見据えた。

宰相派の連中は、この程度の数で王女を暗殺できると考えたのか。あまりにも浅はかだ。


「消えろ」


私は右手を前にかざし、魔力を練り上げる。

大気を震わせるほどの魔力密度に、周囲の空間が歪む。私の右手に集束した魔力が、赤熱した光を放つ。それは単なる炎ではない。極限まで圧縮され、指向性を持たせた破壊のエネルギーだ。私はそれを、無造作に前方へと解き放った。


「『焦熱の嵐』」


放たれたのは、広域殲滅魔術。

紅蓮の炎が竜巻となって前方を薙ぎ払い、数百頭の魔獣を一瞬にして灰へと変えた。熱波が戦場を駆け抜け、焦げた肉の臭いが風に乗って散っていく。断末魔すら上げる暇を与えない、圧倒的な蹂躙。


「す、すげえ……これが、王国の魔術師団長……」


バルドが呆然と呟く。

戦況は一瞬にしてひっくり返った。押し寄せていた黒い波は完全に消し飛び、森の入り口には静寂が戻りつつあった。

味方に被害を出さず、敵だけを的確に焼き尽くす。情に流されず、ただ真面目に魔術を極めるだけで生き残れると信じていた過去の私なら、魔力の消費を恐れて出し惜しみをしたかもしれない。だが、今は違う。守るべき者を確実に守り抜くためなら、私は一切の容赦をしない。


残存する数頭の魔獣が、怯えたように森の奥へと逃げ帰っていく。

これで終わりだ。あとはカイが、裏で証拠を回収してくれているはずだ。

そう確信し、部隊に警戒を解かせようとしたときだった。


ズシン、と。

地鳴りのような重い足音が、森の奥から響いてきた。

木々がなぎ倒され、土煙を上げて姿を現したのは、通常の数倍はあろうかという巨大な熊型の魔獣だった。

だが、ただの大型魔獣ではない。

その首元には、不自然な金属製の首輪が食い込んでおり、そこから禍々しい紫色の魔力が漏れ出している。


「人為的に凶暴化させられている……?」


私は目を細めた。

巨大なボス魔獣は、血走った両眼でこちらを睨みつけ、空気を震わせるほどの咆哮を上げた。

宰相派の仕掛けた罠は、まだ終わっていなかったらしい。

私は再び魔力を練り上げながら、ゆっくりと一歩を踏み出した。

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