甘い争奪戦と、始まりの誓い
「ひ、陛下……っ!? 一体何を言われているのですか……っ!?」
エリスの悲鳴に近い声が、大広間の天井にこだました。
普段は女王の前で失礼など許されないはずの聖騎士が、今はその規則すら忘れて僕と女王の間に割り込もうとしている。その瞳は涙で潤みつつも、必死の覚悟で僕を見つめていた。
「エリス、声を荒げるものではありません」
ルミナス女王はくすりと可憐に笑うと、僕の手を抱きしめたまま、どこか楽しげに目を細めた。
「ですが、私は至って真面目ですよ。この世界にただ一人しかいない『男の子』……。彼をこの手に抱き、愛し、二人でこの国を導く。これ以上に素晴らしい未来がありますか?」
「だ、ダメです……! ヒロさんは……ヒロさんは物ではありません! それに、最初にヒロさんを助けたのは……私なのですからっ!」
エリスの叫びは、謁見の間にいたすべての女性たちの胸を打った。両脇に並ぶ近衛兵や貴族たちからも、「エリス様の言う通りでは……」「でも女王陛下のお側の方が……」と、困惑と嫉妬の入り交じった熱いざわめきが起こる。
「……ふむ」
黙って状況を見守っていたヴァルキリア騎士団長が、重厚な甲冑の音を響かせて一歩前へ出た。彼女は片膝をつき、女王に向かって深々と頭を下げた。
「陛下。臣ヴァルキリア、恐れながら意見を申し上げます。ヒロ殿は異世界から来られたばかりで、この世界の常識も、私たちの情熱の重さもまだご理解されておられません。そのような状態で過度な求愛を重ねるのは、ヒロ殿のお心に大きな負担をかけるかと存じます」
「あら……ヴァルキリア。あなたは私を諫めるつもりですか?」
「いいえ。ですが……」
ヴァルキリアは顔を上げると、サファイア色の瞳を真っ赤にし、照れを隠すようにコホンと咳払いをした。
「……ですが! もしヒロ殿が伴侶を選ばれるというのであれば、正々堂々と、ヒロ殿のお心射止めた者が選ばれるべきです! たとえ相手が陛下であろうと……私はヒロ殿をお慕いする一人の乙女として、譲るつもりはございません……っ!」
「「〜〜〜〜っ!?」」
冷徹無比で知られる騎士団長の突然の「乙女宣言」に、大広間全体が静まり返った。当のヴァルキリア自身も、自分の口から出た言葉の重さに気づいたのか、耳の先まで真っ赤にして俯いてしまった。
「ふふ……あははっ!」
沈黙を破ったのは、ルミナス女王の鈴を転がすような高らかな笑い声だった。
「素晴らしいわ、二人とも。ただの権力や立場ではなく、一人の女性としてヒロを愛そうとしているのですね。……いいでしょう」
女王は僕の手をそっと離すと、優しく微笑んで僕の目を覗き込んだ。
「ヒロ。急かすような真似をしてごめんなさいね。あなたの決断は、今すぐでなくて構いません。この城で暮らしながら、じっくりとこの世界を、そして私たちを知っていってください」
「……ありがとうございます、女王陛下」
僕がホッと息を吐いてお礼を言うと、ルミナス女王はキュンとしたように胸を押さえ、うっとりと頬を染めた。
「あぁ……なんて素晴らしい聞き心地なのでしょう。その声で『女王陛下』と呼ばれるだけで、胸がはちきれそうになります……」
「陛下、顔に出ております……」
ヴァルキリアが苦笑いを浮かべる。
こうして、僕の身柄は「王城での特別保護」という形で決着がついた。しかし、それは決して平穏な日々の始まりではなかった。
謁見が終わり、僕に割り当てられた豪華な客室へ案内されると、さっそく扉が叩かれた。
「ヒロさん! お茶を淹れて持みまいした! 一緒に飲みましょう!」(エリス)
「ヒロ殿、部屋の警備体制について確認したいのだが……その、二人きりで話せるか?」(ヴァルキリア)
「ヒロ〜! お城の許可をもらって研究機材持ってきちゃった! 早く身体の測定しましょ!」(ルチア)
扉を開ければ、そこには僕を巡って火花を散らす美少女たちの姿。
全員が女子という常識外れの異世界で、世界でたった一人の「男」である僕の、甘くて賑やかすぎる特別で波乱に満ちた日常が、本格的に幕を開けたのだった。




