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謁見の儀と、女王の甘い試練

カツン、カツンと馬車が石畳を叩く規則的な音だけが、静寂に包まれた車内に響いていた。


豪華な装飾が施された馬車のシートで、エリスは僕の手を両手でしっかりと握りしめたまま、上気した顔を伏せている。握りしめられた手からは、彼女の速い脈拍と温もりがダイレクトに伝わってきた。


「……ヒロさん。もし、お城で何か恐ろしいことが起きそうになったら、私が絶対にあなたをお守りします。どのような処分を受けようとも、私はヒロさんから離れません」


「エリス、ありがとう。でも、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ」


僕が優しく微笑みながら返すと、彼女の隣に座っていたヴァルキリアが小さく息を呑み、拳をぎゅっと握りしめた。


「む、無礼を承知で言わせていただくが、ヒロ殿……! あまりエリスばかりに優しい言葉をかけないでいただきたい。……私とて、この命を賭してヒロ殿を守る覚悟はできておるのだ」


普段は冷徹な騎士団長として君臨するヴァルキリアが、まるで好きな子に振り向いてほしい少女のように頬を染めて懇願してくる。そのギャップがあまりにも愛らしく、車内の空気はいよいよ甘さを増していった。


やがて馬車が止まり、重厚な扉が開かれる。


そこに広がっていたのは、白亜の石造りで作られた壮大な王城――その中心に位置する『謁見の間』だった。


絨毯が敷き詰められた広大な大広間の両脇には、色とりどりのドレスや美しい軍服に身を包んだ近衛兵や貴族の女性たちがズラリと並んでいた。僕が一歩足を踏み入れた瞬間、殿堂全体に「息を呑む音」と「ざわめき」が波のように広がっていく。


「あ……本当に『男』のお方……?」

「なんてお美しい立ち姿なの……胸の膨らみがなくて、あんなにも背が高いなんて……」

「お声を聞いてみたいわ……一言でいいから、私に語りかけてくださらないかしら……」


女性たちの情熱的な視線と熱気が、肌を刺すように伝わってくる。あまりの熱量に僕が少し身を引くと、エリスとヴァルキリアが左右から挟むように立ち、威嚇するように周囲を牽制した。


そして、玉座の前に到着した。


そこに鎮座していたのは、この国を統べる者――女王・ルミナス=オルティシアだった。


月光のように煌めく金髪に、透き通るような青い瞳。頭上には煌びやかな王冠を戴き、神秘的な美しさを纏った彼女は、まさに女神の降臨を思わせる圧倒的な存在感を放っていた。


「……面を上げなさい」


透き通るような美しい声が謁見の間に響く。


僕が顔を上げ、まっすぐに彼女の視線を受け止めると、女王ルミナスの瞳が大きく揺れた。彼女は身を乗り出し、玉座の肘掛けを強く握りしめた。


「……まさか、おとぎ話の絵本でしか見たことのなかった『男性』が、実在していたとは……。我が目に狂いはないか、ヴァルキリア?」


「はっ! 陛下、間違いございません。彼の身体構造、声音、そして漂う気配……すべてにおいて、何千年も前に絶滅したとされる『男』そのものでございます」


ヴァルキリアが片膝をついて報告すると、ルミナス女王はゆっくりと玉座から立ち上がり、自ら階段を降りて僕の元へと歩み寄ってきた。


カツン、カツンとヒールの音が静まり返った大広間に響く。


彼女は僕の目の前で足を止めると、細く美しい指先をそっと僕の頬へと伸ばした。かすかに震える指先が僕の肌に触れた瞬間、彼女の美しい瞳に情熱的な光が宿る。


「温かい……。本当に……本物の男の子なのですね……」


「……初めまして、女王陛下。ヒロと言います」


僕が深々と一礼して挨拶を交わすと、周囲の貴族女性たちから「きゃあ……っ!」と可憐な悲鳴が上がった。低く響く僕の声を聞いた瞬間、ルミナス女王もまた、ポッと頬を桃色に染めて胸を押さえた。


「〜〜〜っ! なんという……胸を締め付けるような、心地よく重厚な声なのでしょう……。これが『男の言葉』……」


女王としての威厳を保とうと必死に背筋を伸ばすルミナスだったが、その耳たぶは真っ赤に染まり、吐息はかすかに荒くなっていた。彼女は僕の目をまっすぐに見つめ返し、真剣な面持ちで口を開いた。


「ヒロ。この世界において、あなたの存在はまさに『天からの贈り物』……ううん、世界を揺るがす奇跡そのものです。多くの者があなたを求め、時には奪い合おうとするでしょう」


「……奪い合う、ですか?」


「ええ。ですが安心しなさい。この私、ルミナス・オルティシアが、国家の全力を挙げてあなたを保護することを約束します」


彼女はそう言うと、僕の手をそっと取り、己の胸元へと引き寄せた。


「……そのためにも、ヒロ。あなたには、私の『特別な存在』として、この城で私と共に暮らしていただきたいのです」


「へ……? 特別な存在……!?」


女王の突然の告白とも取れる提案に、謁見の間が騒然となった。


「へ、陛下……っ!? それはどういう意味でございますか!?」


エリスが大慌てで声を張り上げる。


「言葉通りの意味ですよ、エリス。この愛らしくも尊い男の子を、ただの客として放置することなどできません。私の傍に置き、私自らが彼を愛で、守り育てる……それこそが王としての責務です」


ルミナス女王は妖艶な笑みを浮かべ、僕の手を抱きしめるように力を込めた。


「ちょっと待ってください陛下! 最初にヒロさんを発見し、お守りしたのは私です! いくら陛下のお言葉でも、ヒロさんを独占されるのは納得がいきません!」


エリスが意を決して女王に反論する。ヴァルキリアもまた、葛藤に顔を歪めながら口を開いた。


「ひ、陛下……! 護衛の観点から言っても、ヒロ殿の身の安全は我が聖騎士団が引き受けるべきかと……! 決して、決して私がヒロ殿の近くにいたいからという個人的な理由ではございません……っ!」


「ふふ、二人とも目が真剣ですね。ですが、ヒロを選ぶのは私でもあなたたちでもなく、ヒロ自身ですよ?」


ルミナス女王は上目遣いで僕を見つめ、甘い吐息を漏らしながら囁いた。


「さあ、ヒロ……。あなたは誰の手を取り、どのような道を選びますか? 私の愛を受け入れ、この国の王として私と共に歩んでくれますか……?」


女王、騎士団長、そして最初に僕を助けてくれた少女。

美少女たちの熱い視線と情熱が集中する中で、僕の異世界生活は、早くも最大の選択の時を迎えようとしていた。

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