城からの招集と、甘い決意
「……コホン。取り乱したところを見せてしまい、すまなかった」
ヴァルキリアはゴホンと一つ大きな咳払いをすると、甲冑の胸当てを軽く叩き、再び騎士団長としての凛々しい表情を作り直した。
だが、その耳たぶは依然として熟した熟柿のように赤いままだ。
「ヒロ殿。本来ならば、あなたをこのまま静かな場所で休ませて差し上げたいのだが……事態は一刻を争う。城の女王陛下が、街での騒ぎと『男の存在』に関する報せを受け取られたのだ」
「女王陛下……ですか?」
「はい。陛下は大変驚かれ、直ちにヒロ殿を城にお連れするよう指示を出された。……だが、心配はいらない。陛下はとてもお優しく、聡明な方だ。あなたに危害を加えるような真似は絶対にさせない」
そう語るヴァルキリアのサファイア色の瞳には、僕を護衛することに対する強い使命感が宿っていた。
「ちょっと待ってよヴァルキリア! 急に城に連れて行くなんて、ヒロが緊張しちゃうじゃない! まずは私の研究所で心身のケアと精密検査を――」
「ルチア、国家の最高決議を優先すべきだ。お前の研究はその後でも遅くはないだろう」
「むぅ……! 堅物騎士団長め……」
不満そうに頬を膨らませるルチアだったが、ヴァルキリアの真剣な眼差しを見て、それ以上は食い下がろうとしなかった。彼女はそっと僕の隣に歩み寄ると、僕の服の袖をキュッと引っ張った。
「ヒロ……城から戻ったら、絶対に私のところに来てね? 最高のティータイムを用意して待ってるから……約束よ?」
上目遣いで僕を覗き込むルチアの顔は、普段の自信満々な学者らしからぬ、どこか甘えたような表情だった。
「うん、約束するよ。ありがとう、ルチア」
「……っ! 本当に、一言一言が心臓に悪すぎるわ……」
ルチアは真っ赤になった顔を隠すようにソッポを向いてしまったが、その口元は嬉しそうに緩んでいた。
「ヒロさん」
隣にいたエリスが、意を決したように僕の前へ一歩踏み出した。彼女は自分の腰に差した長剣の柄に手を置き、僕の目をじっと見つめる。
「私も、王城へ同行します。私がヒロさんを最初にお守りすると決めたのですから……どんな場所へ行こうと、お側を離れません」
「エリス……ありがとう。心強いよ」
僕が答えると、エリスは愛おしそうに目を細め、小さく微笑んだ。その瞳には、単なる『神話の存在』に対する憧れを超えた、もっと素直で温かい感情が溢れていた。
「では、ヒロ殿。馬車を用意してある。参りましょう」
ヴァルキリアが部屋のドアを開け、僕をエスコートするように手を差し伸べる。その指先がかすかに震えているのを、僕は見逃さなかった。冷徹な騎士団長も、僕と触れ合う瞬間だけは一人の女の子に戻ってしまうらしい。
館の外に出ると、豪華な装飾が施された馬車と、それを囲むように配置された数十名の女性騎士たちが待機していた。
僕が姿を現した瞬間、騎士たちから「息を呑む音」が一斉に漏れ聞こえた。
「あ……本当に……『男』の人が……」
「なんて素敵な声……立ち姿も凛としていて……」
「神様、ありがとうございます……!」
彼女たちの視線と溜息に包まれながら、僕は馬車へと乗り込んだ。
向かい側にはヴァルキリア、そして僕のすぐ隣にはエリスが腰掛ける。二人とも緊張のあまり身を固くしており、狭い馬車の中にはどこか甘く、甘酸っぱい空気が満ちていた。
「ヒロさん……手が、冷たくありませんか……?」
エリスが意を決したように、そっと僕の手の上に自分の手を重ねてくる。
「大丈夫だよ。少し緊張してるだけさ」
「私でよければ……城に着くまで、こうして手を握らせてください。……その、ヒロさんが安心できるなら……ですけれど」
赤面しながらも、まっすぐな瞳で僕を見つめるエリス。反対側に座るヴァルキリアも、羨ましそうにこちらをチラチラと見つめながら、拳をぎゅっと握りしめていた。
全員が女子の世界で、僕の存在が巻き起こす波紋は、これからさらに大きく広がっていこうとしていた。




