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騎士団長の来訪と、揺れる乙女心

「――エリス・フォンドネル! 直ちに応答しなさい!」


ドアを叩く金属音とともに、重厚な声が再び響き渡った。


エリスは慌てて自分の髪と甲冑を整えると、僕に「後ろに下がっていてくださいね」と小さく囁き、ゆっくりとドアを開けた。


「団長閣下……! お忙しい中、このような場所まで足を運ばせてしまい、申し訳ありません」


そこに立っていたのは、一目見ただけで誰もが息を呑むような、圧倒的な存在感を放つ女性だった。


腰下まで伸びた艶やかな金髪を一つに束ね、全身を無駄のない美しく磨き上げられた白銀の甲冑で包んでいる。その凛々しい立ち姿と、鋭いサファイア色の瞳は、まさに国の平和を一身に背負う騎士そのものだった。彼女こそ、この国が誇る最高戦力であり、聖騎士団を率いる団長――ヴァルキリア・グランバニアだった。


「挨拶はいい、エリス。それより街での大騒ぎは本当か? 神話に謳われる『男』が……数千年の時を経て現れたというのは……」


言葉の途中で、ヴァルキリアの視線がエリスの肩越しに僕を捉えた。


その瞬間、彼女の鋭い瞳が揺れた。凛とした立ち振る舞いが一瞬で崩れ、手にしていた威厳ある長剣の鞘が、カチャンと小さな音を立てて落ちそうになる。


「な……ッ!?」


ヴァルキリアは息を呑み、吸い寄せられるように一歩、また一歩と部屋の中へ踏み込んできた。甲冑の重厚な足音が、静まり返った部屋に響く。


「胸の膨らみがなく、肩幅が広い……それに、その眼差し……。おとぎ話の挿絵でしか見たことがない……本物の、男……」


彼女は僕の前で足を止めると、まじまじと僕の顔を見つめた。普段は数千の兵を率いる冷徹な指揮官であるはずの彼女の頬が、見る見るうちに朱に染まっていく。


「閣下、こちらが先ほど森で助けたヒロさんです」


エリスが少し自慢げに、しかしいつでも僕を庇えるように隣に立った。


「ヒ、ヒロ……と申すのか……」


ヴァルキリアはどこかぎこちない動きで胸に手を当て、深々と頭を下げた。


「無礼を許してほしい。私はこの国の聖騎士団長、ヴァルキリア・グランバニアだ。……まさか、我が生きている間に『男』という神聖な存在にお目にかかれるとは……。天の導きに感謝する」


「あ、初めまして。ヒロです。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ、ヴァルキリアさん」


僕が普通に挨拶を交わすと、ヴァルキリアは「っ!?」と肩を跳ねさせ、大慌てで両手で口元を覆った。


「声が……低い……! 腹の底に響くような、重厚で優しい音色……。これが『男性の声音』というものなのか……ッ!」


彼女の耳の先端まで真っ赤になっている。凛々しい騎士団長としての仮面は完全に剥がれ落ち、そこにはただの純情な一人の少女の素顔があった。


「ちょっとヴァルキリア、職権乱用で押し入ってくるなんて狡いわよ。私は今、ヒロの貴重なデータを取っていたところなんだから」


白衣を着たルチアが、腕を組んで不満そうに口を挟んだ。


「ルチア・ヴァレンシュタイン! お前という奴は……! 国の至宝とも言えるヒロ殿に対して、また怪しげな実験を試みようとしていたのではないだろうな!?」


「怪しくないわよ! 科学的な好奇心よ! ヒロの筋肉の弾力や心拍数を測定するのは、人類の発展において不可欠なプロセスなんだから!」


「き、筋肉の弾力だと……!? 不敬だぞ! 軽々しく触れて良いお方ではないのだ!」


「ならヴァルキリアはどうなのよ? さっきからヒロのこと、熱い視線でジロジロ見つめまくってるじゃない。顔、真っ赤よ?」


「なっ……! こ、これは過呼吸のようなものであって……決してやましい感情など……っ!」


二人の口論が始まる中、エリスがそっと僕の袖を引いた。


「ヒロさん、大丈夫ですか? 急に偉い人たちが押し寄せてきて、疲れてしまっていませんか……?」


「大丈夫だよ、エリス。みんな僕のことで一生懸命になってくれてるみたいだし」


僕が優しく微笑むと、エリスは恥ずかしそうに視線を泳がせながら、小さな声で囁いた。


「あの……ヒロさん。騎士団長様やルチアはすごく優秀な人たちですが……私を一番近くに置いてくれますか? 最初にヒロさんを見つけたのは……私ですから」


上目遣いで僕を見つめるエリスの瞳には、不安と、ほんの少しの独占欲が入り混じっていた。


「もちろんだよ、エリス。君が助けてくれなかったら僕はいなかったんだから」


「ヒロさん……っ!」


エリスの顔が一気に輝き、キュッと僕の手を強く握りしめる。


その様子を横目で見ていたヴァルキリアとルチアが、ピタリと喧嘩をやめてこちらを振り返った。


「え、エリス……! 一番手だからといって、ズルいぞ……!」(ヴァルキリア)

「ちょっと、私だってヒロに美味しいお菓子をあげる約束をしてたのに!」(ルチア)


世界にたった一人の「男」である僕を巡って、騎士、学者、そして少女たちの甘くて賑やかな牽制合戦が本格的に始まろうとしていた。

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