決戦前夜と、重なり合うぬくもり
「全軍、陣形を崩すな! 結界班は展開を急げ!」
王都の城壁の上では、松明の炎が夜風に揺れ、緊迫した号令が飛んでいた。城壁の向こうに広がる『暗黒の森』からは、地鳴りのような咆哮と、どす黒い異界の魔力が霧となって立ち込めている。
決戦は明日の黎明。
前線基地となった城壁の指揮所で、僕はルチアが組み上げた防衛用魔導兵器の回路調整を手伝っていた。
「よし……これで接続完了だ。ルチア、出力の制御盤を確認してみてくれ」
「……あ、うん! ありがと、ヒロ……」
ドライバーを置いた僕の手を、ルチアがそっと両手で包み込んだ。いつもの自信満々な表情とは違い、彼女の琥珀色の瞳はどこか不安げに揺れている。
「ヒロ……私ね、本当はすごく怖いの。もし私の計算が狂って、兵器が破られたら……あなたが傷ついてしまうんじゃないかって……」
「ルチア……」
「私はただの学者で、エリスやヴァルキリアみたいに剣を振るってあなたを守ることはできない。だから……絶対にこの技術であなたを守らなきゃいけないのに……っ」
震える彼女の肩を、僕のほうからそっと抱きしめた。
「大丈夫だよ。ルチアの作った兵器は完璧だ。それに、僕もただ守られるだけじゃなく、明日みんなと一緒に戦う。君が寝ずに準備してくれたこの力を信じてるよ」
「ヒロ……っ」
ルチアは僕の胸に顔を埋め、ぎゅっと背中に手を回してきた。
「ずるいわ……そんな風に優しくされたら、余計にあなたを離したくなくなるじゃない……。明日が無事に終わったら、絶対に……私をたくさん甘やかしてね?」
「ああ、約束する」
ルチアと別れ、城壁の哨戒に向かうと、そこには月光を浴びて長剣を磨くエリスの姿があった。
「エリス」
「あ……ヒロさん」
振り返ったエリスの顔には、決意と、ほんの少しの寂しさが浮かんでいた。彼女は剣を鞘に納めると、すり寄るように僕の隣に立ち、そっと指を絡めてきた。
「私、ヒロさんと出会えて本当に良かったです。あなたがこの世界に来てくれてから、毎日がまるで夢みたいに暖かくて……」
「僕もだよ、エリス。君が森で助けてくれなかったら、今の僕はいない」
「明日、何があっても私がヒロさんの一番の盾になります。だから……もしこの戦いが終わったら……」
エリスは頬を真っ赤に染め、上目遣いで僕を見つめた。
「もっと……私の名前を呼んで、抱きしめてくれますか……? 『伝説の存在』としてじゃなく、一人の女の子として……私を見てほしいんです」
「もちろんさ、エリス。君は僕にとって、最初から特別な女の子だよ」
「〜〜〜っ! ヒロさん……大好き……っ!」
感極まったエリスが僕の首に腕を回し、愛おしそうに抱きついてくる。その甘い温もりを確かめ合っていると――
「……コホン。二人とも、少々距離が近すぎるのではないか?」
甲冑の音を響かせて現れたのは、全軍の指揮を執るヴァルキリアだった。
普段なら厳しく咎めるはずの彼女だったが、そのサファイア色の瞳には、どこか羨ましそうな色が混ざっていた。
「エリス、前線の見回りに行ってこい。……ここは私が引き継ぐ」
「あ、ズルいですヴァルキリア様! 団長権限で二人きりになろうなんて……っ」
「む、無礼な! 私はただ、ヒロ殿に最終作戦の確認を……っ!」
照れ隠しに声を張り上げるヴァルキリアに、エリスはクスクスと笑いながら「後で交代ですからね!」と言い残して去っていった。
二人きりになった城壁の上で、ヴァルキリアは深く息を吐き、鎧の胸当てに手を当てた。
「……ヒロ殿。明日、私は聖騎士団の先頭に立って突撃する。……怖くはないと言えば嘘になる。だが、私には護るべき『最愛の人』ができたのだ。そう思うと、全身に無限の力が湧いてくる」
「ヴァルキリアさん……無理だけはしないでくれ。君が無事で戻ってくることが、僕の願いだ」
そう言って僕が彼女の素手に触れると、ヴァルキリアはビクッと体を跳ねさせ、吸い寄せられるように僕の胸へと倒れ込んできた。
「ヒロ……殿……。戦いが終わったら……私も、あなたの隣に立つことを許してくれるだろうか……?」
「当たり前だよ。君と一緒に、これからもこの世界で生きていきたい」
「……っ!! ああ……感謝する……ヒロ……っ!」
冷徹な騎士団長が、僕の胸の中で愛おしそうに身体を預けてくる。
そして東の空が少しずつ白み始め、決戦の朝が訪れる。
美少女たちのまっすぐな愛と決意を胸に、僕たちの未来を懸けた最後の戦いが、今始まろうとしていた。




