【余談】生徒会と策士(2.5)
余談なので、スキップも可です。
今は3人してバス停に乗っている。というのも紫苑と柳さんはバス通学だったので、僕も連れ添ってバスで喫茶店へ向かうことになった。だから僕の自転車は学校に置き去りだ。ごめんね、自転車。月曜日には迎えに行ってあげるから。一応学校の自転車置き場には屋根が付いているから雨ざらしにはならないだろう。
「ごめんね。かたるんまでバスになっちゃって。」
前に座っている二人のうち、左側の柳さんが振り向きざまに話しかけてきた。
「いいよ。月曜に帰りに乗って帰れば良いだけだし。」
「ありがと。かたるんの自転車ってモスグリーンの小さいのだっけ?」
「そうそう、あれはアウトドア用の折りたたみなんだよ。」
「なんかアウトドアってだけで機能的に聞こえる。」
「実際そうだね。例えば後ろのキャリーは頑丈だし、あと前カゴは別添えだから簡単に外せるし折りたたむこともできるよ。」
「なにそれ、面白そう。月曜にカゴ外してみたい。」
「それはそれは。ぜひ前カゴ体験会にお越しください。」
柳さんは思わぬところに食いついて、しかもワクワクしている。そんなにはしゃぐようなものだろうかと疑問にもなるが、何にせよマイフレンド、良かったね。柳さんが君を褒めてくれているよ。置いてけぼりにした機嫌もこれで直してくれると嬉しいな。
一方で紫苑は前を向いているから表情を読めないけど、前カゴ体験会の言葉に首を傾げて反応してから「ふふっ」と笑いを漏らした。意外と笑いのツボが浅いんだよな。ただそれから数秒してから、紫苑が「ああ、そうそう。」と思い出したように後ろを振り向く。その顔はさっきのツボの浅さとは裏腹に、悪知恵の働いた笑みを浮かべていた。
「そういえば語。今朝、自転車は大丈夫だったかしら?」
その言葉を聞いて僕はつぐんだ口が呆気な感じで開いた。今朝の自転車といえば思い出すのはあれしかない。誰にも話していないのにそれを知っているということは、秘密の暴露に他ならないじゃないか。
「紫苑、僕の自転車のギアをいじったの?」
「出るときに隣の自転車を見たら、ギアが重めに入っていたんだもの。漕ぎ出しづらいだろうから細やか配慮を、ね?」
紫苑は悪びれもせず自白するどころか開き直って正当化し始めた。何が「ね?」なんだか。僕が「そうだね」と感謝するとでも思っているのか。
「何は配慮だ。今朝いきなりガクンときて焦るったし衝撃で膝が痛かったし、吃驚したんだよ。」
「おかげで目覚めたんじゃない?」
「本当だよ。誰かさんのおかげで酷い朝だった。」
紫苑が「ごめんごめん。」と言って柳さんの方へと向き直る。さっきから「何があったの?」と興味津々の柳さんに事の顛末を話しては、二人して笑っている。これが紫苑の本性だ。表向きは怜悧で微笑み讃えるクールな人間ということで通っている。でも実際は悪戯をしたり誰かを弄ったりと、怜悧さを下らないことに使う人間だ。これは学校だと僕と柳さん、あとは親しい人たちくらいしか知らない。
そして残念ながら僕は昔から紫苑のいたずらの矛先となっている。一方の柳さんは時々いじられているけど、大抵の場合、「しーちゃんとかたるんのやりとり、見ていてめっちゃ面白いんだもん。」と言って野次馬的な立場にいる。こっちはこっちで面白がって助けてくれない非情な人だ。ただそんな野次馬なのに、定期考査で高得点常連で文系科目だと紫苑より上かもしれない。このまえは現代文の答案をチラつかせて「98点だぞー」とドヤ顔をしていた。勉学とか生徒会活動は真面目なのに、こういうノリの良さがどこか憎めない。
そう考えると「本性は悪戯好きな会長と、意外と真面目な副会長」という謎の組み合わせなんだよな。
「意外と真面目ってどういうことかな?」
声が漏れていたらしい。柳さんが振り向きざまに肘でちょいちょいと小突いてくる。
「ノリが良いけど、本当は真面目で副会長に打ってつけだということ。」
「それ褒めてる?」
「そりゃ褒めてるよ。」
さっきの世渡り上手への意匠返しで同じ返事をすると、柳さんは「うっ」と気まずそうな顔をしてから隣の紫苑に泣きつき始めた。
「かたるん酷くない?」
「そうね。私も本性が悪戯好きと言うのは見逃せないかな。」
「紫苑は今の顔を鏡で見ることを勧めるよ。」
紫苑は相変わらずさっきと同じ悪い笑みのままだ。そして笑みのトーンを落として澄ましたかと思えば柳さんのほうへ顔を向けた。
「奈恵ちゃん、私の顔はどう?」
「いつも通り美人だよー。」
「ありがとう。ついでに語の言葉を訂正すると『本性は利発的で、たまにちょっとだけ悪戯っぽくなる人』だから。」
もうどこから突っ込んだら良いのかわからない。ほら、紫苑の味方だった柳さんだって「言っちゃうねー。」とびっくりしているじゃん。僕だってどんな胆力があれば、この発言がサラッと言えてしまうのか戦々恐々だ。なんというか怖いもの知らずなんだよな。
「朝っぱらからギアをいじって何がたまにで。校内放送するどこがちょっとなんだか。とりあえず紫苑が図太い自信家だってことは分かったよ。」
「オブラートに包んでくれてありがとう。でも冗談だってことは忘れずにね。」
「はいはい。」
少し圧のある笑みを向けられた僕はそう言いながら、バスの降車ボタンを押した。
窓の外を見るとお城が見える。もう喫茶店の近くまで来てしまったらしい。ボタンの押下と同時に車内全体のボタンが赤く光って、「つぎ、とまります。」と自動案内が流れた。ボタンを押すタイミングがこの瞬間でよかった。さっきの発言だったり茶化しだったり、これ以上紫苑の話についていくのは御免こうむる。
幸いにも柳さんも「もうここまで来たんだ。」と話を切り上げて、膝に載せていたスクールバッグをいつでも降りられるように立てなおす。そして紫苑は会話の消化不良と「まあいいわ」と言わんばかりの妥協もあいまってか、軽い吐息にそれらの感情を混ぜて一呼吸をついた。
しばらくすると大通りを走るバスはお城の堀近くで停車したので、3人と他の乗客数名がぞろぞろと降りていく。
降りると目の前には、高さ10階程度の地方としては立派な高層ビル。そして周辺はお城のほかに、小綺麗な中層ビルと再開発されたマンションが建っている。この辺りの六番町は、元々銀行や保険会社が並ぶ街の金融街で、他の場所よりある程度の人はいるし綺麗なビルも並んでいる。とはいえビルは大通り沿いと交差する通り沿いだけで、一歩路地に入れば味気ないコインパーキングだらけのハリボテだ。その証拠に地方都市らしく、自動車は行き交うけど歩行者は歩道の幅に比して結構空いている。
ここで降車したのだから自明だけれども、祖父の喫茶店も六番町にある。今の頃合いだと、喫茶店はフォーマルな装いの人が多いだろう。それは金融機関の多い六番町の立地上に加えて、大通りの向いは国の公的機関もあるからだ。
ほら、今も扉からスーツ姿の男性が2人出てきた。よく見れば片方はお得意様だ。目があったので互いに軽く会釈する。目線を戻すともう片方の男性は不思議そうな顔をして、ついでに隣の柳さんも同じ顔をしている。まあ向こうからすれば銀行員が突然学生に会釈したのだから無理もない。隣の不思議がる人には「お得意さんだよ」というと、「ああ、なるほどねー。」と納得してくれた。たぶん向こうも同じ顛末だろう。
それはさておき、お得意様が出てきたこの4階建ての低層ビル。ここの1階が祖父の喫茶店だ。モスグリーンのオーニングが風で軽く波打っていて、その下には渋いこげ茶の木枠にステンドグラスのドアがある。この前ワープしてしまった魔法のドアだ。
そのドアを紫苑は躊躇いなく開いた。カランカランと心地よい音が鳴る。電球色の少し落ち着いた暖かい照明に、年季の入った茶色いカウンターやテーブルが並んでいて、心が落ち着く雰囲気だ。なにより除湿しているのか、少し湿気のある外と違って心地よい。とりあえず開けっぱなしはよくないので、前にいる二人に少し進むよう促して僕も店に入ると、カランカランと再び鐘が鳴ってドアが閉じる。
祖父がカウンターからひょいと顔を覗かせて、2秒ほど僕たちを見てから「ああ、いつもの3人かい。おかえり。」と声をかけてきた。それから祖父が「そっち空いているよ。」と指をさして卓へ案内される。
そこは祖母がよく座っていた、隅っこの思い出深い4人席だった。




