Episodde.8 - いただきます
「......」
気がつけば、俺は見知らぬ土地に立っていた。今さっきまで意識しすぎていたせいか、ここが夢の中であるということはすぐに理解できた。
今どんな夢を見ているのかと辺りを見渡す。
とにかく目に映るのは、人、人、人。
俺の前にも横にも後ろにも、様々な人間が俺と同じように立っていた。俺と同じように制服を着ているカップルや、仲良く手を繋いでいる家族連れなど。そして、何処かから微かに聞こえてくるのは、えらく陽気なパレードのような音楽。全貌は把握できていないが、きっとこの行列はテーマパークに続いているのだろう。
「——ねえ、穂月」
不意に、そのような声が聞こえてきて、心臓が跳ねる。優しげな声音であるが、その声質はハスキーボイスのようで、先ほどまで聞いていた曙さんのものとはまた違う。えらく懐かしく、そして聞き慣れた声。
「双葉......?」
まるでオイルが足りない機械のように、ぎこちない動きで首を回す。すると、俺の左隣には、先ほどまで姿の無かった少女が、さも当たり前かのようにこちらを見ていた。
真っ黒でサラサラとした髪を右側で結び、相川中高のエンブレムが入ったセーラー服を身に纏う。その少女は、俺の幼馴染みである二色双葉に他ならなかった。
彼女は不思議そうな表情を浮かべて続ける。
「どしたの? 前、進んでるけど」
ふと双葉が指さす方を見ると、確かに俺たちと前の人との間が広がっていた。別に、誰から文句を言われるわけでもないのだが、俺はその声に従った。
彼女から視線を外し、段々と速くなっている気がする脈拍を感じながら空を仰ぐ。
なぜ、今更双葉が俺の夢に現れる? 引っ越して、転校して、きっぱりと別れようと決意したのに。それに、越してくる前は『夢の中で会いたい』と願っても全然現れてはくれなかったではないか。
どうして、今になって......? 君と似たような人に今さっき出逢ったから? それとも、単なる気まぐれ?
それに、この夢は一体なんなんだ。俺は双葉と某千葉県のテーマパークになんて来たことはないだろう。せいぜい、地元の遊園地くらいなものだ。
何が俺にこのような夢を見せるのか。どれだけ考えてもそれが分からず、思わず頭を抱えてしまいそうになる。
だが、素直に双葉の顔を見ることができないということだけは確かだった。ずっと彼女の顔を見ていたら、ここから離れたくなくなってしまいそうで。
心苦しいが、その聞き心地の良い声を全て突っぱねるようにして無視し続ける。ただただ無心で、毎分数十センチずつしか動かない行列を進み続ける。そんなことを繰り返していると。
「ごめんっ! 寝るのに時間がかかっちゃって!」
どこからともなく曙さんの声が聞こえてくる。しかし、どこに? 前後左右どこを見ても、彼女の姿は見えない。
「おーい、こっちこっち!」
くるくると首を回していると、再び愉快な声が響く。よく耳を傾けてみると、その声はどうやら——
「——上か」
「やっほ。いやあ、やっぱり夢の中は自由でいいね~」
ふわふわとうつ伏せのような体勢で浮く曙さんは、猫のように気持ちよさそうに伸びをする。......確かに、夢なんだから空を飛んでいても何らおかしな話ではないのだが、思い返してみれば俺は一度もそのようなことをしたことがない——いや、スカイダイビングのようにひたすら落ちていくものは見たことがあるな。まあ、それとこれとは話が違うが。
おそらく、夢の中を現実の延長線上だと捉えているからそういう思考に至らなかったのだろう。それが良いことかどうかはいまいち分からないが。
「それにしても、その隣の子は蔓見くんの彼女さん? ほんとに『甘い夢』ってお願い聞いてくれたんだね!」
「......いやいや、そんなんじゃないよ。ただの友達」
本当に、そんな関係ではなかった。
そもそも、好きな夢を見ることの難しさなど、毎日夢をほっつき歩いている彼女が一番知っていることだろうに。
何にせよ、万が一これ以上詮索されても面倒だということで、ふわりと隣まで降りてきた曙さんに向かって問う。
「それで、これからどうすればいいの?」
「この夢はもう要らないの?」
「ああ、テーマパークに入れるならともかく、行列だけの夢だなんて面白くもない」
「まあ確かにそうかもね、りょーかい。それじゃあ早速——この夢、もらってもいいんだね?」
「うん、曙さんにあげるよ」
「ありがと、蔓見くん」
続けて、曙さんは胸の前で手を合わせた。どこか意識がふわりと浮いていくような感覚に陥る。
「久しぶりのお昼ご飯だなあ。......いただきまーす!」
「——っ!?」
彼女がそう言った次の瞬間。夢の中に存在していた意識は、まるでテレビのスイッチを切ったかのようにプツリと途絶えた。
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