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Episode.7 - 取引

 ああ、なるほど、そう来たかあ。確かに、今すぐ彼女の腹を満たせるのは俺くらいしかいない......いや、そうだろうか?


「さっきの話を聞いてると、別に俺じゃなくても良いんじゃないの? いくら何でも、今寝て夢を見てる人がどこを探してもいないってことはないだろうし」


 別に、彼女の要求が絶対に嫌というわけじゃないのだが、単純に気になった。


「あー、確かにそう思うよね。でも、君じゃなくちゃ駄目なんだ」

「——っ」


 こちらに真っ直ぐな眼差しを送りながら『君じゃなくちゃ駄目』などと言われたものだから、思わずドキリとしてしまう。そうか、俺じゃないと駄目——


「まあ、正確には『君みたいな性質を持った人じゃないと駄目』なんだけどね」


 ——そんなことだろうとは思った。まあ、それでも俺を求めてくれることに対する不快感はなかった。


「して、その『性質』って何なの?」

「うん、それはズバリ、『明晰夢を見られる人』だね」

「明晰夢?」

「そうなの。夢を食べるためには結構面倒な条件があってね——」


 その後、彼女が語った『条件』なるものをまとめるとこうだった。

 まず、他人の夢を食べるためには、その夢の所有者に許可を取らなければならない。意識レベルの移動が行われるためそうしないといけない、と言っていたが、毎度のことながら本人もよく分かっていないみたいだった。

 そして、そのやりとりをするためには、ある程度夢の所有者と意思疎通ができる必要がある。それが、俺みたいな『明晰夢を見られる人間』である、ということらしい。


「頑張れば明晰夢を見ていない人の夢を食べることはできるんだけど、そもそもあんまり美味しくないんだよね......」

「夢にも美味しい不味いってあるんだ......」


 まあ、考えてみれば味があるのだから、味蕾的な器官が存在するのだろうか?


「そういう意味では、蔓見くんの夢はとっても美味しそうなんだよね!」


 曙さんは目を輝かせながらそう続けた。


「はあ、さいですか」


 しかし、自分の夢を『美味しそう』と言われるのはなんとも変な感覚で、そのような気の抜けた返事をしてしまう。それはまさに、『あの雲美味しそうな形をしてるね』という話を本気で話しているかのような......


「よく分からないんだけど、見ただけで『美味しそう』とか分かるものなの?」

「まあ大体はね。君たちで言うと、そうだなあ......『美味しいお肉』とか言われるよりも、『醤油ベースの和風ステーキソースがかかった、肉厚でジューシーな牛ヒレステーキ』って言われた方が美味しそうに聞こえるでしょ?」

「まあ、確かに?」

「それと同じで、ぼやっとしたでたらめな夢よりも、君が見るようなはっきりとした夢の方が美味しいの。特に、蔓見くんの見る夢は、今まで食べたどの夢よりも鮮明だったんだよ。ああ、美味しそうだったなあ......思わずよだれが出てきちゃいそう」

 曙さんはそう言いながら、虚空を見つめてえへへと笑みを漏らした。

「そ、そうなんだ」


 確かに、自分でも詳細な夢を見るようになったという自覚はあったが、まさかそこまでだったとは。......しかし、そこまで褒められる(?)と何だか断りにくい。


「まあ、そういうことなら別に良いけど」

「? 良いって、何が?」

「俺の夢を食べても良いってこと」

「——ほんとっ!?」


 食い気味で、前のめりになって喜々を顕わにする。


「ああ、別に減るものでもないし」


 しかし、俺がそう続けると、曙さんは少し浮かない表情を作った。


「あー......ええと、それなんだけど」


 なんだ、まだ何かあるのか? と思ったが、よく考えたら『食べる』と言うくらいだ。減るものでもないというのは間違いなのかもしれない。


「さっきも言ったけど、私が夢を食べるまでのプロセスには、夢の受け渡しがあるの。さらにそれを私が食べるわけだから......簡単に言うと、君が起きた時にはその夢を忘れちゃってるんだ。ぼんやりとは覚えているかもしれないけど、完全に思い出せることはない、と思う」

「......ええと、そんなこと?」

「そんなことって......君、夢日記をつけてるんじゃないの?」

「どうしてそれを?」

「いや、単純に経験則だけどね。あのレベルの明晰夢を見られる人は夢日記でもつけてないとおかしいっていう」

「ああ、そういう......」


 なるほど、彼女の懸念点はそこか。確かに俺は毎日夢日記をつけている。だが、今となってはほぼ惰性みたいなものだ。当初は『良くない現実の代わりに、夢の中くらいは良いものが見たい』と願って始めたが、もう、いい加減そんな逃避行動は捨てなければならない。その第一歩として、俺はこの学校へと転校してきたんじゃないか。


 そう考えれば、丁度良い機会なのではないかとも思える。

 それに、目の前にお腹を空かせている女の子がいるのに、この申し出を断るというのも、なんだか心苦しかった。


「心配ありがとう。でも、もういいんだ」


 俺が発したものは何の情報も持たない言葉であったが、曙さんはそこから深掘りをしようとするでもなく、


「......そっか、わかった」


 そう言って、ただ仄かな笑みを浮かべるだけだった。

 ——ただ、それだけでは足りない気がした。

 今まで俺は、夢の中でなら双葉に逢えると願って夢日記を付け続けていた。それは結局のところ逃げでしかなく、目を覚ますたびに現実のむなしさが倍になって帰ってくるだけだった。

 それならいっそ、その逃げ場を自分で塞いでしまえば良い。

 曙さんに夢を食べてもらえば、夢の内容は消える。夢に縋ることができなくなる。そうすれば、否が応でも前を向くしかなくなるんじゃないだろうか。


「よーし、じゃあさっそく美味しい夢を見てもらおうかな! おやすみ、蔓見くんっ!」


 しかし、俺を気遣ってか、それとも彼女自身が嫌がったのか分からないが、その次の瞬間にはもう、曙さんは第一印象と同じような元気さを取り戻していた。......って、それはいいんだけど。


「え、ここで寝るの?」

「もちろん。私はもう腹ぺこのぺこだからね」


 もはや恥ずかしがる素振りも見せないままに、お腹を小さく円を描くように擦ってみせる。なかなかな無茶振りだなあ。でも、夢を食べていいと言ったのは俺だし......仕方がない。今日だけは恥を忍んで彼女の言うことに従ってあげよう。幸い、先ほど中途半端に起こされたせいで眠気は十分にある。......まあ、夢を見られるかどうかは分からないけれど。


「というわけで、頑張ってみるけど見れなかったらごめんよ。......おやすみ」


 机上で腕を組み、前腕部に額を乗せる。そして、深く息を吐きながら目を閉じた。未だに遠くから聞こえてくるささやかな生徒たちの声をBGMにしながら、深く呼吸を続ける。すると、段々と意識が遠くなっていき——


「あ、ごめん蔓見くん」

「......なんだよ」


 せっかく寝かかっていたのに、曙さんのよく通る声で邪魔されてしまった。もはや顔を上げることをしないままに問う。


「あのー......できれば、あまーい夢を見てほしいなあって」

「はあ?」


 我慢できずに顔を上げてしまった。眩しくて思わず細めたその目には、申し訳なさそうに笑う曙さんの顔が映った。


「こんな時に好き嫌いの話されても......」

「我が儘ばかり言ってごめんね。でも、好き嫌いではないの」

「じゃあなに?」

「そのー......お父さんとかお母さんはそういう夢を見てくれないから、最近栄養が偏っちゃって......」

「栄養、ねえ」


 夢を『食べる』というくらいだから、そこから栄養を得ることに違和感はないのだが、夢に依って得られる栄養が異なって、あまつさえそれが偏るっていう概念もあるのか。なんだか面倒くさいな......


 だが、それこそ減るものじゃあないし、彼女の要望を聞いてあげたいという気持ちはあるものの、さすがに夢の内容をそこまで自由に操作するほどの技量はない。それに、『甘い夢』なんて最後にいつ見たか覚えてすらいないし、望みは薄そうだ。


「まあ、あんまり期待せずに待っててくれ」


 小さく溜息を吐きながら、再度寝る体勢に入った。軽く目を閉じ、先ほどと同様に深く呼吸を続ける。次第に、意識が遠のいてゆき——


               ■ ■ ■

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