Episode.9 - 寝ぼけ眼で
「............」
重い瞼がじわりと開いていく。それとともに、徐々に眩しい光が瞳に差し込み、ぼやけた視界がはっきりとした輪郭を取り戻していく。
「——あ、起きた?」
「......おはよう」
曙さんの声を聞いてから現在の状況を思い出すのに数秒を要した。先ほどに比べたらまだ寝覚めが良かったが、それでもあまり気分はよろしくない。
俺が寝ぼけ眼を擦りながら水分補給をしていると、彼女は俺とは真逆なハイテンションさで言葉を紡ぐ。
「それにしても、蔓見くんの夢は本っっ当に美味しかったよ!」
ほんのり甘くて美味しかっただの、ジャギーが少なくなめらかな口溶けだっただの、目を輝かせながら俺の夢の味を熱弁する。褒めちぎられているのでまったく悪い気はしないが、それはそうと実感がないので、どうも頭に入ってきにくい。
彼女の説明通り、夢の内容はおぼろげにしか覚えていないのではっきりとは言えないが、まあ、曙さんの食事が成功したようでよかった。
「.........」
そう、おぼろげにしか覚えていない。逆に言うと、その夢の大枠の内容くらいは覚えていた。双葉とともに、訪れたこともないテーマパークの列に並んでいる夢。何故そんな夢を見ていたのだろうかという疑問を、曙さんの話を聞きながらずっと考えていた。
『夢の中で決別をしよう』と決めたその日から、徐々に登場しなくなっていった双葉。環境の変化というには、こちらに越してきたから日が経ちすぎている。すると、それ以外の変化と言えば——
「......? どしたの?」
「あ、いや、なんでも」
——今日、彼女と出会ったことだろう。それが俺にどのような変化をもたらしたのかは、正直分からない。だが、そう考えるのが最も自然だと感じる。
それなら、もしかしたら......
なんて考えていると、急に俺の腹部から鈍い音が長々と鳴り響く。恐ろしいほどに堂々とした腹の音だった。恥ずかしさを紛らわすように、黒板の上に掛けられているアナログ時計を一瞥すると、その針はもうすぐ午後一時半を指そうとしていた。そりゃあ腹も減るわけだ。
「あ、ごめんね。ずっと私に付き合ってもらってばかりで......」
曙さんは、からかうわけでもなく、少し申し訳なさそうにそう告げる。それならいっそのこと、楽しそうに笑ってもらった方が良かったのだが......まあいいか。
彼女はそのままゆっくりと立ち上がると、「そろそろ帰ろっか」と続ける。
「あ、ちょっと待って」
「? どうしたの?」
スクールバッグを肩に掛け、教室前部のドアへと歩みを始めた曙さんは、その足を止め、身を翻した。
「......ごめん、やっぱり何でもない」
しかし、短時間では言葉が上手く纏まらず、二人見つめ合ったまま沈黙の時が続くというのが何とも居心地が悪く、結局、そう打ち切ってしまった。
「そう? まあいいけど」
「それより、さっき俺の家に寄るとかなんとか言ってたけど、あれはどうなったの?」
「ああ、それね。本当は君の家まで付いていって夢をせがむつもりだったんだけど、あっさり受け入れてくれたからその必要がなくなったんだよね」
てへ、とでも言いたげに小さく舌を出してみせる。
そんな意図があったのか......想像の数倍マイペース——というか我が儘だなこの子。まあ、もう今となっては別にいいけど。久しく関わってこなかったタイプの人間だからか、この数時間相手をしただけでも大きな疲れを感じていた。
「それじゃ、帰ろっか」
「う、うん」
結局、言いたいことを伝える言葉が見つからないままに、俺たちは教室、学校を後にするのであった。




