Episode.43 - 最期のやりとり
いつの間にか、俺たちは再び観覧車の中にいた。ゴンドラはゆっくりと下降を始めている。
永遠に終わることのない観覧車だとわかっているから、じっくりと言葉を選び、やがて、告げる。
「まず、今までありがとう。親の繋がりから始まった関係だったけど、ずっと変わらず接してくれて本当に嬉しかった。もし双葉と出逢わなかったら生きていけなかった——なんて言うつもりはないけれど、これ以上に良い時間の過ごし方を想像しろって言われても難しいくらいには、君の存在は大きかった。本当に、ありがとう」
双葉は、静かに頷いた。
「それで......謝らないといけないこともいくつかある。まずは、あの時、護ってあげられなくてごめん。きっと双葉なら『穂月のせいじゃあない』とか言うと思うけど、それでも、自分の中で一つのけじめを付けるために言わせてほしい」
「うん」
彼女は何も言わず、ただ俺の言葉を受け止めてくれた。
「ずっとポジティブシンキングだった双葉は、きっと、俺が今こんな風になっているのを見たら怒るだろうね。でも、それだけ君のことが大切だった——なんて言ったら、もっと怒るか」
双葉は、少しだけ肩をすくめた。
「当たり前でしょ」
その声は、どこからか聞こえてきたような気がした。俺の記憶の中の、本物の双葉の声。
「そんでもって......こんな形で夢に登場させちゃって、ごめん」
俺は頭を下げた。
「さて、それじゃあ最後は......」
彼女の生前に言っておかなくて一番後悔している言葉。
「......俺は、双葉のことが好きだった」
双葉は、少しだけ目を見開いた。
「凛とした顔に時々現れる朗らかで幼げな笑顔とか、癖になるほどに聞き心地の良いハスキーボイスとか、良く言えば主体的、悪く言えばマイペースなその性格とか。挙げだしたらきりがないけど、そんな魅力的な面に俺は惹かれていた」
言葉が、堰を切ったように溢れ出す。
「今と同じ日常が当分続くだろうと高を括って、自分に自信がなかったから、答えを聞くのが怖かったから、ずっと胸の内に閉じ込めてしまっていた」
「......知ってたよ」
双葉が、優しく笑った。
「穂月、分かりやすいから」
「え......」
「それに、私も同じだったし」
彼女はそう言って、少しだけ頬を赤らめた。
——これは、俺の願望の投影だろうか。それとも、本当に双葉もそう思っていたのだろうか。
今となっては、確かめる術はない。
でも、どちらでもいい。
俺の中の双葉は、確かに俺の想いを受け入れてくれた。それだけで、十分だ。
「......本当にごめん。そして、本当にありがとう」
俺は深く頭を下げた。
「さようなら、双葉。また何処かで。今度はもっと、楽しいことをしよう」
顔を上げると、双葉は立ち上がっていた。
ゴンドラはすでに屋根の下に入り、陽光が遮られている。
彼女の顔がはっきりと見えた。
目を細め、口角を緩やかに上げ、仄かに笑むその顔は、彼女が作る表情の中で一番好きなものだった。
「じゃあね、穂月。——幸せになりなさいよ」
その言葉を最後に、双葉の姿が光の粒子となって散っていった。
ゴンドラのドアが開く。
俺は立ち上がり、一歩を踏み出した。
——もう、振り返らない。




