Episode.40 - 最後のやりとり
「そろそろ、終わりにしよっか」
双葉は、悲しげに笑みを浮かべていた。
......曙さんの言葉を借りるなら、彼女は俺だ。俺の無意識が生み出した、概念上の『二色双葉』。今までずっと、形は違えど俺が願っていたことを反映してくれていた存在なのだ。
そんな彼女、あるいは俺が、先ほどまでのどうでもいい会話を打ち切り、こう言ったということは、それ即ち。
頭の天辺から足の爪先まで、思考は『現実志向』に染まったのだろう。きっと、今までのことを考慮すれば、もし俺がここにいたいと願っても、もうそれを叶えてはくれない。
端的に言えば、双葉は俺の思考の中でも、ちゃんと死んでくれたのだ。
自分に自分の背中を押されるというのはなんとも不思議な感覚だったが、気が楽になったというか、吹っ切れたというか、とにかく、次なる行動に移ろうという気が自然と湧いてきた。
その熱が冷めぬうちに、この一件のけりをつけてしまおうと、もはや双葉に構うことなく走り出そうとする。だが。
「——待って!」
双葉に腕を引かれ、無理矢理に立ち止まらされる。依然として痛みは感じないが、振りほどこうにも振りほどけないので、相当な力が込められているように思える。
というか、今更彼女に何を止めることがあるのだろう? 先ほどの言葉は、やはり嘘だったのか? いくら俺といえど、そこまで優柔不断ではないと思うのだが......。
そんなことを考えながら彼女の言葉を待っていると、双葉はじいっと俺の目を見つめて続ける。
「まだ、穂月にはやることがあるでしょう?」
「......やること?」
「うん。だってまだ残ってるでしょ、私に対する『未練』が」
「.........あ」
彼女の言葉に、何とも気の抜けた声を漏らす。あろうことか、未練についてのことなど完全に頭から抜け落ちてしまっていた。
「いくら望実ちゃんがついているとはいえ、穂月は弱いからね。またこんなことになったら困るでしょ」
やはり自分自身にそんなことを言われるのは違和感しかなかったが、とはいえ何一つ間違っていないがために何も言うことができない。今更ここから脱出するには、曙さんの力を借りるしかないだろうが、そうなればここでの出来事をほとんど忘れてしまう。そうなれば、『未練』をそのままにしていては俺の無意識はいつか絶対にやらかしてしまう。
......しかし、そうは言っても、今まで全然頭になかったせいでそれが何なのかは一切考えつかない。こんなところで足止めを食らうのがなんともじれったく、少しずつ焦燥も募る。
「......まだ気が付かない? こんなに身近にあるのに?」
すると、そんな俺の様子を見てか、目の前の双葉は両手をバッと広げてそんなことを言った。こんなに身近に? そりゃあ、双葉は今目の前に居るけど。この夢の中で、まだ何か未練が残っているだろうか? 設定としては彼女と付き合っているし、高校も一緒に通ったし、俺が気がつくまでの時間は、ずっと一緒に過ごせていた。これ以上何が......?
「まだあるでしょ? この幸せな夢では成し得なかった未練が」
双葉は、少しだけ呆れたように表情を変化させる。
この夢ではなし得なかった? ということは、あの日常の延長線上に存在した何かではなく、彼女が生きている間にやれなかったこと.........ああ、そうか。
「やーっと思い出した? ......ちゃんと、最期には『さよなら』って言わないとね」
やはり呆れたような顔を浮かべながらも、そう言ってふっと笑う。
そうだ、双葉があまりにも突然居なくなってしまったものだから、色々と言えず仕舞いになってしまっていた。......というか、俺はなぜそんな簡単なことも思い出せていなかったのだろうか? 普通、真っ先に思い出して然るべきだと思うのだが。
なんて考えてみたりもするけれど、『こんな夢』を見ている時点でその答えは明らかだった。要は、前を向きたいだのなんだのほざいておきながら、その実彼女と別れたくなく、無意識のうちに未練を遠ざけていたのだろう。
なんとも情けない限りだが......でも、それも今日まで。
良くも悪くも、そんな気は既に吹っ切れてしまった。
「それじゃあ、行こっか」
すると、今度はにこりと笑みを浮かべた双葉が、再び俺の手を取る。
「行くって、どこに」
そう疑問を口にするも、取り付く島もなく彼女は俺の手を引いて歩き出してしまう。やはりその力は強く、俺の身体は為す術もなく自然と動き出す。
その行き先に心当たりもなく、頭に疑問符を浮かべたまま通学路を歩いていった。しばらくすると、横断歩道の前で双葉は急に立ち止まり、何故か少し脇道に逸れる。通学路にはない何かだろうか、なんて思っていたら、彼女は突然歩道脇にある花壇の縁に腰掛けた。
続けて、並べて設置されているもう一つの花壇を指さして「そこに座って?」と告げた。
やはり訳が分からなかったが、今は彼女に従っておこうと、膝くらいの高さの縁に腰を下ろす。
「はーい、じゃあちょっと目閉じててね」
もはや抵抗する気もなく、ゆっくりと瞼を閉ざす。
直後、手を叩く音が気持ちよく響いたかと思えば、瞼越しに差し込む光が、なんだか柔らかいものになった気がした。「もういいよ」と声がかかったので、これまたゆっくりと瞼を開ける。すると。
「......ここは」
眩いまでの橙一色で視界が染まった。




