Episode.39 - 平面上の世界
「それでねそれでね、昨日寝る前にあったことなんだけど——」
前の話題が終わると、息継ぎする間もなく次の話題を始める。そんな双葉のマシンガントークは正直普段からキャパシティオーバーだったのだが、今日に至っては、ほぼ全てに適当に相槌を打つだけで受け流してしまっていた。
彼女の話がつまらないとか、そんな理由ではなく、ただただ俺の脳が一切追いついていないのだ。先ほどのことを引きずっているというのもあるかもしれないが、それ以上に、彼女との『会話』が滅茶苦茶だった。
確かに一つ一つをピックアップして咀嚼するとただの世間話となるのだが、全体を見ればその不自然さが見えてくる。今のように昨日の日常の中にあったことを話していたかと思えば、突然去年の期末考査の話を始めたりして、とにかく脈絡ないのだ。
世間話なんてそんなものと言われればそれまでだが、それにしてもまとまりがなさ過ぎて、相手をする気すら起こらない。
そして、言葉が出てこない原因はもう一つあった。途中から彼女の話にある共通点に気が付き、それを必死に追っていたのだ。それは、双葉から発される言葉たちが、すべてどこかで聞いたことのある内容だということ。
もともと、『昨日の話』とか言いながらかなり前の話をしたりと違和感があったのだが、頭の中の深い記憶を漁ると、それらと重なるものが見つかった。十中八九、これらは俺たちが現実で交わした会話だろう。気が付いていなかっただけで、今までもそうだったのだろうか?
......ああ、何と虚しいことか。
手を繋いでも感触はなく、身体を寄せても香りの一つもありはしない。挙げ句の果てに、会話はすべて自分が知っているものの再放送。
ふと、そんな三つの実態から、連想ゲームのようにとある言葉が頭に浮かぶ。
「......人形遊び」
「ん、何か言った?」
「え? ああ、いや、別に」
「ふうん、そっか」
彼女は俺の異変に気づくことなく、一方的な会話を続行する。
人形遊び。まさしく今の俺にピッタリな言葉だった。
夢という箱庭の世界に閉じこもり、死んでしまった幼馴染みという人形を頭の中に起こし、新規性の欠片もない死んだ会話を壊れたレコードのように延々と繰り返す。
......俺は、そんな世界を望んでいたのか?
否、おそらくそれは違う。きっと、俺が無意識に望んでいたのは『ずっと双葉と過ごせる世界』。だが、俺の頭には彼の日の延長線上のような世界を描く力がなく、このような不完全な世界になってしまったのだろう。
......さて。
そんなこの世界の拙さに気が付いてしまった俺は、未だにここにいたいと、双葉と一緒にいたいと願うのか?
造形だけは完璧な彼女の顔を横目で眺めながら、自分の心底に問いかける。彼女と二人で死んだ会話を繰り返すだけで、本当に俺は『幸せ』なのか?
先ほどまでの一切の熱を生まない会話がふと頭に浮かんでくる。彼女の話や言葉自体が面白くないというわけではない。ただ、彼女の時が止まっているのだという現実が毎分毎秒突きつけられ、途轍もない虚無感を与えてくるのだ。
そんなのを望む奴がいるとすれば、そいつはもう既に死んでいるも同然だろう。
少なくとも、俺は違う。いくら双葉を愛していようと、そんな毒状態のような日常はまっぴらごめんだ。
そして、そんな思考の隅では、ふと、先ほどの曙さんとの会話——いや、ほぼほぼ一方的な説得を思い出していた。
彼女はこんな陰気くさい世界にも関わらず、とても明るい表情を浮かべながら、現実の良さというのを説いてくれた。そしてそれは、あまつさえ俺が与えてくれたものだと言ってくれた。
正直なところ、今なお彼女の言葉の真偽については色々と疑ってしまいそうになるが、『向こう』を語る彼女の目はまっすぐと俺を貫いており、そこに嘘はないのだろうと、そう思わせる力があった。
......曙さんはまだ、こんな俺でも受け入れてくれるだろうか?
この状況を変えなければいけない、もう一度前を向きたいという思いは存在しているのだが、がむしゃらに前を向こうとして、挙げ句このようなことになってしまったからか、自信なんてものはすっかり小さくなってしまった。
これだけ迷惑をかけたのにまた頼み込むのもなんだか違う気がして、でも、彼女自身も『一緒に過ごしたい』と言ってくれたし......
「......ねえ、穂月」
と、そんな風に思考が堂々巡りを繰り返してしまっていると、突然、隣の双葉から、彼女らしからぬ淑やかな声が届く。今までの犬のように元気な声は一切耳に入らなかったのに、なぜこれだけ......?
そう思ったのも束の間、続けて彼女は言葉を紡ぎ、その意味を知ることとなる。
「そろそろ、終わりにしよっか」




