Episode.38 - 気づき
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曙さんの下を離れ、とぼとぼと歩き続けて早数分。先ほど出てきたばかりの正門が見えてきた。
彼女から逃げるようにしてここまで帰ってきたが、丁度良かったのかもしれない。俺はこれから、学校に置いてきてしまった双葉をこの目で見て確かめなければならないのだ。
確かに現実世界であったことや、ここに来るまでの経緯なども全て思い出した。しかし、今まで普通に話していたせいだろうか。双葉が双葉でないということだけは、どうも言葉だけでは信じ切れていない。
......というか、こちらに長く居すぎたせいか、どこまでが現実で、どこまでが夢なのかという区別がいまいちはっきりしていない。夢日記を付けている副作用でそうなるとは聞いたことがあるが、まさか今更こんな形で出てくるとは思わなかった。
まだ下校時刻から間もないのに、正門をくぐっても校舎に入っても、一切誰ともすれ違わない。それでいて辺りから雑談のような声が聞こえてくるものだから、陰口を言われているようでなんとも気味が悪い。曙さんはこんなお化け屋敷のような世界を数週間も滞在していたのだと考えると、申し訳ない気持ちが込み上げてくる。
そんな学校内はさっさと出て行ってしまいたいのだが、なんの考えもなしに校舎内を徘徊してしまっているが、双葉はいったいどこにいるのだろうか。確か彼女は『進路について質問がある』なんて言って教室に残っていたと思うが......まだいるだろうか。
まあ、違ったところで他に当てもないので、一旦二年三組の教室まで向かうことにした。
実質二ヶ月程度過ごした校舎内を慣れた足取りで歩き、二年の教室が集まったフロアへと到着する。すると、丁度その時、教室から出てくる双葉の姿が見えた。それは偶然なのかそうでないのか......まあ、今はどうでもいい。
出来るだけ平生を装って、彼女に近づく。
「やあ双葉。まだ学校にいたんだ」
「あれ、そういう穂月こそ、何でここに居るの?」
「ちょっと忘れ物を思い出して」
「そかそか、それじゃ待ったげるから一緒に帰ろ?」
「うん、ありがとう」
隣で足を止めた双葉とは対照的に、俺は彼女と入れ替わるようにして教室へと入り込む。特に用事はないが、少しだけ時間を潰すことにしよう。
自席まで移動し腰を下ろすと、頬杖をついて少し考え込む。
今のところ、容貌や声、口調や表情などを見ている限り、至っていつも通りの双葉にしか見えなかった。まあ、そりゃあ俺が『いつも通りであってほしい』と願っている以上、そうなるのも仕方がない話なのだろうか?
一度先入観を抜きにして——『ここを夢だ』と、『彼女は偽物だ』と考えてみる必要があるかもしれない。もし双葉が本物なら、それでも何の変化もないはずだ。
本当のことを知ることに恐怖を覚えないこともなかったが、全てを知ってしまった以上、何の決断をするにもそこの確認は必要不可欠だった。この期に及んで盲信するというのも、なんだか気持ちが悪い。
小さく息を吐き、勢いよく立ち上がる。そして。
「......ここは、夢の中」
自分にそう言い聞かせると、彼女に怪しまれないよう適当に机からノートを引っ張り出すと、教室を後にした。
「ごめん、お待たせ」
薄汚れた壁に背中を預け、丁寧に両手でスマホを操作する双葉は、俺の声に反応して顔を上げる。
「ん、じゃあ帰ろっか」
当然というべきか、何とも軽い口調で言ってくる双葉に対して、俺は大人しく首を縦に振る。そして、俺が着いてくると信じて言葉もなしに先に歩き出すが、少し間を置いて、そんな彼女を呼び止める。
「どしたの?」
不思議そうに振り返った。
「ああ、いや。大したことじゃないんだけどさ」
そう言いながら右手を差し出す。
「ここには誰も居ないんだし、たまには手繋がない?」
もちろんそれは彼女の存在を確認するための手段なのだが、こういうことをし慣れていないせいかなんとも気恥ずかしい。
そんな俺を見て一瞬目を点にした双葉だったが、直後、彼女にしては珍しく大きな声を上げて笑う。
「あはははは! 今更そんな畏まらなくたっていいのに」
ひいひいと若干前屈みになって笑い続ける。......確かに柄にもないことをしてしまったが、そこまで笑わなくたっていいのに。
なんだか途端に恥ずかしくなりおもむろに腕を引っ込めようとするが、彼女は慌ててその手を掴む。
「ごめんごめん、穂月から誘ってくれるのが珍しくて......なんだか、ちょっと嬉しい」
そう言って、さらに包み込むようにして俺の手を握る双葉。普段ならそんな彼女の言葉に心が温かくなっていたことだろうが、今この瞬間に限っては、むしろ、心が段々と冷えていくのを感じていた。
彼女の手は、確かに俺のそれと重なっている。
でも、それはまるで、いつの日にか体験したVRゲームと同じような感覚だった。即ち、目の前の現象と、自分が感じているはずの五感が一致していない。その違和感を覚えた瞬間、『彼女が本当にいない』という可能性がようやく頭の中をじわりと浸食していく。
「さあ、帰ろ?」
勢いよく、ぐいっと引っ張られる。やはりその力は感じることが出来ないが、身体だけはそれに従うように重心が前に寄り、バランスが保てず足を一歩踏み出した。
「うん」
当惑の果てに、俺には、弱々しく返事をすることしか出来なかった。




