Episode.3 - 夢の中の少女②
「うん。実は今、私は君の夢の中に入り込んでるんだ」
「.........はい?」
何を言い出すかと思えば——いや本当に何を言っているんだ? 確かにこの曙さんは妙にリアルな人間っぽい言動を取るけど、それでも夢の中に入り込むなんてできるわけないだろう。今回の夢は一段と変なものを見せてくるなあ。
「あー、その顔。さては信じてないなー?」
わざとらしく頬を膨らませてプリプリと怒る曙さん。俺は無意識のうちにこのような美少女との戯れを望んでいたというのか? ......なんか嫌だな、それ。
しかし、そんな俺の苦悩はお構いなしに、彼女は言葉を続ける
。
「しょうがないなあ。......ねえ蔓見くん」
「はいはい、何ですか?」
「君、この夢は起きても覚えてる?」
「......まあ、ある程度は覚えてると思いますけど」
もはや意識していなくとも、ある程度の記憶は残る身体になってしまった。
そう答えると、曙さんは満足気に頷く。
「それじゃあこうしよう。次に君が目を覚ましたとき、私はきっと君の眼前に居る。......もしそれが本当になったら、『夢に入り込んだ』ことを信じてくれるかい?」
「まあ、それならいいですよ」
......そんなことあり得ないだろうけど、とは言わない。どうせそう漏らしたら、この子はまた何か言ってくるだろう。もうこれ以上夢で思考をして疲れたくなかった。
急に素直になったせいか、曙さんはほんの少しだけ不思議そうに俺も見つめる。しかし、数秒でその視線を外した。
「あーあ、本当はお腹ペコペコだったんだけどなあ。......ま、いっか。じゃあね! また教室で」
にこりと笑みを浮かべながら大きく開かれた小さな手を振ってくるので、適当に振り返す。
「——っ!? き、消えた......」
そして、その次の瞬間には、曙さんはまるで光の粒子になるかのように、跡形もなく消えていった。ふと、彼女が今の今まで座っていた椅子に手を伸ばす。......仄かに暖かい気がする。夢の中だからあくまで『気がする』でしかないが。
「それにしても、ことごとく変な夢だなあ」
悪夢や、完全にでたらめなものとはまた違ったちぐはぐ感。まあ、疲労感を除けばたまにはこういうのも悪くはないけれど。
「.........」
それにしても嵐のように騒がしい子だった。ただでさえ静かな駅のホームは、彼女が去った後だとより静かに感じられる。靴音すら遠くに聞こえるそんな空間では耳鳴りが聞こえてしまいそうで、それを誤魔化すために誰に言うともなく呟く。
「『私はきっと君の眼前に居る』か」
先ほど曙さんが残していった言葉。正直、大部分では信じてはいないが、心のどこかでは本当のことであってほしいという願望もあった。そう、ただの願望。
「ああいう子が友達だったら、楽しい生活を送れるのかなあ」
こんな自分ではそれを叶えるのは無理だと分かっていながらも、誰も聞く術がないのをいいことに欲を漏らし続ける。
双葉を失ったあの日から、他人と関わる頻度が徐々に減っていき、遂には俺が惹かれた彼女の性格すらをも忘れてしまっていたが、それを今ここで思い出してしまった。俺はやはり、このようなマイペースで明るい子に惹かれてしまうのだろう。
それは元々そうだったのか、双葉がそうだったからなのかは分からないが、どちらにせよ今となっては同じこと。
結局、この夢は俺の頭が無意識のうちに見せた願望だったのだろうか。
もう二年近く経って、現に意識的に思い出すことは減っていたのに、長期記憶というものは馬鹿にできないなと苦笑する。
「.........そろそろ起きるか」
だが、せっかく転校までしてやり直そうとしているのに、いつまでもそんなことに囚われていては駄目だ。こういう夢を見るのも悪くないが、引きずり込まれてしまわないうちに目を覚ましていた方が良いだろう。
自分が弱い人間であることは重々承知している。適当に律しなければ、気持ちの良い微睡みに飲まれるに決まっているのだ。
深呼吸を繰り返して心を落ち着かせ、現実の風景をイメージして引き寄せていく。まるで夢の中で眠りに落ちていくかのような感覚。しかしそれで良いのだ。明晰夢から覚めるには、覚醒しようとしてはいけない。こうやって落ち着いていれば————
「——起きろー! 朝だぞー!」
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