Episode.35 - 告白
数秒待ってもリアクションを返してくれないので、ゆっくりと歩みを進めながら問うた。
彼は、私から少し視線を逸らす。
「......うん、まあ。多分、全部思い出した」
その哀しげな顔がいったい何を考えているのか、私には分からない。故に、息を呑んで静かに次なる言葉を待った。
しばらくして、もう車も歩行者も全てが動きを止めた世界で、ぽつりと言葉を漏らす。
「俺が寝始めてから、どれくらいが経った?」
こちらでの経過日数は彼も把握しているだろうから、それはおそらく、現実のことだろう。......とは察したものの、どうにも回答に困る。頬を掻き、苦笑いを浮かべた。
「ごめん、私もこっちの生活リズムで過ごしてたから、実はよく分からないんだ」
「え、本当に?」
こくりと頷く。
「俺の記憶だと、もうこっちで一ヶ月弱は過ごしてるんだけど......」
「うん、そうだね。夜と授業時間は短いけど、それ以外はあまり変わらないから......ざっと二週間弱くらいかな」
「......その間、曙さんはずっと寝っぱなしってこと?」
「穂月くんもね」
「い、いや、俺なんかはどうでも良い——というか、ただの自業自得だし」
「私だってそうだよ、何も閉じ込められているわけじゃない。自分の判断でここにいるの」
『なんで?』とは聞いてこなかった。なんとなく理由を察しているのだろう。だが、それの代わりとなる言葉が口から出てくることもなく、沈黙が続く。......正直、とても気まずかった。
彼の心情が見えない状態で話を進めるのは少し怖かったが、膠着状態が続くのもあまり好ましくない。どうせ、いつか言わなければならない言葉なのだ。今言ったって同じことだろう。
そう覚悟を決めると、改めて彼の目を見据えた。
「私はね、君を現実へと連れ戻すためにここに来たの」
「......やっぱり、そうだったんだ」
そこで複雑な表情を浮かべられるのは、なんとも哀しいな。
まあ、いい。私が今できるのは、事実を伝えることだけだ。
「最初は罪悪感だった。元はといえば私の不注意のせいだし、そんなで君の覚悟が無に帰してしまうのは堪えられなかったから。まず私は、君に『現実』についての話を信じてもらうために、一から仲良くなろうとした」
一息吐き、「でも」と逆接する。
「そこで、君や双葉ちゃんと接していて気づいたんだ。私は空っぽの人間なんだって。だから、特別なことがなければ君の気を引くこともできないし、ましてや、一緒に現実に帰ろうだなんて、言えやしない」
「空っぽって......そんなこと言わなくても」
穂月くんは、何も分かっていないからそう言えるんだろうな。......まあ、それもこれも、私が小賢しい真似をしていたからなんだろう。
「ううん、確かに空っぽだった。私が君に対して見せていたのは、他の人の夢で見たやり取りを継ぎ接ぎしたもの。実際にまともな対人関係を築いたことがなかった私には、そうするしかなかった」
「そう、だったんだ......」
「それで、やっぱり私にはどうすることもできないなって、一回諦めちゃったんだ」
それから、ぬるま湯に揺蕩うように、駄目人間のような生活を送っていた。そんな中。
「次にアクションを起こしてきたのは、他でもない君だった」
今まではずっと苦しそうな表情を浮かべていた彼だったが、それを聞いて驚いたように目を見開く。
「え、俺?」
「うん。まあ、正確に言うと、双葉ちゃんなんだけど」
疑問符を浮かべたまま返答が途絶える。......言葉選びを間違えてしまったようだ。現実世界のことを思い出したとは言え、彼にとって、未だにここの双葉ちゃんは双葉ちゃんなのかもしれない。
とはいえ、言ってしまったことは仕方がない。せめて、誤解が生まれぬよう弁明しなければ。
「あくまでこの夢は君のものだから。私はここに居る双葉ちゃんを、君の無意識だと捉えたの」
「......ああ、そういうこと」
納得してくれたかどうかは分からないが、ひとまず理解はしてくれたようで安心した。
「それでね、双葉ちゃんは私に、穂月くんが自分に依存していることを危惧したような言葉を零したの。それは、穂月くんの無意識が見せるSOSなんじゃないかと感じた」
今思えば少し考えすぎのような気もするけれど。まあ、結果的にはそれで良かったのだと思える。
「君が助けを求めてるなら、それに応えないわけにはいかないなって思ったの。......でもさ、君と逢ったときから何も変わってない私が、君に向かって『前を向こう』、『変わろう』ってとても言えなくて。それから、私は『私』を探すことにした。もしかしたら、君の記憶にも残ってるかもしれない」
彼は私から目を逸らし、少しばかり思考を巡らせる。
「そういえば、曙さんと話す頻度は上がっていた気がする」
「そうそう、そんな感じで、君や、双葉ちゃんといっぱいお話しして。それで、自分を見つけた——っていうと大げさだけど。私が何が好きで、何をしたいのか。それくらいはちゃんと見つけたんだ」
「.........」
夢の中なのに、不思議と喉が渇いたような感覚に陥る。
ようやく、話の本題に移行しようとしていた。ここから先、どういう展開になるか全く予想が付かないが、ひとまず私の心情は伝えておかなければならない。
覚悟を決めて、ゆっくりと、はっきりと言葉を紡ぐ。
「私は、君と共に現実世界を生きたい」




