Episode.33 - 突破口
最近は校舎内ばかりを歩いていたから、気分転換を兼ねて久しぶりに学校の外へと出ることにした。
朝を迎えてから授業の開始まではほぼ等速で時間が過ぎるので、時間的にも大丈夫だろう。
ふわりと身体を宙に浮かせて、南京錠がかけられている正門を適当に飛び越えると、現実の帰路と同じ道を歩き始めた。
左右に顔を向けると、青々とした新緑を蓄えた広葉樹が並んでいる。昔のゲームのように一切葉が揺れていないのはやはり不気味だったが、まあ、人間と比べたらマシかも。
数分間歩き続けると、片側二車線の少し広い道路に出る。穂月くんの夢は本当にすごいもので、動きは鈍いがちゃんと車が走っている。彼は自宅で朝ご飯を食べているときに通学路の車を意識しているのだろうか?
公共施設やコンビニ、住宅に至るまでの建物の再現度もすごい。凝視したら文字が日本語ではない何かになっていたり、よく分からない構造の建物になっていたりするが、まあ、越してきて一ヶ月だし、むしろ十分すぎるくらいだけど。
それに、不完全な方が面白く感じられることもあって。
彼が普段どんなところを気にして歩いていたかがよく分かる。例えば、ウチではかなり有名だった、登下校中いつも窓からこちらを覗く犬が居る佐々木さんの家は表札までくっきりと映っているが、その隣の......相生さん? の家はローポリゴン並に雑い。全然知らなかったけど、穂月くんは犬が好きなのかな?
......なんて、そんなことばかりを考えながら歩いていたものだから。
「——っ!」
足下のちょっとした段差に気が付かず、思い切り躓いて転んでしまう。咄嗟に右手を前に出し受け身を取ろうとするも、結局胸部を中心とした上半身を強打してしまった。......まあ、夢の中だもんで、痛みとかは全くないのだが。
交差点の間近だったから、頭上ではクラクションが鳴り響く。危ない危ない、一歩間違っていたら車に轢かれていた。いくら夢の中とは言え、そんなのはまっぴらごめんだからね。
こういう、不注意な部分もちゃんと治さないと駄目だな。ただでさえ、穂月くんをこの世界に呼び寄せる一つの原因になったのだから。
.........って、もしかしたら、これは使えるんじゃないか。
フックの強さで言ったら、おそらく彼が持っているものの中でも最強クラスだろう。
二度も三度もトラウマを見ることになるのは少しばかり可哀想だと思うが、確実に穂月くんが思い出せる策というのは、正直これ以外に思いつきそうもない。
加えて、私ももう一度車に轢かれかけることになるが......まあ、その程度は些事でしかない。
何も汚れていない手をパンパンと払いながら立ち上がり、静かに覚悟を決めたのであった。
思い立ったが吉日。その日の放課後に計画を遂行することにした。
双葉ちゃんには無理を言って下校時間をずらしてもらい、穂月くんと二人で学校を後にする。
「それにしても、曙さんが俺たちと一緒に帰るだなんて珍しいね。......まあ、今日は俺一人だけど」
「あはは、まあ方向が反対だからね。今日はたまたま駅の近くの本屋さんに用事があってさ」
「ああ、あそこか。確かに品揃えいいもんね」
なんて雑談を交わし、万が一にも想定ルートを外れないように気を張りながら二人並んで足を進める。
今回再び『あの場面』を再現するわけだが、それはあくまで偶然起きたように装いたい。
その理由は至極単純なもので、あまり彼からの好感度を下げたくないのだ。穂月くんの意に反することをわざとしたと察されれば、多かれ少なかれ悪い印象を抱かれるのは間違いないだろう。
本当はそれも甘んじて受け入れるべきなのだろうが、今後しなければならないことを考えると回避しておきたい。もし現実へ帰れたら、君が望むのならば謝り倒したっていい。だから、今だけはちょっと騙されていて。
程よい頻度のコミュニケーションを挟みながら、ついに件の交差点近くまで到達する。
よく見てみれば、今朝私が引っかかったであろうひび割れたアスファルトは、周辺と比べて四、五センチほど隆起していた。こんな分かりやすい段差に躓くなんて......ほんと、現実でもぼうっと歩いていたら駄目だな。
彼の意識がこの辺りに向いているからか、朝に比べれば車の動きが活発になっている。これなら、タイミングを合わせずとも轢かれることができるかもしれない。
小さめに深呼吸をすると、靴紐が解けた振りをしてその場にしゃがみ込み、数秒間適当に手を動かす。そして、少し前——交差点の前で待ってくれている穂月くんに追いつくため、小走りでそちらに向かう。その際、件の隆起に足を引っかけて......
「——曙さん!?」
彼の隣を思い切り通り過ぎ、増した勢いを殺せぬままに車道へ飛び出していく。
その時丁度横断歩道を横切ろうとしていたタクシーが、とても綺麗に私を撥ねた。




