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Episode.27 - 現実を歩く

 夢世界での翌日。早速、私は計画を行動に移し始める。

 皺まみれの制服を気休め程度に伸ばすと、保健室から抜け出し二年三組の教室まで向かった。


 登校時間ということもあり、四方八方から人の声が聞こえてくる。だが、よく耳を澄ませてみるとそれは日本語のようで日本語ではない何かで、まるで動物の鳴き声を聞いているような感覚だった。加えて、穂月くんが意識していないせいか廊下ですれ違う人もまともに動いていない。


 一見現実の景色をそのまま映したように見えるが、群衆の姿は張りぼて、声はまるで雑音をスピーカーで流したかのような、杜撰な作りだった。......まあ、いくら穂月くんと言えど、その辺りは仕方のないことなのかもしれない。


 とはいえ、どうしてもその光景は気味が悪かったので、足早に教室まで向かう。

 見慣れたドアをおずおずと開ける。教室の中なら多少人間の動きが見えるかと思ったが、そんな私の期待は打ち砕かれる。姿の造形こそ詳細だが、やはり『人間』としての不自然さは拭えない。やはり、穂月くんにとっては他のクラスメイトなど有象無象なのだろう。

 そんな中、妙にリアルな動きを見せる男女のペアが一つ。

 改めて確認するまでもない。穂月くんと双葉ちゃんだった。


 隣り合った席に座る彼らは本当に楽しそうに談笑を繰り広げる。はじめのうちは疎外感や寂しさを感じていたが、もはや見慣れた光景となり何とも思わなくなった。

 ......いや、どうだろうか。それは、実のところ目を逸らしていただけなのかもしれない。会話の内容も聞かず、彼らの表情も詳しくは見ない。彼がどのように過ごしているかをある程度知っていれば良かったから。


 でも、今日からはそうもいかない。穂月くんと関わるには、必然的にあの二人の間を割って入らなければならない。

 もし、まともに相手をしてくれなかったら? 私は疎外感や寂しさを感じるだけで済むだろうか。


 しかし、ここまで来ておいて怯んでもいられなかった。大きく深呼吸をすると、私が入ってきたことにすら気づかずに会話を続ける二人を目指し、足を進める。

 あと一歩というところまで近づいてもまだ気づかれない。あくまでもこの世界は二人のためのものということなのだろう。


 普段ならそんな事実に哀しみを感じているところだが、生憎今だけは、そんな感情よりも緊張が勝っていた。

 というのも、現実の穂月くんと話しているとつい忘れそうになってしまうが、私は自分が思っている数倍人見知りだ。......いや、正確に言えば、人見知りと言えるほど人と喋ったことはないのだけれど。


 でも、私から声を掛けるというのがあまり得意ではない、というのは確実だった。しかも、こんなにも仲がいい二人に対してともなれば。

 緊張で手先が震える。ただの挨拶なのに、何回も脳内でシミュレーションを行って、満を持してやはり霞んだ声を出す。


「......お、おはよう」


 何の当たり障りもない、ただ普通の挨拶。

 それを発した瞬間、彼らはずっと隣に注いでいた目線を弾かれたようにこちらへと向ける。驚いたような、疑うような、鋭く冷たい双眸。それは昨日の夜に彼から受けたものと何ら変わりなく、品定めするかの如く私を貫いた。

 気休めに広げて振った手は枯れた向日葵のように萎れ、今すぐにでも逃げてしまいたい衝動に駆られた。......だが。


「お、おはよう。ええと、君は確か、昨日の夜にも会った子、だよね?」


 そのすんでのところで、穂月くんが戸惑いながらも言葉を返してくれる。怪訝な表情を崩してはくれないが、何のリアクションもないよりは何十倍もマシだった。


「ん、穂月知り合いなの?」


 双葉ちゃんはというと、私から目を離し、綺麗なハスキーボイスで穂月くんに問いかける。


「え? いや、知り合い——ではないけど。昨日偶然会っただけで......」


 彼は、頬を掻きながら困ったように答える。......あらぬ誤解をされても面倒なので、適当にこの世界における曙望実を定義してしまおう。そう思い、穂月くんの言葉の続きを遮るようにして口を開く

「ごめん、言い忘れてた。私は曙望実。今日高埜宮に転校してきたんだ。そんでもって、ほづ——蔓見くんとは......転校するちょっと前に会ったことがあって」


 なんて、嘘八百を並べる。『穂月くんの友達』なんて言ってもさらに困惑させてしまうだけだろうし、このくらいの方が丁度いいというものだ。

 それに......何というか、今の私には、彼の友人であることを堂々と宣言する自信が無かった。

 穂月くんは、それに対して驚きの表情を見せる。


「え、マジ? 昨日以外にも会ったことあったっけ?」


 それに対して、


「あんたね、一度会った人の顔くらい覚えておきなさいよ」


 と、呆れ顔の双葉ちゃん。

 さすが幼馴染みと言いたくなるほどに軽快なやりとりだったが、これ以上話をややこしくしたくないので心の中で穂月くんに謝罪しながら言葉を続ける。......でも、欠片しか私のことを覚えていない君も、少しは悪いと思う。


「まあ、本当にちょっと会っただけだから、蔓見くんが覚えてないのも無理はない、かもしれない」

「ふうん、そっか。それで、望実ちゃん——は今日転校してきたんだよね。よろしくね、私は二色双葉。知ってるかもしれないけど、こっちが蔓見穂月」

「こっちとか言うなよなあ」


 双葉ちゃんは、私に向けて自然で柔らかな笑みを浮かべる。それは先ほどまで穂月くんに注がれていたような親しげなものではなかったが、その反応は私が想像していた彼女の像とはかなり異なっていた。

 全体的に凛としてクールな顔立ちをしているせいか、もう少しドライな性格なのではないかと勝手に想像してしまっていたのだ。しかしその実、彼氏と二人で話しているところを邪魔した人間に対しても、嫌な顔一つしないで対応をしてくれる人だった。


 見当違いも甚だしい偏見を抱いていた自分に嫌気が差し、加えて、自分が同じ状況で同じ対応をできただろうかと考えると、さらに気分が重くなる。薄々感づいていたことだが、私と双葉ちゃんとでは人間としての格が違いすぎるのだろう。

 そんなネガティブな考えの片隅で、ふと自分の思考が段々と本来の目的から逸れていることに気がつき、慌ててかぶりを振った。


「ありがとう、二人ともよろしくね。分からないこといっぱいだから仲良くしてくれると嬉しいな」


 そんな言葉とともに、双葉ちゃんに倣って笑みを浮かべる。あまり余裕がないせいかその口角は意図せず細かく震えてしまっていた。......夢の中なんだからもっと上手に誤魔化せてもいいのに、なんて思ってしまう。


「もちろん。......って言っても、実は俺たちも一ヶ月前に転校してきたばかりなんだけどね」


 ああ、そこは現実に忠実なんだ。


「そうそう、だからむしろこっちからお願いしたいくらい。まだこいつくらいしかしゃべり相手がいないから、仲良くしましょ」

「そ、そうなんだ。少しだけ安心したかも。改めて、よろしくね」


 しかし、そんな言葉とは裏腹に、適当に理由を付けて逃げるようにその場を後にした。


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