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Episode.26 - 回想、覚悟

 はじめは彼の夢を静観していた。万が一、これが彼の『未練の解消』を手助けしてくれるのなら話が早いと思ったから。だが、そんな期待とは裏腹に、彼は当たり前のように、ごく普通の双葉ちゃんとの学校生活を送る。まあ、それが彼の未練なのかもしれないが、一日、二日、一週間と過ぎ、さすがにこれ以上見逃したら不味いと、ついに先ほど干渉した。


 穂月くんとの会話が頭の中に蘇ってくる。現実では聞いたこともない、他人行儀で冷たい声。

 遅かった。もう既に、彼は現実での出来事を自身の妄想だと考え、九割九分の記憶を忘却してしまっていたのだ。


 だが、そうなってしまったのも私のせい。もし、あと三日、二日、一日早く声を掛けていれば、少しでも違った反応を貰えたかもしれない。そう考えると、自責の念が止まらなかった。


 そして、それを助長するのが現実でのとある出来事。......実は、つい先日にも同じような過ちを犯してしまっているのだ。

 私が車に轢かれかけ、そこからトラウマを刺激された穂月くんは、その日を境に昼夜問わず悪夢ばかりを見るようになってしまった。私は、少しでも彼の苦しみを紛らわせることができたらと、それらを一つ残さず食べたのだ。


 すると、直にそのような夢は止んだ。はじめはその事実に安堵したが、それはそれで手放しに喜べることじゃあなかった。というのも、彼はその悪夢の代わりに『彼にとって幸せな夢』を多く見るようになってしまった。それはまるで、今までの分を一気に摂取するように。


 それが過剰摂取だということは、薄々察していた。

 だが、今までの不調もあって少しくらいは良いものを見せてあげたいというのと、彼の未練解消の手助けになるかもしれないと、やはりその兆候を放置してしまった。

 もし、それらの夢をきちんと食べてあげていれば、穂月くんが実際に幸せな夢へと溺れてしまうこともなく、そうでなくとも、彼の身体に馴染むのが遅れていたことだろう。そうだったなら、もう少し現実のことを覚えていてくれたかもしれない。


 言ってしまえば、今回の一件はすべて私が引き起こしてしまったようなものだ。

 その後始末は、他ならぬ私がやらなければならない。......まあ、元より私にしかできないことなんだけど。


「.........はあ」


 ——だから、ちゃんと頑張ろう。


 そう頭では考えるものの、その反面口からは大きな溜息が漏れ出す。

 どうやってそれを達成するのか。正直、それに対する答えが何にも思い浮かばないのだ。

 いや、厳密には『何にも』という言葉は不適当だ。『実現可能な答え』が何も思い浮かばないというのが正確だろう。


 私が最初に思いついた方策。それは、『穂月くんと一から仲良くなり、改めて現実の話をし、信じてもらう』というもの。

 最終的にどうなるかは分からないが、私の目的を考えたら、まずは彼にここが夢であること、そして、現実での出来事を認識してもらわない限りは何も話が進まない。


 だからといって、闇雲に事実をぶつけるのは悪手だろう。ただでさえ先ほどあのような顔をされたのだ。あれ以上踏み込んだら、取り返しが付かなくなるかもしれない。

 そうなると、結局は信頼度を上げるしかないのだが......どうも私には上手くいくビジョンが見えない。


 双葉ちゃんという最愛の人間が近くにいて、果たして私と仲良くなってくれるだろうか? 仮にそれが成功したとして、本当に真実を信じてくれるだろうか?

 私は、自分を信じきれない。穂月くんに触発されて少し前を向いただけの人間が、そんなことを成し遂げられるとは、とてもじゃないが思えない。


「——って、私がこんなじゃ駄目、だよね」


 ハッとして体を起こし、思い切りかぶりを振る。

 この世界で穂月くんを正気に戻すことができるのは私だけなのだ。行動に起こす前からそんなに弱気になってどうする。


 彼が最終的に何を選ぶかは、彼自身が決めたらいい。でも、自分の無意識が与えたものとはいえ、選べるはずの選択肢を見ないままに突き進んでしまえば、きっといつか後悔してしまう。


 ......まあ、誰が後悔するかって、私だけど。

 このまま放置したら、訪れるのは身体の死だ。それを知っていて放置するなんて、今度こそ後悔どころの話では済まない。


「だから、やるしかない」


 私の我儘かも知れない。自分勝手な行動かもしれない。

 それでも、あんなに後ろ向きな穂月くんを放置するということは、どうしてもできなかった。だって、彼は私に、前を向くきっかけを与えてくれた人だから。だから私も、きっかけだけでも、彼にお返ししてあげたい。


「......ごめんね、穂月くん」


 もはや、それが何に対する謝罪なのか自分でも分からなかったが、その小さく細い声は、無音の保健室に霧散して消えた。


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