Episode.24 - 宣告
「穂月くんが夢だと思ってるそれはね、夢じゃなくて歴とした現実なんだよ」
そう告げると、彼は今までと明らかに違うレベルの困惑を見せた。
これまでは苦笑し疑問を浮かべながらも、ちゃんとその内容を咀嚼することができていたように見えた。が、今回ばかりはそうもいかないようで。
「..........はあ? いったい、何を言っているんだ」
しばらくの沈黙の後、それでもなお当惑は続いている。怪訝——というよりも不審がるように睨み付けてきており、それはまるで夢の中で初めて会ったときのような対応で、少しだけ寂しさがこみ上げてくる。
しかし、だからこそ、私は遠慮もなしに言葉を続ける。
「ねえ、穂月くん。もう現実は諦めちゃったの? やっぱり、幸せな夢の世界の方がいい?」
わざとらしい煽りの言葉。正直そんな言葉を掛けるのは本望ではなかったが、とりあえず、今彼が持っている認識を聞き出さなくては対話のしようがないのだ。
「さっきから『現実』、『現実』って......あんな悪夢が現実なわけないだろう」
あくまで平生を装おうとしているが、その声はどこか震えており、節々からいらつきが漏れ出しているようにも聞こえた。
「悪夢......」
「ああ。あんなぼやけた気味の悪い記憶、悪夢じゃあなかったら何なんだよ」
「.........」
「それに、だ。双葉はずっと俺の目の前にいる。この手で触れて、この耳で声を聞いて、この鼻で匂いを感じているんだ。ここが現実じゃないなら、その説明が付かない」
「.........なるほど」
つまり彼は、『元の世界に関する記憶は『夢』のように朧気で、対するこちらは自分の感覚器官で触れることができる』と、自らの感覚を頼りにして、現実か夢かを判断しているというわけか。
確かに、判断基準としてそれは至って合理的なものだろう。......けれど、こちらとしては、それでは少々まずい。
だって、それらは全て、穂月くんの妄想に過ぎないのだから。
現実のことを詳しく覚えていないのは......今となっては夢の中に長く滞在しているからというのもあるだろうが、根本にあるのはきっと、彼にとって遠ざけたい記憶だから。彼が双葉ちゃんのことを詳しく感じられるのは、それを彼が強く望んでいるから。
声はともかくとして、触感も、匂いも、そんなもの、夢の中にあるわけないのだ。少なくとも、私は一切感じることができない。けれど、脳というのは馬鹿なもので、自分がそうだと思い込めばある程度補完してくれる。加えて、ここは彼が『幸せな夢』の不足を無意識的に危惧して見た夢なのだ。そうなるのも必然と言えよう。
......と、今までのは私の推測に過ぎないが、きっと、当たらずといえども遠からずだろう。
それにしても、弱ったなあ。傍から見ていて薄々感づいていたけれど、それだと私がどうこう言って介入できるようなものではないように思える。少なくとも、決定的な何かがない限りは、彼はここを夢だと認めないだろう。
「ごめんね、急に話しかけて。......だいたい分かった。ありがとう」
本当はこの場でもう少し話を進めたかったけれど、無策で突っ込んでも、反感こそ買えど事態が良くなることはないと思い、引き下がる決断をした。
「そ、そう? 何が何やら分からないけど......まあいいや。用が済んだなら行っていい?」
彼は肩透かしを食らったみたいに、臨戦態勢だった表情を和らげる。
私はそれに首肯しかけるが、一つだけ、彼の考えがどうであろうと確認しておきたいことがあったことを思い出す。それは、この先の作戦を考える上でとても大切な問い。
言葉で引き留めると、穂月くんはやはり怪訝な表情を浮かべながらも再度振り向いてくれた。
「一つだけ聞きたいんだけど。......君は、私とのことも覚えていない?」
それに対して、首をかしげて少しだけ思考を巡らせるも、すぐにばつが悪そうな表情で告げる。
「.........名前と、声と、シルエット以外は」
その返答に対して再び礼を告げると、今度こそ彼はトイレの方向へと歩き去ってしまった。対する私は、しばらくの間その場に立ち尽くす。......なぜだろうか。その言葉は、今までのどんな言葉よりも心に重くのしかかった。




