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Episode.21 - 次なる一歩

 夢を食べてもらうのを止めてから、三日が経った。

 結論から言えば、浸食と呼べようあの症状は、確かに和らいでいた。朝の覚醒時にどこにいるか分からなくなることは減り、授業中に現実感を喪失することもほとんどなくなった。


 ——原因は、やはり夢を食べられていたことだったのだ。

 その事実を突きつけられて安堵する一方で、別の問題が浮上していた。

 悪夢だ。


 曙さんに食べてもらっていた分の悪夢が、一気に押し寄せてきたかのように、毎晩毎晩俺を苛んだ。しかも、明晰夢の制御すらままならない。暴走車、双葉の姿、伸ばしても届かない手——そんなものが夜ごとに繰り返し再生される。

 結果、睡眠の質はどん底まで落ちた。朝起きても疲れが取れず、日中はぼんやりとすることが増えていく。浸食は収まったのに、別の形で現実が遠のいていく皮肉さに、思わず乾いた笑いが漏れた。


 そして、曙さんの方も目に見えて調子を崩していた。

 昼休みに教室で顔を合わせた彼女は、以前のような元気がなく、目の下には隈が浮かんでいた。まるで、初めて会ったときのようで。

 まあ、食事が取れていないのだから、それも当然のことだろう。


「......大丈夫?」

「うん、平気平気。ちょっと寝不足なだけだよ」


 彼女の言葉は、数日前の俺のそれと寸分違わなかった。

 お互いに「大丈夫」と嘘をつき合う日々が、一週間ほど続いた。




 ある夜、またしても悪夢に叩き起こされた俺は、汗まみれのシーツの上で天井を見つめながら考えていた。

 浸食の原因は夢食だと分かった。じゃあ、このまま止め続けるのが正解なのか?


 ......でも、それで何が解決する?


 曙さんは昼飯を失い、また独りで空腹に耐える日々に戻る。俺は悪夢に溺れ、またあの引きこもりの日々に近づいていく。双葉への未練だって、何一つ晴れていない。

 どちらを選んでも、何かを失う。

 いっそ、どちらも選ばなければ楽なのかもしれない。でも、それが一番駄目なのは嫌というほど分かっている。何も選ばなかった結果が、今の俺なのだから。

 ——なら、選ぼう。リスクを知った上で。

 知らずに流されるのと、覚悟を持って選ぶのは、全く違うものだから。


 翌日の放課後。俺は曙さんの席まで歩いていった。

 彼女は少し驚いたように顔を上げる。この一週間、最低限の会話以外はほとんど話していなかったから無理もない。


「曙さん。ちょっといいかな」


 曙さんは力なくこくりと頷く。


「......また、俺の夢を食べてほしい」


 そう言った瞬間、天板へと向けられていた顔は弾かれたようにこちらを向き、その目は大きく見開かれた。

「でも、それじゃあ......」

「分かってる。だから、毎日じゃなくて頻度を落とそう。二日に一度——いや、最初は三日に一度くらいからにして、症状がどうなるか確かめていく」

「............」

「完璧な解決策じゃないのは分かってる。でも、何もしないよりはずっといい」


 曙さんは、しばらくの間じっと俺の顔を見つめていた。その瞳には、嬉しさと、不安と、そしてほんの少しの罪悪感が入り混じっている。


「......穂月くんは、本当にそれでいいの?」

「俺が選んだんだ。一人で悪夢に飲まれるよりは、リスクを承知で曙さんに頼る方がいい」


 すると、曙さんはふっと肩の力を抜いた。ほんの僅かに、いつもの柔らかい笑みが戻る。


「......穂月くんって、たまにすごくかっこいいこと言うよね」

「たまにって何だよ」

「ふふ、だって普段は——」


 そこまで言いかけて、彼女は言葉を止めた。一瞬だけ目を伏せると、静かに、けれどはっきりとした声で告げる。


「分かった。......じゃあ、二人で一緒に、ちょうどいいバランスを探していこう」

「ああ」


 こうして、夢食は再開された。

 今度は二人とも、目を逸らさずに。


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