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Episode.17 - 穂月の過去

「二色双葉は俺の幼馴染みだった。元々母親同士が仲良かったのもあって、そこまで家は近くなかったけど小さな頃からよく関わりがあった」


 夢の中であってもあの日の再現のように観覧車は回り続け、遂には頂上まで到達し、直に下降し始める。


「母さんも双葉の母親も私立志向だったから、地元の中高一貫を受けて、無事に二人とも合格した。......まあ、そこまでレベルの高い学校ではないんだけどね」


 同じ小学校出身の人間が他におらず、かつ今までの関係性もあってか、俺たちの仲は今まで以上に深まった。それはもう、中学三年生のはじめ頃には異性としてちゃんと意識していたくらいには。


 思えば、あの時は『高校卒業まであと数年あるわけだから、そこまで急ぐこともない』など考えていた。でも、それが間違いだった。


「この夢のように、二人で遊園地へと出かけたその帰り道。双葉は交通事故に遭って死んだ」

「.........」


 ある程度話の展開は予想していたのだろうが、それでもなお、曙さんは自分のことのように顔を歪める。


「信号無視で突っ走ってきた一般車に思い切り撥ねられたんだ」

「うぁ......」


 そんな光景を目の当たりにして、俺は相当に病んでしまった。


「みんな、運転手以外に誰にも非はないと言ってくれた。......だけど」


 俺には暴走車が見えていた。あの時に一声掛けていれば、手を伸ばしていれば、彼女は死なずに済んだのかもしれないと考えると、どうしても自分のことを責めてしまうのだ。


「そして、その日を境に俺の性格は変わってしまったらしい。気がついたら独り言を言っていたり、頭を抱えていたりとおかしな言動を取るようになっていた」

 元々そこまで社交的な人間ではなかったが、それがさらに内向きになり、友人との仲も悪くしてしまった。それからというもの、学校から居場所をなくしてしまった俺は、徐々に登校することができなくなっていったのだ。


「引きこもっても、インターネットやゲームをする気力すらなく、ただ食べて寝るだけ、そんな生活をしていたものだから、夢で見る世界だけが自分に光を与えていた」


 そう思うようになってから、俺は毎日夢日記を付けるようになった。夢の内容を覚えることができたり、明晰夢を見ることができるようになると聞いていたからだ。より鮮明で、より非現実な『現実』に俺は溺れていった。


「でも、そんな生活は外から圧力をかけられれば簡単に崩れてしまう」


 俺が本格的に引きこもりを始めたのは高校二年の開始頃。それまでは曲がりなりにも学校に行き勉強をしていたものの、そこで糸が完全に切れてしまった。

 結果、欠席日数がどんどんと増えていき、ついには進級可能なラインを割ってしまった。あまつさえ授業に出ずテストも受けずで成績が悪かったものだから、いくら私立の高校とは言え、擁護してもらうことはできなかった。

 だけど、それは俺にとって転機でもあった。


「いくら双葉の死がショックでも、さすがに二年も過ぎれば将来への漠然とした不安の方が大きくなっていくもので。そこで俺は、双葉の残り香を完全に消すために引越をして、この高埜宮に転校する決断をした」


 ......そして、今に至る。

 今までの浅い息の分を取り戻すかのように一度深呼吸をした。少し下に逸れてしまっていた視線を、曙さんの顔に向ける。


「まあ、ざっとこんな感じ。......改めて思い返すと情けない限りだな」


 はは、と軽く笑ってみせるが、彼女が同調することはない。むしろ、俺に同情するような、苦くも暖かい視線を向ける。


「それでも、君は今前を向こうとしてるんでしょ? それなら、そこまで気に病むことはないんじゃないかな」

「ありがとう。でも、今だって結局、曙さんがいるから前を向けているようなもので。一人だったら、それこそどうなっていたか分からない。だから、曙さんには本当に感謝してるんだ」


 今みたいな方法で未練を晴らそうと考えたのは、彼女の存在があったから。もし曙さんがいなかったら、俺はきっと、今でも双葉のことを忘れるフリをしながら、ただ逃げているだけだっただろう。

 曙さんは少しだけ気恥ずかしそうな表情を浮かべる。


「そうかな、それなら私も嬉しい。......きっと君が思ってるよりも、君の夢は私にとって大きな存在だから」


 服や住居と並ぶものを提供しているのだ。決して軽いものだと考えたことはなかったが、改めてそう言葉にされると、夢の中なのにじんわりと心が温かくなるような気がした。

 しかし、真正面から受け止めると少しばかり気恥ずかしくなるというもので、その後二人は、橙色の陽光を浴びながら静かな微睡みのような空間をただじいっと過ごす。扉も開かず、回転を止めることのない観覧車は、再び上昇を始めた。

 だが、そこに気まずさは存在しない。もはや俺の口を結ぶ枷などどこにも存在せず、自ずと口が開く。


「さっき、この夢のことを『別に良いかな』って言ったでしょ」


 曙さんは小さく首肯する。そもそも、何のために先ほどの話をしたのか、すっかり忘れてしまっていた。


「それも、今の話に繋がっててね。この夢が、俺に何の未練を思い出させているか、分からないんだ。曙さんが来る前には『双葉を死なせた』という未練なのかとも考えたけど、それはそれで、今更どうしようもないものでさ。考えているうちに、気分が悪くなっちゃって......っていう感じ。来ていきなり困惑したでしょ。ごめんね」

「えらく顔色が悪かったけど、そういうことだったんだね」


 その直後、彼女は腕を組んで唸る。


「でも、確かに、話を聞いてる限りこの夢が蔓見くんに何を見せたかったのか分からないなあ」


 やがて曙さんは腕を解き、膝を台として頬杖をついた。

 夢なんだから、ほとんどの部分に意味なんてないただの偶然。そう言ってしまえばそれまでなのだけれど、ここ最近見る夢がその限りでなかったばかりに、どうも何か意味がないか探してしまうのだ。

 しかし、他人の目が見たら何かが分かるかと思ったが、そうでもないみたいで。


「曙さんもそう思う? ......じゃあ、やっぱりもう食べちゃっても良いよ。曙さんも、お腹空いたでしょ」


 行き着く先は、やはり曙さんのお腹の中......お腹? いや頭か? まあ、それはどっちでもいいとして。曙さんもそろそろ限界なのか、恥ずかしそうに小さく頷いた。


「......あ、でも」


 しかし、彼女にしては珍しく、許可を得てもがっつこうとはせず何かを思い出したかのように顔をこちらに向けた。


「もしかしたらまたどこかで役に立つかもしれないから、私が責任を持ってしっかりと覚えておいてあげるよ」


 まるで「まかせなさい」と言わんばかりに、自分の左胸をぽんと叩く。


「そりゃあ心強い」


 確かにそれをできるのは曙さんしかいないが、果たしてそんな時が訪れることがあるのだろうか。......まあ、備えあればなんとやらとも言うし、彼女が覚えておいてくれるというのなら遠慮なく甘えさせてもらおう。

 そうして、ようやく曙さんは食事にありつく。心底楽しそうな表情を浮かべながら、丁寧に両手を合わせる。


「それじゃあ、いただきますっ」


 その言葉をトリガーとして、ブラウン管テレビの電源を切ったかのように、暖かな光がふっと消えていった。


                ■ ■ ■


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