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Episode.16 - 恐るる夢

「——穂月? おーい、穂月ってば。......ふふ、もしかして緊張してるの?」


 どこからか聞こえてくるのは心地の良いハスキーボイスだったが、それは、微睡みに浮かぶ俺の思考を急速に覚醒させる。


「双葉......」


 夢の中だからか、瞬きせずとも目を擦らずとも、一瞬にしてクリアな視界が戻ってくる。彼女の姿はたった数日前にも夢の中で見たはずなのに、一切慣れる気配がない。その姿を観測しただけで沸騰するように身体が熱くなり、心臓が早鐘を打つ、そんな気分になる。


「んー、どったの?」


 俺の声に反応して、双葉はじいっと目を覗き込んでくる。そのぱっちりとした双眸はとても力強く、思わず逃げるようにして視線を外してしまった。


 ......というか、いったいここはどこなんだ?


 俺と双葉は、狭いゴンドラのような乗り物で向かい合って座っている。左右透明な窓から見えるのは、ディティールが不明な街。それはとても遠く小さく映り、ここが高所であることを教えてくれる。すなわち、今俺たちがいるのは観覧車というわけで。


 ああ、そういうことか。おそらく、俺が恐怖を覚えていたのは双葉の存在のせいだけではない。この観覧車——遊園地という要素が、無意識のうちに追い打ちをかけてきていたのだろう。


 なんせ、俺と彼女が別れたのはこの日の終わりのことだったのだから。今まで思い出すまいと封印していた記憶が無理矢理こじ開けられ、思わず嘔吐きそうになってしまう。

 俺の頭は、いったい何を思って俺にこんな夢を見せたのだろうか。未練? まあ、それは間違いない。これは、双葉に関するこの上ない未練だと言っても差し支えないだろう。


 だが、仮にそうだとして、俺は俺に何を求める? 確かに、双葉と真に決別するためには未練を解消すればいいのだろう。それこそ、水族館に出かける妄想をするくらいわけない。

 じゃあ、この夢は? 夢の中で双葉を死なせなかったところで、もちろん現実に彼女が帰ってくるわけじゃあない。むしろ、せっかく隠そうとしていた記憶を思いだし、虚しくなって、また縋りたくなってしまうのではないか。


「......お、また良い夢見てるね。順調順調」


 思考がぐちゃぐちゃになり、そろそろ限界だと思ったとき、二人しかいないはずの観覧車には、聞きなじみのある、しかし双葉のそれとは対照的に甲高い声が響いた。


「曙さん......?」


 視界には、オフホワイトのスカートの端が映る。恐る恐る顔を上げると、そこには栗色のウェーブがかった髪を有した少女が立っていた。


「やあやあ蔓見くん、ご機嫌いかが? ......って、聞くまでもないか」

「.........」

「夢の中だっていうのに、そんなに顔色悪いんだもんね」


 彼女にしてはひどく低いトーンの声だった。確かに、焦燥や動悸はそれなりのものだったが、見て分かるほど酷いだろうか。......でも、今はそんなことはどうでもいい。本当に良いタイミングで救世主が現れた。


「曙さん」

「うん、どうしたの?」

「お腹空いたでしょ。この夢、もう要らないから食べていいよ」


 いつもなら、前のめりにがっついてくるであろうそんな言葉だが、今日の曙さんはただ何かを推し量るような目線を寄越してくるだけだった。やがて、そんな目つきは崩されるも、依然として怪訝な表情を浮かべながら、返答する。


「あれ、まだ夢を見始めたばかりだと思ってたんだけど、違うの?」

「え? いやまあ......そうなんだけど。でも、別に良いかなって」


 しまった、もう少し自然な流れにしておけばよかったか。脳がこんがらがっていて、その判断が遅れてしまった。


「そうなんだ。でも、えっと——双葉ちゃんって、前にも夢で見た子だよね。何かヒントになるものもないの?」

「.........」

「あっ、ごめん。何も知らないのに物言っちゃって」


 俺の表情を見てか、慌ててそう付け加える。


「いや、曙さんが謝ることじゃないよ」


 曙さんは、そんな俺の言葉に対して困り顔を見せた。まあ、そりゃあそうだろう。彼女が何も知らないのも、俺が話していないせいなのだ。だというのに、『謝ることじゃない』とだけ言われても、何を言って良いか分からなくなるに違いない。


 しかし、そうと分かっていても、俺の口はなかなか自らの恥部を晒そうとしなかった。俺のことは別にどうだっていい。しかし、いきなりそんなことを告白されても、曙さんは更に困ってしまうだけだろう。


 .........なんて。そんなものは、自分が『したくない』ということの言い訳に過ぎない。

 経緯がどうであれ、彼女が俺の件に対してそれなりに前向きに動いてくれていることは確かだ。少なくとも、今のこの微妙な空気とどちらがましかと問えば、迷うまでもないだろう。


 それに、彼女が俺の手伝いをしてくれる以上、きっと、いつかは言わなければならない日が来る。それが今日になって、何の不都合があるというのか。むしろ、あの日みたいに、手が届かなくなる前に、ちゃんと言っておかなければ。

 そうだ。さっきそう心に決めたばかりじゃあないか。夢の中で思考がぼやけているからといって、さすがに忘却までのスピードが速すぎる。さっきだって、十分に恥ずかしいことを曙さんに言ってのけたのだ。もう恐れるものはない。俺は、ゆっくりと口を開いた。


「ねえ、曙さん」

「うん?」

「俺の昔話、聞いてくれないかな」


 すると、曙さんは目を丸くして分かりやすく驚く。


「え、いいの?」

「曙さんには言っておかないといけないなと思って。どうせ、後で曙さんがこの夢を食べるのなら、何も無かったのと同じこと。むしろ、チャンスだと思って。......もちろん、曙さんが聞いてくれるなら、だけど」

「そっか.......ううん、君が良いなら聞かせてほしい。もっと、私ができることもあるかもしれないから」


 そう言いながら、彼女は優しく微笑む。そう言われてしまっては、もう逃げることなんてできない。少しばかり感じる緊張を胸に抱えながら、今までずっと立ちっぱなしだった曙さんを座らせる。

 彼女は身を翻し一歩足を進めると、俺を気遣ってか、双葉に覆い被さるようにして対面の椅子に座った。......そんなこともできるのか。


 まあ、何はともあれ準備は整った。数回意識的に呼吸をしてみるが、曙さんが相手だからか、胸が張り詰めるような緊張は感じない。よし、これならいけそうだ。ゆっくりと話し始める。



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