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Episode.14 - 夢喰い少女の食事

 その後も順路に沿って水族館を回り続ける。飼育員さんによるペンギンの餌やりや、壁一面のクラゲ水槽などを経て、エントランス付近まで戻ってくる。


 外へ出る前に、満足はしたかと曙さんに問いかけようと思ったのだが、気がついたら彼女は隣から消えていた。辺りを見渡すと、少し順路を戻ったところにあるカフェの前にしゃがみ込み、メニューの看板をじいっと見つめていることに気がつく。


 パンフレットを三つ折りにしてカバンに仕舞い込むと、ゆっくりと近づいていく。


「ねえ蔓見くん、これ食べてみたくない?」


 俺の影を察知したであろう曙さんは、メニューに書かれている商品の一つを指さしながらこちらを見上げた。


「水族館にいた生き物たちの形を摸したお菓子、ねえ。......でも、曙さん食べられないでしょ」


 お店の中にいた店員さんに聞こえないよう、小声で問う。


「うん、だから、『食べてみたくない?』って聞いたの」

「ああ、奢ってほしいとかじゃなくて、俺が食うんだ。......まあ別にそれくらいなら良いけど。どれがいいの?」

「えーっとね、これがいい! 私、オオサンショウオ気に入っちゃったんだ」


 了解、と返事をすると、中腰の体勢を正し、オオサンショウオを象ったエクレアと、ついでに適当なドリンクを注文した。数分もしないうちに商品が提供され、受け取ると、近くに設置されていた膝程度の高さのソファに二人腰掛ける。


「きゃー、可愛いっ! この何とも言えない顔がいいんだよね」


 包装を取っ払って渡してあげると、曙さんはおもむろにスマホを取り出し、アングルを変えながら数枚写真を撮る。そして、ありがとね、と俺の元へと返してきた。

 その後も曙さんがずっとこちらの手元を見つめてくるものだから、どうも食べにくかったが、ずっと持っていても仕方がないだろうと頬張る。


「あっ——頭からいくの?」


 隣を見ると、曙さんは引き攣ったような顔を浮かべていた。初めて見る表情だな。


「まったく気にしてなかったけど、確かにちょっとグロいかも......」


 なまじクリームがたっぷりと入っているせいで、でろりと身体からはみ出そうになってしまっていた。

 とはいえ、目を瞑って食べれば普通のエクレアなので、気にせずに食べ続ける。その途中、彼女は羨望の眼差しをこちらに向けていた。


「......いいなあ、美味しそうだなあ」

「『美味しそう』っていう感覚はあるの?」

「君の表情を見てると分かるよ。......ねね、それどんな味? 夢で例えるとどんな感じ?」

「なかなか聞かない言葉だなあ」


 しかし、毎日彼女から夢の味の感想を聞かされているせいで、なんとなくの想像は付いてしまうもので。

 たっぷり入っている影響か、割とあっさりとしたカスタードクリームに、ほろ苦い後味を感じさせるチョコレート。これを夢で表現するとしたら......


「とても仲がよかった部活動ではひょんなことから軋轢が生まれる。互いの意見をぶつけ合って、それを理解したいと思いながらも、結局意見の相違で部活内での分断が起こってしまう青春の一幕、みたいな」


 我ながら何を言っているのか分からなかったが、曙さんは目を閉じてそれを咀嚼しようとする。


「ふむふむ、結構苦みが強い感じなのかな?」


 あ、一応ちゃんと伝わるんだ。


「そうだね。仄かな甘みが口全体に伝わるんだけど、それをかき消すようなチョコレートの後味がちゃんと苦い」

「いいねいいね、美味しそうだなあ。......やっぱり一口くれない?」

「え......別にいいけど、食べても大丈夫なの?」

「うん、栄養にならないだけで害はないよ。......多分」


 最後の一言が怖かったが、まあ、彼女がそう言うのなら深刻な問題にはならないのだろうと、俺はもう四分の一も残っておらず、オオサンショウオの原型もなくなったエクレアを手渡す。


「もう残り少ないし、食べたかったら全部食べていいよ」

「本当? じゃあお言葉に甘えて」


 しかし、そう言ったものの、曙さんはそれを手に持ったまま数秒間固まっていた。やはり、普段口にしないものを経口摂取するのは怖いのだろうか? 噛む力も相当弱いだろうし......まあでも、これくらいの生地なら最悪丸呑みでもなんとかなるだろう。


 やがて、意を決したかのように目を瞑って、残りを一気に頬張る。

 十秒程度咀嚼し続け、こくりと音を鳴らして飲み込んだ。


「うん、美味しかった——気がする」

「気がするって」

「だって味分からないんだもん。......でも、君の解説のおかげでなんとなく想像しながら食べられたよ。ごちそうさま」

「そっか。まあ、お役に立てたようで何より」


 その後はドリンクがなくなるまで、パンフレットを広げてあれやこれやと感想を語り合い、完飲後にはショップに寄って主に自分への土産を買った。形が残るものも別にいらないと考えた俺は、家族にも分けてあげられるようにとクッキーを購入した。


 曙さんはというと、『オオサンショウオが気に入った』というのは口だけではないようで、肘から指先くらいの大きさはありそうなぬいぐるみを大事そうに抱えていた。......まあ、可愛いとは思うし、否定するつもりは毛頭ないのだが、そこまで気に入る理由はいまいち分からなかった。


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