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Episode.12 - 水族館へ

 ゴールデンウィークも後半に差し掛かった五月三日土曜日。天気は快晴——とはいかず、空の七割ほどに濃いめの雲がかかってしまっている。まあ、ここ最近は夏の訪れを感じさせる暑さが続いていたから、日差しが遮られるに越したことはない。


 左手の袖を軽くずらし、腕時計を一瞥した。

 十二時四十分。待ち合わせの時間まではあと五分ほどあった。異性と出かけるだなんて久しぶりのことだから、どうにもそわそわしてしまう。

 駅前の広場に設置されている噴水の縁に腰を下ろし、曙さんを待ち続ける。人が視界を出入りする度、彼女が来たのかと微妙に視線を上げてしまい、その度に恥ずかしさで若干顔が火照る。

 そして、待ち合わせよりも二分ほど早い十二時三十八分頃。


「おーい、蔓見くん!」


 背後から元気の良い声が聞こえてきた。弾かれたようにして振り向くと、そこには手を高らかに上げて振っている曙さんの姿があった。


「ごめんね、待たせちゃったかな?」


 小走りで俺の下までやってきた曙さんは、乱れた息のままにそう問う。


「いや、むしろ丁度くらいだよ。俺が早く来てただけ」

「ふうん、そんなに今日のお出かけを楽しみにしてくれてたんだ?」

「まあ、だいたいそんなところ」

「.....そ、そっか」


 俺が珍しく素直に答えたせいか、何故か彼女までもが恥ずかしがる。自分で変な空気を作ってしまっておいてなんだが、会って早々この空気はあまり好ましくないな。


「......きょ、今日の服、曙さんによく似合ってるね」


 そう考えて絞り出したのはそんな言葉だった。

 ひよこのようなクリーム色のカーディガンを軽く羽織り、その下には襟元に控えめなフリルがあしらわれた白いブラウスが合わせられている。ボトムスは、時折吹く風にふわりと揺れるオフホワイトのロングスカート。まさに彼女を体現したかのように柔らかな印象を与える装いだった。


 曙さんによく似合っている、その言葉に偽りはないのだが、如何せんタイミングがタイミングなだけになんだかお世辞みたいになってしまう。


「そう? 頑張って選んだからそう言ってもらえて嬉しいなあ」


 しかし彼女はそんなことを気にする様子もなく、ぱあっと花を咲かせるように笑みを浮かべた。......まあ、曙さんがいいならそれでいいか。

 かくして、俺は噴水の縁から腰を上げ、二人並んで駅の方へと歩いて行くのであった。


 都市部行きの快速電車に乗り込み、約二十分で水族館の最寄り駅へと到着する。水族館といえば海沿いにあるイメージだったのだが、今回訪れる所は内陸の市街地にあるものだ。

 時折スマホのナビに視線を落としながら歩き続けること約十五分。一面に芝が生い茂る公園と、モダンな建物の水族館が見えてきた。ゴールデンウィークだということもあり、家族連れやカップルの姿が多く見られる。

 そんな人々の流れに乗るようにして、俺たちも入り口の方へと向かっていく。

 自動ドアを通り過ぎ、エントランスに出る。そこでは、既に巡回を終えた人とこれからの人が混ざり合い、結構な賑わいを見せていた。


「結構混んでるねえ」

「ごめん、ネットでチケット取っとけばよかったな」


 チケットの券売機にももちろん人が集まっている。グループの客も多いから、見た目ほどの混雑具合ではないのだが、それにしても配慮が足りなかったな。


「まあ、時間はいっぱいあるんだし、そんなに急がなくても大丈夫だよ」

 そう思っていると、隣の曙さんはそう笑いかけてくれる。


「そう? まあ、曙さんがそう言うなら......」


 しかし、そうは言ってもやはり申し訳ない気持ちは消えず、せめて彼女が退屈しないようと色々な話を持ちかける。......まあ、俺のコミュニケーション能力では全ての時間を埋めるのは不可能だったから、最終的には先に貰っておいたパンフレットの力を借りることとなってしまったのだが。


 そして、それと同時に、ホームページなどで何度も予習した展示内容を改めて復習した。この水族館はあまり展示面積は広くないながらも、バラエティ豊かな海洋生物たちが暮らしている。最近流行りの『映える』要素はないかもしれないが、じっくりと観察して趣を感じるタイプなのだろう。


 そうこうしているうちに券売機の順番が廻ってきたので、二人分の当日券を購入し、早速展示フロアへと入場する。

 まず目の前に現れたのは、この地域の川を模した展示。岩や砂利が敷かれ、水草が生い茂る水槽の中には、小さな川魚たちが遊々と泳いでいた。

 そして、その向かい側に設置されている水槽にも同じような装飾がなされているが、肝心の生き物はどこにも居ない......?


「オオサンショウオだって。生で見たのは初めてかも」


 最近の水族館はアバンギャルドだなとか思いながら目を凝らしていると、曙さんは水槽の中央部を指さしながらそう言った。じっくりと見てみると、まるで岩に擬態したかのような模様を身に纏うオオサンショウオが一匹、まるでヌシのようにどっしりと佇んでいた。

 壁にあるパネルを読んでみると——なるほど、この辺りの川に生息している天然記念物らしい。確かにこの目で見たのは初めてかもしれない。


「こう、ぬぺーっとしてて可愛いね」

「そう?」

「あんなにでっかい身体なのにゆっくり移動するのとか、可愛くない?」

「まあ確かに......?」


 その巨体に似合わぬ短い手足を使ってゆっくりと移動する。なるほど、確かにそういうギャップは愛らしい。

 珍しさも相まって、その生態に見入ってしまう。本当にじわじわと移動していくものだから、気づいたときにはもう既に数十分が経過していた。

 さすがにここだけに時間を使い過ぎていると感じ、曙さんを水槽から引き剥がすようにして足を進める。


 順路に沿って歩いて行くと、次はアザラシやオットセイなどの鰭脚類が出迎えてくれた。曙さんは、父母と三人で来ていた女児と並んでキャッキャと楽しんでいる。俺は、そんな二人とは微妙に距離を取りながら、ずっとオットセイを観察していた。


「蔓見くん、オットセイ好きなの?」


 家族連れの少女と手を振りながら別れた後、曙さんはそんなことを言いながらこちらに近づいてきた。


「いや、そういうわけでもない」

「それならアザラシも見ればよかったのに。つぶらな瞳で可愛いよ」

「......何というか、あれ以上近づいたら絡まれそうだったから」

「そんな嫌そうに言わなくてもいいのに」

「嫌——というか苦手なんだよね、ちっちゃい子って何を話していいか分からなくて」

「え? .........あっ、ごめん」

「? どうしたの?」


 ふと隣を見ると、彼女は少し赤くさせた顔をそっぽに向けていた。

 数秒後、やっとこちらを向いたその顔は、恥ずかしそうな笑みを浮かべており、やはり少しだけ俯いている。


「いやあ、てっきり私のことを言っているのかと......」

「......ああ、そういうこと」


 少し話が噛み合わないなと思っていたが、確かにこれは俺の言い方も悪かった。ごめんごめんと軽く謝罪をしながらも、でも、と逆接する。


「そもそも、曙さんと絡むのが本当に嫌なら、今こんなことになってないでしょ」

「そっ——か、うん、そうだよね!」


 どうにか機嫌を直してくれたようで、再び先ほどと同じような速度で歩き始める。

 十数秒間足を進めると、日の光を浴びていたかのように明るかった視界は、少しだけ暗くなる。単に照明の数が少なくなったのもあるだろうが、濃青色のペイントが壁一面に施され、一瞬にして海中へと潜ってきたかのような景色が視界を支配したからだろう。

 そして、そんな中俺たちの目に飛び込んできたのは、その視界的効果を最大限活用するような、身長の二、三倍はありそうな大水槽だった。


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