第62話:思春期女子の性癖はいともたやすく捻じ曲がる・
「それでは!不木崎家の久しぶりの集まりということで、乾杯の挨拶をこの不木崎拓人がさせて頂きます!」
「いいぞー!拓坊!」
鍋から蒸気が噴き出す中、俺は缶ジュースを片手に立ち上がっていた。暁さんが買ってきてくれたお土産である。
隣に座る母さんは項垂れており、対照的に暁さんはビール片手にノリノリの様子だ。
「それじゃ、かんぱーい!」
「かんぱーい!!!」
「……ぱい」
「どうしてこんなことに……」
俺と暁さんの声で全てかき消されたが、残る二人も小さく乾杯に参加する。
結局、母さんは暁さんを帰すことに失敗して、鍋を囲むことにした。
俺の目の前に座る陽乃ちゃんが控えめにグラスを向けてきたので、席を立って近くに行く。そのままコツンとグラスを当てると、陽乃ちゃんは小さくかんぱいと言って俯いた。
ジュースを飲んでみると、少し変な味がする。まぁ、せっかく暁さんからもらったお土産だし、マズイとかは言えない。……飲めないことはないし。
その様子を見ていた暁さんが鍋をつつきながらため息を吐く。
「霞、お前のところの倅はとんだ化け物だ」
「た、拓人は化け物じゃないです!」
「女氷と呼ばれたお前がこんなに骨抜きにされてるのがいい例だ。それに……」
暁さんは陽乃ちゃんを顎で指す。
「あいつ、多分今性癖ぐっちゃぐちゃになってるぞ。正直私から見ても不憫だ」
「そ、それは……確かに拓人の悪いところだけど、いいところでもあるって言うか…」
人聞きが悪い。
誰が性癖を捻じ曲げる化け物だと…?俺は一貫して妹を愛でているだけに過ぎない。
俺は優しく陽乃ちゃんの頭を撫でる。
「そんなことないもんね!陽乃ちゃん!」
「……ああっ」
そう言って陽乃ちゃんはプルプル震える。
もっと撫でて欲しそうに俺の手に頭を押し付けてくる。
ふむ、やはり健全な妹とのふれあいだな!
「ほらね!」
「どこをどう見たらそんな自信満々な顔ができるんだ。見ろ、あれだけヒロイズムが強かった陽乃が今ではか弱い男の子だ」
不憫そうに暁さんも陽乃ちゃんの頭を撫でる。
陽乃ちゃんはされるがままであった。
「そういえば、陽乃ちゃんは何で俺のことを守ろうとするの?」
焦点が俺の方へ向き、少しだけ顔を赤らめて逸らされる。
「……子供の頃の約束」
「子供の頃……?」
「なんだ、拓坊覚えてないのか。母の実家で10年前に会ったときに約束してたじゃないか。えー確か…拓坊が陽乃が鍛えていると知って嬉々として挑んだが秒で返り討ちにあったときだったな」
暁さんが補足してくれる。まぁ、昔のことが関係しているとは思ったが、まさか10年前とは…。俺6歳じゃん。そして5歳の女の子に負けたのか俺……。いや、今も負けているけども。
「……拓兄に守ってほしいって言われた」
「俺から?」
「……うん、自分は弱いから、強い人に守ってほしいって」
なるほど……確かにクソ雑魚不木崎くんなら言ってもおかしくない。
それを今までずっと覚えていて、しかも夢にまでなっているのだから不木崎くんは罪作りな男である。
これでなぜあのとき泣き出したかもわかった。俺がこの約束を忘れてしまったと理解したのと、自分が守れなかったことに対してだったのか。
「……私は一生守ってあげるって言った」
陽乃ちゃんの顔が少し赤くなる。口元をキュッと結び、恥ずかしそうに視線を動かす。この子は普段の表情が乏しいだけで、感情表現は結構豊かなんだよね。
「ありがとう」
「……あっ」
優しくもう一度頭を撫でると、またもプルプル震えた。
ちびちびとジュースを飲むと、母さんが眉毛を八の字にさせて俺を見つめてくる。
「拓人はもう少し自重した方がいいと思うの」
「母さんまで!どうしろって言うのさ!」
「それは……ちょっと男の子らしくしてみる……とか?」
「男の子らしく……?」
なるほど、確かに俺は貞操観念が逆転した世界からきてるわけだから、俺の行動はこの世界で言う女の子らしいということになる。これをこの世界基準にすることが、母さんの言う自重…ということだろう。
ただ、この世界の男の子のサンプルがあまりに少なく、再現が難しい。
冬凪先輩も最近だとちょっぴり丸くなったし、小説に出てくる男の子はたいていエッチな目に合うだけのか弱い存在だし…。
生意気そうな感じを出せばいいのだろうか……?
そう言えば春が前言っていた気がする。男の子はすっごく生意気で、不機嫌だと。
……なるほどな。
試しに陽乃ちゃんの方を向き直る。要するにメスガキムーブをすればいいのだ。
「陽乃ちゃん……今日いっぱい泣いちゃって、鼻水もいっぱい出て、本当に陽乃ちゃんは雑魚いね?」
「……ああっ!」
「お兄ちゃんに弱そうだの雑魚そうだの言う割に、今日は陽乃ちゃんがそうだったよねぇ?でもちゃんと謝れて偉かったね?恥ずかしいの我慢してちゃんと謝れたね?偉いねぇ?」
「……ああああああっ!」
「ちょっと待て!人の娘に何してくれてんだ!」
勢いよく暁さんが陽乃ちゃんの頭を抱き寄せる。
陽乃ちゃんはちょっぴり痙攣していた。
「え……だって今男の子らしくしろって言ったから」
「言ってたな!確かに男は大体そんな感じだが、そんな落差のある言動はせん!それに今の陽乃にそれは猛毒だ!戻れなくなるだろう!……全く、タイミングに悪意がありすぎるぞ……」
ダメらしい。
陽乃ちゃんは無表情だが顔を真っ赤にさせながら暁さんの腕に抱かれている。少し目も潤んでいる気がする。
母さんはそんな二人を憐れそうな目で見つめていた。
「……10年も会っていないとこうも変わるのか。私も数多の男を警護してきたが、こんな男初めて見た」
「俺だってそんな筋肉質の女性初めて見ましたよ。上腕二頭筋とかヤバいっすね!」
「お……なんだ。わかる口か。まぁ、魅せる筋肉ではないが、わかる人には気付かれるものだな。……ちょっと触ってみるか?」
「ね、姉さん!飲み込まれてる!拓人のペースになってる!」
「はっ!……恐ろしい男だ……!」
俺を化け物扱いするのは止めて欲しい。こう見えて傷つきやすいのだ。
というよりも、思ったことを口にするのがこの世界ではマズイらしい。ペースに巻き込もうとか別に思ってないんだが。
しかしなぜか体の調子がいい。いつもよりテンションが上がっていく。
「それで、母さんの昔の話教えてくださいよ!」
「む?確かに場も温まってきたしちょうどいいか」
「良くない!ちょうどいいタイミングなんかない!」
暁さんがビールをあおる。
母さんも抗議を繰り返しているが、無駄な抵抗だと気づかないのだろうか…?
「霞はな、地元では女氷と呼ばれるほど物静かで恐ろしい女だった。正直、私でも全く歯が立たない程強く、男たちからはその恵まれた容姿とクールな性格でモテモテだったんだ」
「やば!母さん今と全然違うじゃん!女氷って何かカッコいい!」
「ヤメテ……ヤメテ……」
抜け殻のようになった母さんが口から何か白い靄を出しながら呟いている。
「そんな時だ、突然朝起きて病院に行くと騒ぎ立てた。母と私は何事かと思ったが、聞くと子を孕みに行くというではないか。たちの悪い冗談かと思って一笑していたが、本当にそのまま病院に行ったみたいでな。母は腰を抜かしておったな」
「本当に突然だったんだ…」
「ああ。そこからは周りの意見を全てはねのけて今に至る。少し前は気を病んでいると聞いていたが、こうして元気そうでよかった」
暁さんが優しい眼差しで、真っ白に燃え尽きた母さんを見る。
もう言葉も発さなくなってしまった。
「一応地元でな、こういう伝説がある。不木崎霞に告白してOKをもらうなら武力で圧倒せよと」
「すご……世紀末みたいな告白の仕方じゃん……!」
ただ、それくらい母さんはモテモテでしかも強かったということなのだ。
息子として鼻が高い。
俺は母さんの手を握る。少し頭がくらくらする。いつもとは違う感覚。
母さんは一瞬で再起動して、顔を真っ赤にさせた。
「じゃ、腕相撲しよう!」
「た、拓人!」
慌てる母さんを見て笑いながら少し力を込める。
ふにゃふにゃな母さんの手はいとも簡単に倒れた。
「はい!俺の勝ち!これでかあさんに告白できるんでひょ……ヒック」
勝どきを上げる。暁さんは慄いていて、母さんは俺の腕を揺すっていた。
「……こいつ本当に化け物だ」
「た、たたたたくと!お母さんに告白ってにゃに言ってるの!」
俺の視界も少しぐらつく。おかしい。なんだか体が上手く起こせない。
「ちょっと!拓人……どうしたのっ……てこれアルコールじゃない!」
「あ、すまん。普通にジュースと思って買ってきた」
「何してるの姉さん!拓人!大丈夫?」
だいじょうぶ……だいじょうぶだって……。
そのまま視界が暗転していく。
俺の体はお酒に弱いらしい。




