第61話:不木崎家謝罪会見・
家に帰り着くと、そこは修羅場だった。
リビングには母さんと知らない女性と陽乃ちゃんが座っている。
陽乃ちゃんに関しては目元を真っ赤にさせて泣いており、隣にいる女性は烈火のごとく怒っている。
その女性は顔つきが母さんに少し似ているが身長が俺と同じくらいには高く、ぴっちりしたシャツから、筋肉質なことが伺える。
「……た、ただいまぁ」
思わず小声で挨拶する。
緊迫感が心臓を締め上げんばかりに迫ってくる。
一体何が起きたというのか…。というか、なぜ陽乃ちゃんがここにいるのか…。
「あ、拓人おかえり。帰って早々悪いんだけど、隣に座ってくれる?」
母さんが振り返って笑顔を向けてくれる。少しばかり和んだが、正面を向いた母さんの顔は非常に疲れ切っていた。こんな表情見たことない。
「……う、うん」
滅茶苦茶空気に吞まれてしまっている。
いくら転生したからと言って心が強くなったわけじゃない。前世のまま雑魚いのだ。
それに、俺の顔を見るなり陽乃ちゃんが更に泣き出すからいよいよ内臓が浮いた心地になる。
俺が座ったのを見計らって、長身の女性が勢いよく頭を下げた。
「拓坊。今回は本当に申し訳ないことをした!この通り!どうか許してくれないだろうか!」
全力で下げたせいでダイニングテーブルと頭が激突してすごい音が鳴る。
母さんはため息を吐きながらテーブルを心配そうに見ている。
「陽乃!お前も謝らんか!たわけ!」
そう言って、長身の女性が陽乃ちゃんの頭をひっぱたく。
ゴンっと鈍い音がして、その勢いで陽乃ちゃんの頭もテーブルに激突した。
「ちょ、何やってんの!」
俺が思わず立ち上がるも、母さんに静止される。
いつもの柔らかい雰囲気は一切なく、怒りを抑えている様子で長身の女性を見ていた。
「ご、ごめん……なさい……」
震えた声で陽乃ちゃんが謝ってくる。
その光景に段々といら立ってきた。なんだこの茶番は。
誰が陽乃ちゃんに謝って欲しいなど言ったんだ。というか陽乃ちゃんが一体何をしたって言うんだ。
一緒に2日間を過ごして、時に暴力、再三の暴力、最後にはチューされたくらいで…………。
あ、これだ。
チューの出来事だ。おそらくばあちゃん当たりが母さんにチクったのだろう。
まぁ、流石に男の子相手にあんな強気な行動、この世界ではあり得ない。普通に犯罪。下手したら終身刑である。
だとしたら、この長身の女性はおそらく陽乃ちゃんのお母さん……?
デカい。身長だけでなく、胸もデカい。母さんとは真逆である。
にしても、本人を置いてきぼりにした謝罪など誠意の欠片もない。
「あの、まず状況を説明してもらえますか?ただ謝られるだけだと気分が悪いです」
「そ、その通りだな拓坊。すまなかった。事の流れを今から説明する。霞、私から話してもいいかな?」
「………」
母さんは一言も喋らず、女性を見向きもしない。どうやら先ほど陽乃ちゃんをぶったことを怒っているらしい。
長身の女性は少し寂しそうな顔をした後、わざとらしく咳払いをした。
「先週の金曜日、母の実家にて寝食を共にしたと聞いていたが、どうやら帰り際にこの阿呆が拓坊にキスをしたと母から聞いてな。それに加えてタクシー内で気絶したとも聞いた。すぐにタクシー会社から母に連絡が入ったが、前からある症状だととりあえずはそのまま帰宅させた。母との連絡が繋がらなかったら病院に搬送されたかもしれないところだったのだ」
……ああ、結構一大事だったらしい。
あの時は普通に1時間後くらいに目が覚めてタクシーのお姉さんと談笑するくらいに回復していたが、一歩も違えれば緊急搬送だったとは…。
「それでお二人は謝りに来たと、貴女は陽乃ちゃんの母親ですか?」
「い、いかにもだ。身辺警護人をしている不木崎暁と言う。一応10年前に会ってはいるのだが……まぁ忘れられても仕方ないな」
そう言って苦笑する暁さん。
ということは、この人が母さんのお姉さんということになる。
なるほど、陽乃ちゃんが身辺警護人を目指すのはこの人の影響もあるのだろう。
「私と同じ身辺警護人を志す女として、あってはならない行為。そんな賊から身命を賭して守るのが我々の仕事のはずなのだが……教育を間違えたらしい」
低い声で陽乃ちゃんを睨みつける暁さん。
陽乃ちゃんはその威圧感に耐えきれないのか、肩を震わせていた。
道理はわかった。
暁さんが怒っている理由も筋が通っている。
ただ…。
「その、《《頬っぺたにキスするだけ》》のことで、何で陽乃ちゃんがこんなにも泣かされてるんですか?しかも暴力まで振るわれて」
俺の返答に母さんが俺の手を優しく包んでくれる。何故か自分が無理やり勇気を振り絞っていることがバレてしまっている気がして恥ずかしい。
「確かに、一大事だったのかもしれません。それでも、こうして陽乃ちゃんを叩くのは許せません。もしもぶつなら俺がするべきでしょう?」
「なっ!」
驚いた様子で暁さんがよろめく。
陽乃ちゃんは金色の目を見開かせて涙を流していた。
「それだけのことをした、というのは俺もわかってます。それなのにも関わらず俺が母さんにも言わずにいたのは何故だかわかりますか?」
「……いや、わからない」
「気にしてないからです!」
至極単純な話。
こういったのは当人同士の問題だ。
「婚姻前の男子が一方的にキスをされて気にしないだと…?」
「はい。陽乃ちゃんは俺にとって可愛い妹みたいなものです。そんな子からチューされたくらいで騒ぎ立てる方がおかしいと思います」
俺の言葉に母さんはギュッと俺の手を握り、静かに立ち上がった。
「姉さん、だから言ってるでしょう。拓人は気にしてないって。昔からそうだけど、貴女は頑固で視野が狭いの」
「独断で子を産むと言って実行した霞に言われたくない」
「……今はその話関係ないもん」
カッコよく決めるつもりだったのだろうが、母さんはすぐにカウンターを喰らい席に着く。そんな母さんも可愛いよ……!
「それに、拓人の言う通り、教育方針なのか知らないけど、わが子に暴力を振るうのは私も許せない。まだ中学生だよ、この子」
「中学生だからなんだ。悪いことをしたら叱る。他人に迷惑を掛けたら叱る。それが親の務めだ」
「あの、今から屁理屈こねてもいいですか?」
平行線になりそうだったので、すぐに手を上げて俺は止める。
暁さんは怪訝そうな表情をして、眉を寄せた。
「屁理屈…とは?」
「暁さんの理屈で言うなら、悪いこと、と言うのは被害者の目線ですよね?迷惑の概念もそうです。迷惑と思っている人がいて初めて成立します。つまり、俺が気にしていないと言ってるのであれば、悪いことをした人も迷惑をかけた人も存在しないことになります。……そうですね、強いて言えばこの場で今一番人に迷惑をかけてるのは暁さんですね」
「私が……人様に迷惑をかけてるだと?」
「はい、人の家のテーブル破壊するくらいの勢いで頭を下げてくるし、陽乃ちゃんの頭を叩いて俺の気分をすっごく悪くさせてるし」
この人顔すっごい怖い。母さんに似てるくせにずっと怒った顔をしているから身長もあいまって迫力がある。
「姉さん、私も最初に話を聞いた時は正直心配した。でも、家に帰って拓人と話をしてみたらその心配も消えたの。ああ、この子は成長してるんだって思ったの。だから陽乃ちゃんのことに関しては私も言及しなかった」
……なるほど、だから母さんは急いで家に帰ってきて、城がいたことに対して号泣したのか。
「そうか……」
暁さんは項垂れる。落ち込んでいるようにも見える。
「陽乃、すまなかった。考えが浅かったのは私だったらしい」
「ち、ちがう!私は悪いことをしたの。お母さんが謝ることじゃない!勝手にキスしたのは私。気絶するなんて思わなくて、しちゃったの!」
陽乃ちゃんは必死に暁さんの頭を上げさせて、もう一度俺の方を向き直る。
「……拓兄本当にごめんなさい。一人の女としても、身辺警護人を目指す者としてもやったらいけないことだった」
「うん、全然いいよ。謝れて偉いね。ただ……、今度からはお兄ちゃんに前もって言ってからするんだぞ?」
「……あ、……ああっ」
俺が身を乗り出して頭を撫でると、陽乃ちゃんがプルプルと震える。
「た、拓人!そういうところ!そういうところが相手に誤解を招くの!そこは拓人の悪いところ!」
「……え?母さんもしたいの?」
「ちちちちちがっ!違いますぅ!いや、したくないとかじゃなくて……ま、またからかってる顔してる……!ね、姉さんもその顔止めて!」
ギャーギャー言いだした母さんを見て、暁さんは惚けた表情をする。
「誰だ……こいつは……」
珍獣でも見るかのような目で母さんを見る。
「誰って妹なんでしょ?母さんは」
「……いや、そうなんだが、印象が大分変ったというか……前はもっと研ぎ澄まされた空気だったんだが、今は赤子のような雰囲気に……」
「ね、姉さん!」
「よし、じゃあ今日は母さんの昔話を肴に晩御飯としゃれこもう!」
「おお!拓坊もイケる口なのか!」
そう言って暁さんは手をクイッと動かす。
「拓人は未成年ですぅうううう!!!!あと、昔話する前に早く帰ってぇええ!」
母さんの悲痛の叫びがリビングに木霊した。




