第58話:ウサギは年中発情期・
「な、なんでここにタクトくんが……」
慄いている冬凪先輩を見ながら、俺は脳みそを高速回転させていた。
マズイ。非常にマズイ。
春にバニー服着せてオカズにするためですって答えるわけにはいかない。
そんな破廉恥なことをしていたら今度こそ俺は男性陣からはぶかれてしまう。それだけは避けなければならない…!
そ、そうだ!
俺のコスプレを買いに来たという体にしよう。
冬凪先輩もコスプレみたいなの好きそうだから、意外と反応がいいかもしれない。
春は……雑居ビルが怖かったらから付いてきてもらったってことにしよう。
完璧である。我ながらこんなに瞬時に回答が出てくるとは恐ろしい。
「あ、えっと……」
「ふっきーが私のバニー姿見たいって言うから買いに来たんです」
「春ちゃん!?」
こいつ全部喋りやがった…!
俺の完璧なプランが一瞬で瓦解する。
城の答えを聞いて、冬凪先輩は更に目を丸くさせて驚いた顔をしていた。
「ほ、本当なの……?」
「……マジです」
「は、破廉恥だよ……!」
はい、頂きました。やっぱり破廉恥って言われました。
いや、ね?わかってるよ。自分自身が破廉恥だってことは。春のこと散々茶化しているけど、俺もたいがい破廉恥ってことはわかりきっている。
「それで、冬凪先輩。この店で一番際どいバニー服ってどれですか?」
「どうした春!ぐいぐい行くじゃん!?」
店内に入り服を物色し始める城。
冬凪先輩はおろおろとメイド服の裾を握っていた。
「というか、先輩は何でここにいるんですか?」
「……え?ああ。ここボクの実家なんだ。だからたまにこうやってお手伝いしてるんだよ」
「ああ、通りで私服が可愛らしいんですね…」
「か、可愛いだなんて……もう……!」
全力で照れている。あれ、この先輩チョロいのでは…?
意外とこのまま乗り切れそうである。
「先輩!早く際どいバニー服の場所教えてください!」
「ちょっと待ってね春ちゃん?今すっごくいいところだから!」
「……今日は私とのお出かけなのに」
呟いて、城は店内の奥へと入っていく。
「ぐ、城さんとは本当に仲が良いんだね」
「そう…ですね。他に知り合いの女子がいないってのもありますけど」
「つ、付き合ってるの?」
お、これは俗に言うボーイズトークという奴だろうか。
ただ見た目メイド服着た美少女だから、どちらかというと異性への恋愛相談に見えなくもない。
「付き合ってはいませんよ」
「そ、そっか……バニー服は好きなの?」
「…………はい」
「……そ、そうなんだ。じゃあ、城さんに場所教えてくるね」
それだけ言うと冬凪先輩も店内の奥へ入っていく。
少し手持ち無沙汰になり、店内を物色する。
メイド服やらナース服やら、メジャーなコスプレから軍服や全身タイツみたいな戦闘服などウェットに富んだ品ぞろえだ。
その中には冬凪先輩の私服もちらほらある。
ここが実家なら確かにあの私服になるのも頷ける。
にしても、城はずっと嫉妬してばかりだ。
いつも以上に余裕がない。
――俺が従妹にキスをされた話をしたときからずっと。
本人の前では言えないが、別に《《そんな心配しなくてもいいのに》》。
しばらくすると、城の呼び声が聞こえてくる。
ちょっとてんぱっている声だった。
「どうした春………」
「……これ、上げて」
バニー姿の城がいた。
黒色のバニー服に身を包んだその姿はエッチの権化だった。
胸元は巨大な山脈のように盛り上がっている。さらに首元には絶対服として機能していないであろう襟が付いており、緑色のリボンがアクセントになっている。
もこもこの尻尾がついた白いお尻は恥ずかしげもなく素肌が晒されており、股下の布地は最低限の仕事しかしていない。
そんなエッチの権化がこちらに背を向けて、全開に開けられた真っ白な背中を見せつけてくる。
よく見るとファスナーが閉じていなく、一人で着れなかったことが数秒してようやくわかった。
「上げてよ……背中届かなくて」
恥ずかしそうに言う城に、股間が反応してしまう。
マズイ。こんなところで反応してしまったら冬凪先輩にも言い訳ができない。
ゴクリと唾を飲み込んで、慎重にファスナーを掴む。
ゆっくりと上げていって、全てが閉まると、少し窮屈なのか、んっ!と甘い声を漏らした。
「……閉じたぞ」
「ありがと」
そう言って、城は正面を向く。
体の防衛反応が働き、俺は咄嗟に目をそらした。
「……で、感想は?」
「えっと……すっごく良いです」
「ちゃんとこっち見て」
見れるわけがない。誰だバニー服着せたいとか言った馬鹿は。
こんなヤバい代物に仕上がることをどうして予想できなかったのか…。
「ふっきーこっち見て」
再度言われて、俺もようやく顔を上げる。
目の前には顔を赤くした城がいた。
「……耳もつけて」
そう言って城はバニーの耳がついているカチューシャを手渡してくる。
自分でつけられるだろっ!と言いそうになったが、再度城の表情を見て思わず黙ってしまった。
なんつー顔してんだこいつ。
羞恥と情欲が入り混じったかのような、ドロドロに溶けた顔をしている。
手に取り、城の前に立つ。
その瞬間少し後悔した。こいつのおっぱいがデカいせいで、気を付けないと当たってしまう。
これまた慎重に頭にカチューシャを乗せる。
ふわふわの髪の毛にするっと滑り込んでいき、いい感じに収まる。
少し離れると、完璧なバニーがそこにはいた。
「……どう?」
そう言って城は恥ずかしそうにウサギのポーズをとる。ぎこちなく手を頭に当てている姿は表情も相まって高校生が出していい空気感ではない。
「完璧。想像以上だよ。……股間に悪すぎるから早く着替え直してくれ」
「ふーん……ホントふっきーってエッチだよね」
俺が顔に熱を感じながら言うと、城はようやく仏頂面から柔らかい表情へ戻る。
「お前と比べたら全然可愛いもんだけど?」
「エッチって認めたらいつでも着てあげるけど?」
「僕はすごくエッチです」
「そこは素直なんだぁ」
この衣装をいつでも着てくれるのなら、自分がエッチかどうかなど些細な事だ。
城はニヤニヤと口元に手を押さえているが本当に早く着替えて欲しい。
「今撮らなくていいのー?」
「無理無理。ここで撮影会とかしたら俺かなり変質者じゃん」
「あ、それはそっか」
納得したのか、城は試着室へ戻っていく。
俺も戻ろうと踵を返すと、冬凪先輩が部屋の隅で頭を抱えていた。
「冬凪先輩?どうしたん……本当にどうしたんですか?」
冬凪先輩の目の前には、白のバニースーツが置かれていた。
バニースーツを前にして頭を抱えている姿は少し怖い。
「はえっ!違うよタクトくん!こ、これは城さんにおすすめしようかなって!決してボクが着ようと思って用意したわけじゃないんだよ!」
「いや、絶対着ようとしてますよね?自分の体に当ててましたよね?」
「ち、違うも~ん!!」
胸にバニースーツを抱えて冬凪先輩は店の奥へ消えていく。
ふむ。まあ、正直言ったら見てみたいよね。先輩のバニー姿。
「ご、5万円……!?」
衝撃の会計結果に俺は驚愕した。
バニースーツフルセット一着の値段である。それ以外には特に何も購入していない。確かに目を見張るクオリティではあったが、そんなに高いとは…!
「ふ、ふっきー。ごめんね。値札見ずに選んじゃった…」
「い、いやいや春。気にするな!男に二言はない!」
「それを言うなら女に二言はない……じゃない?」
財布から5万円を取り出す。
一応10万円持っていたが半分消し飛んでしまった。
ちなみにこれは不木崎くんが引きこもりになった際にため込んでいたお小遣いである。
まさか、転生前の不木崎くんもバニースーツに使われるとは思わなかっただろう。
会計をした後に、メイド服姿の冬凪先輩が城の前に立つ。
もじもじと前掛けを持って、安定の美少女ムーブをかましている。
「……あの……城さん」
「どうしました?」
「えっと…この間いじめにあってたって聞いたんだけど、実はあれ元々はボクの指示で行き違いになって起こっちゃったんだ……。ずっと謝りたくて……ごめんなさい」
「いじめ……?」
城は思案顔で頭を傾げる。
……こいつ自分が虐められてたこと忘れてない?
「あ!あー!ありました!いえいえ、別にもうなくなったんで大丈夫ですよ」
「そう言ってくれてすごく嬉しいよ……」
「ふっきーが皆の前で虐めてるやつ誰だ!って怒ってくれたし」
「……え?」
冬凪先輩が驚愕の表情で俺の方を見てくる。
そんな顔されても…。いや、この世界で男子が女子のために怒るとかないみたいだから、やはり珍しいらしい。
「……まぁ、いじめは良くないですし」
「ふっきーは私が虐められてるのに怒ったんだよねぇ?」
「調子に乗るなエロガキが……!」
「ふっへー!」
ムカつく顔をしながら城はドヤる。
「そ、そうなんだ……いいなぁ。白馬のお姫様みたいだ。ぼ、ボクが虐められてても助けてくれる…?」
「え?もちろんじゃないですか。すぐ言ってくださいよ。あんま役に立たないかもですけど…」
「そんなことない!……あ、ごめん。そうだね。もし大変なことに巻き込まれたらタクトくんを頼ろうかな……えへへ」
そう言って冬凪先輩は照れた表情で髪の毛をくるくるさせる。
……ちんこついてるんだよなぁ。これで。
「ふっきー!帰るよ!ほら、先輩の仕事の邪魔になってるし!早く!」
「……表情がコロコロ変わるヤツだ。それじゃ、冬凪先輩。また学校で」
「うん!来てくれてありがとうね!」
先に行った城を追いかける。
エレベーター前で腕を組み仁王立ちして待っていた。
「遅い!」
「はいはい。すぐ嫉妬しないの」
「し、嫉妬じゃねーし!」
鼻をぴくぴくさせながら宣うその姿に説得力など皆無だが、こういうイキった感じはすごく可愛らしい。
城の腕を無理やりほどいて、手を絡める。
「ひゃ……ふ、ふっきー?」
ギュッと握り、ニヤッと城に笑いかける。
「してたよね?嫉妬」
そう言うと、城の手に徐々に力が籠められていき、顔はどんどん赤くなっていった。
「ちょ、ちょっぴり…してたかも………しれないです」
「はい、素直でよろしい。じゃ、行くか」
「うん」
おとなしくなった城を連れてエレベーターに乗る。
心なしか、いつもより頭痛は控えめな気がした。




