第56話:上書き
side.城春
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私は心臓が今にも爆発するんじゃないかと心配しながら、シャワーを浴びていた。
……裸、みちゃった。
思い出した瞬間、腰から力が抜ける。
立っていられないほど体が興奮してしまう。
…あれだけ霞さんと話して、エッチな目ではあまり見ないようにしようと思った矢先だ。私は本当に度し難い。
今だってそうだ。
不木崎の入った後だから当然なのだが、お風呂場全体が温かく、すごくいい匂いがする。学校の時にフワッと香る不木崎の匂いがこの密室に立ち込めている。
この家に入った瞬間からそうだが、頭がおかしくなりそうだ。
全てに不木崎の香りや幻影があって、思わず結婚したっけ?と脳がバグり勘違いを起こす。
一度、深呼吸をして心を落ち着かせる。
不木崎の匂いが肺に充満したから、結果逆効果だった。
シャンプーは2種類あり、1種類は家で使っているやつと同じものだった。
トリートメントとセットで購入している。
霞さんもこれがお気に入りらしい。なんだか嬉しい。
頭を洗い、トリートメントを付けた後、ボディーソープを手に取る。男の子用の滅茶苦茶高いやつだった。それ一つしかなかったため、霞さんもこのボディーソープを使っているのだろう。
ふっきーのいい匂いの正体はこれか…。
少し手に取り、体を洗っていく。
手から胸、体と洗っていく度に不木崎の匂いが染みついてくる。泡立つ度に妙な気になっていく。
まるで不木崎に抱きしめらているかのような感覚に陥ってしまう。
これ、ダメなやつだ。
人の家だというのに、私は今にも致してしまいそうになる。
下半身に手が到達したとき、体がビクッと反応する。
「ダメなのにぃ」
情けない声が出る。
しかし、この後は霞さんが入るのだ。こんなところでやってしまっては本当に信頼を失ってしまう。
全く!あのヤリチン野郎は近くにいなくてもこうして私を惑わせてくる…!
気持ちを落ち着かせて、何とか体を洗い、風呂場を出る。
霞さんから借りた服と新品の下着を着る。
コンビニに買いに行くと言ったのだが、聞いてもらえなかった。
パンツは普通に履けたがブラの方は……サイズが全く合わずに断念した。
まぁ、借りた服も緩い感じのTシャツだし、つけなくても別に問題ないだろう。
髪を乾かしているとガチャっとドアの開く音が聞こえた。
ふっきーが帰ってきたらしい。
扉を開けて、不木崎に声をかける。
「おかえり、ふっきー」
そう言うと、不木崎は一瞬固まった。
…あれ、私今ちゃんと服着てるよね?チェックしてみるがやはり着ている。
別に変なところもないと思うんだけど……。
「……た、ただいま」
緊張したように言って不木崎は私の横を通り過ぎている。
何だろうか、と背中を見ていると、耳が赤いことに気づく。
「ふっきー……なんか照れてない?」
「て、照れてねえし!」
慌てたように不木崎はこちらを振り返る。その顔にははっきりと照れの表情があった。
「いや、だって耳赤いし」
「風呂上りで赤くなってんだよ」
「ふーん」
「……何笑ってんの?」
「別に~」
笑顔で扉を閉めてドライヤーをつける。
鏡には真っ赤な顔になった私の顔が映っていた。
……なんだ、私にもちゃんと意識してんじゃん。
リビングに出て、霞さんとお風呂を入れ替わる。
家事は全て終わらせているらしく、後はのんびりして寝るだけとなった。
リビングには不木崎がいて、アイスクリームとスプーンを机に置いている。
「ありがとふっきー」
席に座りながらお礼を言う。
不木崎はまだ照れているらしく、私の方を見ずに返事をする。
ふふふ、さっきの仕返しはここでするのがよさそうだ…!
「さっきからどうしたの~なんか緊張してる?」
「してないって!」
「わー…むきになって可愛いんだぁ」
「ぐぬっ」
悔しそうな不木崎を見てほくそ笑む。
意地悪な顔も大好きだが、こうして照れている顔もレアでたまらない。
悔しそうに顔を赤くさせているのは私だけが知っている不木崎の表情だ。
……にしても、やはり何で照れているのかは未だ謎だ。
別におっぱいも透けてないし……。
「それ」
不木崎は恥ずかしそうに私のシャツを指さす。
私は余裕そうな顔をしながらスプーンを取ってアイスを空ける。
「これがどうしたの?」
「俺のシャツ」
スプーンを落とす。
「どう考えてもサイズおかしいだろ」
「……あ、えっと」
言葉が出ない。
私がマウントを取っていたと思ったら、ずっと不木崎の掌の上だった。
私は不木崎のシャツを着ながらドヤ顔をしていたことになる。
「か、霞さんが…」
「わかってるって。ただ、女の子が自分のシャツ着てるとちょっと恥ずかしい」
「……私も今すごく恥ずかしくなった」
「だろ?この件はからかうのなしな」
「……うん」
これ、持って帰っちゃダメかな…?
不木崎はバニラ味を買ったらしく、おいしそうに食べている。
口の端に少し白いアイスがついているのが、少しムラムラさせる。
今日の不木崎はいつもより緩い…と言うかエロい…。これが男の子の日なのか…?
「そう言えば、春は明日ヒマ?」
「うん。暇かな?明日は予定入ってないし」
「おお、良かった。じゃ、一緒に精役の提出に病院に付いてきてくれない?一人で行くと変な奴に絡まれたりするかもしれないし」
「……え?」
こいつは何を言ってるんだ?
それってもう実質結婚してるのと同じだよね?
……もしかして、その従妹と言ってる人にも似たような天然ドスケベムーブをかましてるんじゃないの…?
「……別にいいけど」
行きたいに決まってんじゃん!ふざけんなよドスケベ!
しかし、ここで乗り気な感じを出したらちょろい奴と思われてしまうため、控えめに返事をする。
すると不木崎は顔をニヤっとさせて、
「ああ、良かった。そしたらついでに、《《罰ゲーム》》やっちゃおっか」
「……罰ゲームってなんだっけ?」
「バニー服」
「…あ」
すっごい主導権を握っている顔をしているが、私が激しく発情して今にも襲い掛かろうとしていることにこの男は気づいているのだろうか?
「……罰ゲームだし、まぁ…」
「心配すんなって!際どいのは選ばないし、明日は飯も奢るから!」
いや、滅茶苦茶際どいのでも別に構わない。
ただし、不木崎の目の前で着替えてやるが。
私はニヤけまいと眉間に皺を寄せていると、勘違いしたのか不木崎が少し慌てる。
「あれ……なんか嫌そう…?ほ、ほら!俺のアイスあげるから機嫌直せって!」
そう言って不木崎はバニラアイスをすくって、スプーンを私に向けてくる。
私は一瞬躊躇い、結局欲望が勝ってそのスプーンを咥えた。
ほんのり甘い上品な味。さっきまで不木崎が使っていたスプーン。
今日のこいつが隙がありすぎるのか、それとも2日間会えなかったから私が些細な事に興奮してしまっているのか。
答えは絶対に前者だ。
ふっきー……あんまり緩い感じだと私マジで襲うよ?
やはり出す日の男の子は、女の子に猛毒だ。
……だから、このくらいのおねだり、許してくれないかな。
「……キス」
「あー……それで機嫌良くないの。まぁ、ポロっと言っちゃったの俺だしなぁ」
不木崎はバツが悪そうな顔で頭をかく。
この話を聞いてから、ずっと頭の中にこびりついていた。
どんな子なんだろうか、不木崎はキスをされて満更でもなかったのだろうか。どんな感触だったのだろうか。
「……したいの?キス」
「っ!」
一瞬で体が火照る。
不木崎のピンク色の唇を凝視してしまう。もちろん、頬にキスするってことなんだろうけど。
「……したい」
顔を伏せて答える。
今の発情したメスの顔を不木崎に見せたくない。
――ただ、それだけじゃない。
これは醜い嫉妬だ。
私は従妹に嫉妬している。
不木崎は私のものでもなんでもないのに、独占欲が心を埋め尽くして仕方ない。
怒りもある。
そんな隙だらけだからキスなんかされてしまうのだ。
優しいのは不木崎の美徳だが、私だけに向けて欲しい。
私以外の女の子にそれを向けて欲しくない。
「……頬ならいいよ」
ぶっきらぼうな声に私は思わず頭をあげた。
視界にはそっぽを向いて、照れた顔をしている不木崎がいる。
持ち直したスプーンを持つ手に思わず力が入った。
嬉しい、では表現できないくらいの高揚感が私を包む。
私にキスされるのを嫌がられないくらいには、私のことを好きでいてくれているんだ、と温かい気持ちでいっぱいになる。
「……する」
恥ずかしくて言葉がうまく出ない。
「これ食べて歯磨きした後な。キスされたら絶対気絶するからベッドでやってくれ」
「……うん」
そこから一言も発さずにアイスを食べた。
今の私には喋る余裕なんて全くない。
チラリ、と不木崎の顔を盗み見ると、真顔でアイスを食べていた。
そこにはいつもの余裕そうな表情はない。
ふっきーも緊張してるの?
アイスを食べ終え、不木崎と一緒に歯磨きをする。
霞さんはまだお風呂に入ってくれているため、それだけが救いだ。
鏡越しで不木崎を見ると、目が合う。
「あにみへんだよ」
シャコシャコしながら不木崎が怪訝そうに尋ねてくる。
そんなこと言わないで欲しい。見たいに決まってる。今日の不木崎は全てが初体験なんだから。
「うるへー」
そう言って、不木崎をまたも見続ける。
諦めたのか、それ以上は何も言ってこなかった。
今からこの頬にキスをするのだ。
どんな感触なんだろう。どんな気持ちになるんだろう。不木崎はどんな表情をするんだろう。
歯磨きが終わり、二人で不木崎の部屋に入る。
物はあまりないが、本棚があり、そこにはたくさんの本が並べてあった。
私の部屋と似ていて少し嬉しくなってしまう。
ベッドに横になった不木崎は、両手を広げて大の字になった。
「ほら!好きにしろ!ただ、春だから信用してやってるんだからな!」
私だから、という言葉に思わず疼く。
今からキスをするというのにその言葉は逆効果だって、この人は気づかないのだろうか。
……まあ、その信用には答えるつもりではある。
心臓が爆発しそうなのを堪えながら 私もベッドに膝を入れる。
スプリングが反発して、私の太ももに不木崎の足が滑りこんできて少しくっつく。
ほんのり熱を持った不木崎の足と、私の足が素肌で擦りあう。
その瞬間、ビクッと体が震えた。
そんな私の姿を不木崎は心配そうな表情で見ている。
「……えっと、大丈夫?」
「だ、大丈夫。頬っぺたにチューとか別に大したことするわけじゃないし」
「……その割には大分顔赤いけど」
「……見んな」
不木崎に跨り、マウントポジションをとる。
流石に股間に当たると私もマズイと思い、少し腰を浮かせた。
「息荒くて怖いんだけど」
「さっきからうるさい。それ以上言うと口にする」
「……ズル」
不木崎は青い顔で首を曲げて右頬を差し出してくる。
本人は大分キツそうだ。相当堪えているのだろう。そこまでして私にキスを許してくれたのも今は興奮材料にしかならない。
前かがみになっていき、不木崎の胸と私の胸が当たる。
今日は肌着も着ていなく、Tシャツ一枚のため伝わる体温が前回より桁違いだ。
お互いの早い鼓動が薄い布越しに共有される。
唇を不木崎の頬へ近づける。
私の吐息がくすぐったいのか、不木崎が身をよじる。
柔らかそうな肌。
それが今、プルプルと震えて今にも啄んで欲しそうにしている。
飲み込まれるな、春。
目をつむって覚悟を決める。
唇が無事不木崎の頬に到達して、唇から暖かい体温が伝わる。
鼻からは不木崎の匂いが肺の中いっぱいに入ってきて、目を空けて不木崎の顔を見てみると、白目を剥いていた。
「もう、気絶しちゃったの…」
顔を離して見ると一瞬だったらしい。
やはりキスはまだ早いらしい。
だけど。
「両頬って言ってたよね」
首を動かして左側の頬を向ける。
誰も見ていないのを確認して、私は不木崎の頬に少しだけ舌を這わせる。
特に何の味もしないが、背徳感で背筋がゾクッと震えた。
「んっ!」
下半身に違和感を覚えて、思わず声が出る。
確認してみると、不木崎の股間が肥大していた。
「……さっき出したんじゃないの……ばか」
私じゃなかったから絶対に襲われているシチュエーション。
明日にでも本当に身の振り方を言い聞かせないといけないかもしれない。
何度も深呼吸してから、最後、不木崎の額にキスをした。
「本当は体中にしてやりたいけど、今日は勘弁してあげる」
それだけ言って、部屋を出る。
リビングに戻ると、霞さんはまだお風呂らしい。
洗面所からドライヤーの音が聞こえてくる。
助かった……んだけど、パンツ……どうしよう。




