第55話:ラッキースケベ
母さんと城が皿洗いをしている間自室に戻り、俺は試験管片手に慄いていた。二人が作業している間に終わらした方がいいかと思って手早く済ませたのだが…。
『6ml』
メモリは何度見直してもこの数値を示していた。
……ヤバくない?
3mlでめっちゃ出てるって言っていたのに倍出たんだが…?
これ一発で助成金40万。2発も出したらSコースで月120万……。
え、これ俺病気とかじゃない…?何か出すぎじゃない?
……とりあえず半分にしてBコースで出そうか。
流石に、常人で多いとされる人の倍出たんですが、ボクって化け物ですか…?とか聞けるわけがない。
検査しよっかからの精神崩壊へのスムーズな流れが簡単に予測できる。
試験管の中身を少しずつティッシュに落としていき、中身を調節する。ティッシュはトイレに流せるタイプだ。
メモリが3mlにきたとこで特殊な容器に入れる。
これに入れることで精子の運動量が1週間は持つらしい。この世界ならではのハイテク技術だろう。何せ男の子はいつ勃つかわからないのだ。精子の保存技術は前の世界の比ではないのだろう。
重厚なケースに入れてロックをし、液晶パネルを操作し指紋登録をする。
これで俺と院長先生以外はこのケースを開けられないようになるらしい。
下手したら俺の指ごと強奪されてしまったらどうしようもないが…。
……一応明日は春に一緒に来てもらおう。
残ったティッシュを手に持ち、部屋から出る。
「……何してんの?」
「「……」」
部屋の前でしゃがんでいる城と母さんがいた。
目が合うと、二人とも顔を赤くさせて硬直する。
「……あ!そう言えばお皿まだ洗い終わってなかったね春ちゃん!」
「そ、そうですね!いやーうっかりうっかり。すぐに取り掛かりましょう霞さん!」
「2人ともちょっと待とうか」
回れ右をした2人に声をかける。
2人は壊かけのブリキ人形のように、ぎこちなくこちらへ顔を向ける。
「今、何してたの?」
ニッコリ笑みを浮かべて尋ねる。
「わ、私は止めたんだよっ!」
「春ちゃん!?」
春はすぐに弁解をする。
そんな春を母さんは裏切り者を見るような目で見ていた。
「ち、違うの拓人。初めての精役だからちゃんとできるか心配で、でも私一人で様子を見に行くのはちょっと難しかったから春ちゃんに付いてきてもらっただけなの!本当なの!」
「私は流石にそ、そういうことしてる最中に行くのはどうかって言ったんだけど、霞さんがすっごく心配そうだったから……仕方なく」
どうやら母さんが発端らしい。というか、いつするか言ってなかったのにやってるのはバレバレだったらしい。これが女の嗅覚というやつだろうか。
まぁ、母さんの言う通り、本当に心配になってきたのだろう。春じゃあるまし、母さんがそういうことをする人じゃないのはもう理解している。
「母さん?」
俺が未だにこやかな顔で問いかけると、母さんはプルプル震えて目に涙を溜めだす。
「ご、ごめんなさい。本当に心配だったの…」
「ああ、ごめんごめん。からかいすぎたね。別に全然怒ってないよ――」
俺の言葉に母さんはホッと胸を撫でおろしている。
慌てると顔が真っ赤になるところは本当に可愛らしい。
「――ただ、母さんが必死なところが可愛くて……つい」
「かわっ!」
またも硬直した母さんを、城は驚愕の表情で見る。
「これが……毎日……!?」
いや、毎日こんなにからかっていない……はず?
「で、そこどいてくれる?トイレ行きたいから」
「あ、はい……」
城は放心している母さんを引っ張って場所を空ける。
俺が通り過ぎると、
「ふ、ふっきー!な、なんかすっごいエッチな匂いがする…?」
「ああ、そりゃそうだろ、出したばっかりなんだから。……と言うかこれってエッチな匂いなのか?臭いだけじゃないか」
「ぜ、全然臭くない!スーハ―スーハー……頭くらくらする匂い」
「そんなもんか。てか嗅ぐな」
必死に深呼吸している城をしり目にトイレに行く。
……恥ずかしいから、あまり吸わないで欲しい。
そのままお風呂に入ることにする。
出した後は色々浄化しておきたいのは俺だけだろうか。
にしても、城に泊まるの?と聞いたのは俺だけど、まさか本当に泊まるとは思わなかった。母さんとかなり仲良くなってるみたいだし。俺としては非常に嬉しい。
今までずっと家にいて、俺以外と接している姿を見たことがなかったから、ああいう母さんを見ると安心する。
……変に春に影響されてたが。
風呂を済ませ、パンツとズボンを履き、ドライヤーで髪を乾そうとスイッチを入れた瞬間。
ガラッと扉が開く。
入ってきたのは城で、鏡越しで城の目と合う。
真っ赤な顔であわあわしていたが、目はガン開きだった。
何かもごもご言っているようなので、ドライヤーのスイッチを切る。
「ちがっ……トイレがわかんなくて……」
「トイレは反対側の扉だ」
「あ、あ、うん」
静かに扉が閉まる。風呂上りの俺と対面するのが恥ずかしかったのだろうか。
もう一度鏡に映る自分の体に目を向けると、上半身裸で首からタオルをかけている自分の姿があった。
…ああ、これって前世で言うラッキースケベというやつなのか。
男の裸を見て喜ぶ気持ちは本当にわからん。まぁ、別に見られて減るもんじゃないし構わないが。
服を着てリビングに行くと、お通夜みたいな空気で俯き机を眺めている二人がいた。
「……どうしたの?」
俺が尋ねると母さんと城はビクッとして、こちらを向く。
「ご、ごめんなさい。その、裸見ちゃって……」
「私も迂闊だった…。春ちゃんにちゃんと場所を伝えていればこんなことには」
2人とも明日地球が滅びるかのような表情で謝ってくる。
男の裸を見る、というのはこの世界ではかなり深刻な事態らしい。
「別にいいよ。誰にでもは嫌だけど、春だし」
「んっ!」
「わ、私は!?私は見られたらやっぱり嫌?」
「いや、全然」
「ふぁ……!」
2人とも縮こまって自分の世界へトリップする。
……母さんは一緒に暮らしてるんだからそのくらい慣れて欲しいんだが。
「じゃ、次風呂入ってきたら?俺、ゴミ出し行くついでにアイス買ってくるけど何がいい?」
「あ、えっと……イチゴのやつ」
「はいはい。母さんはいつものやつね。春は?」
「わ、私はチョコのやつならなんでも」
「おっけー」
財布とスマホとゴミ袋を持って、家を出る。
6月の夜は火照った体にちょうどいい。最初の頃は夜に買い物に行くだけで母さんが号泣して止めていたが、最近は許してくれるようになった。
この世界、男に飢えてはいるが、法整備や町の中の監視カメラも大量に設置しているため、防犯意識はかなり高い。男一人の夜歩きもできるほどに。
日本は特に犯罪率が低く、世界中の男が日本への移住を羨望しているほどだ。
もちろん、国から男など出すわけもなく、それも叶わないらしいが。
さて、俺は何味にしようかね。




