第53話:霞ちゃんと春ちゃん
side.城春
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寂しそうな顔で不木崎が自室に向かうのを見届け、私と霞さんはお互い顔を見合わせる。
こうして見ると、不木崎があの容姿に生まれたのもわかる。
背は私とそんなに変わらないけど、クリっとした目元だったり、少し垂れている眉毛も柔らかそうな薄くふっくらした唇もそっくりだ。違うのは身長くらいだな…この親子。
しかし、この見た目で高校生の母親というのだから驚きだ。
私のお母さんも大分若い見た目をしているが、この人はそういう次元じゃない。制服着て学校に通っても誰も気づかないだろう見た目をしている。
そして、あの水国千冬本人である。
まさか、こんな可愛い人だとは思わなかった。不木崎も人が悪い。
絶対、私を驚かそうと今の今まで隠していたのだろう。
出会いの印象は悪かったと思うけど、今後の不木崎との関係性のためにも、水国千冬のファンの一人としても、なんとか挽回したい。
そう思い、チラチラと霞さんの顔を伺っていると、霞さんはクスっと笑った。
「春ちゃんのことは拓人がよく話すから、初めてお話するって感じじゃないみたい」
上品に笑う姿は、幼い見た目に反して妙に色気があった。
「あ、え、えっとそうなんですか?……あはは、アホっぽいだの、変なことするやつだの言われてるかもしれないけど、いい話だと嬉しいです……」
「そんなことない。すごく可愛くて魅力的な子だって聞いてる。実際その通りだったし」
「はぅ………!」
やっぱりふっきーのお母さんだ……!
こういうところはお母さん似なのか…!
「わ、私も霞さんのこと聞きましたよ。好きな人聞いた時に真っ先に霞さんのこと言ってました。本当に大好きなんだなって、ちょっと羨ましく思っちゃいましたもん」
「ふぁ……!」
お互い顔が真っ赤な状態で見合う。
一つ、この場で理解できたのは、私も不木崎のお母さんも不木崎のことが大好きだと言う事だ。
そしてどちらとも、不木崎に意地悪されるとなすすべもなくこねくり回されてしまう。本当に不本意だが、不木崎からされる意地悪は心地よい。
慈しむように、愛情の籠った手でお腹を撫でられている犬のような気持ちになる。
人としての尊厳を保とうと何とか踏ん張ってみるものの、あまりの心地よさにこのまま堕ちて行ってもいいかな、という誘惑が頭をよぎる。
きっと、霞さんも同じように、ドロドロに溶かされてしまっているのだろう。
「……小説での海斗って拓人くんのことだったんですね」
「……う、うん。そう……です」
「霞さんは、生まれてくる前から拓人くんを愛されていたんですね」
「ちょ、ちょっと!!!!!春ちゃん!!!!!」
私の台詞に霞さんは慌てた様子で席を立ち、不木崎の部屋をチラチラ見る。
たぶん聞かれたくないのだろう。でも大丈夫だと思う。
不木崎は、私たちが覗き見して欲しくない、と思っていたら絶対にしてこない人だから。
「あの小説見れば誰でもわかりますよ。多分拓人くんもわかってると思います」
「う、うそ……!」
真っ赤な顔を手で覆い、力が抜けたように椅子に座る霞さん。
あー、この人に勝てる気がしないや。同性の私が見ても可愛らしい。ギュッと抱きしめたくなる。
「……じゃ、じゃあ。重すぎて気持ち悪いって思われてる……かな……?」
どんどん瞳に涙が溜まり、自信なさげな顔になっていく。
そして、やっぱりこの人も不木崎にどっぷりハマった人だ。ちょっとしたことで泣きそうになる。
少しでも嫌われているかもと思うと、胸が張り裂けそうになる。
私も1か月前から今も進行形で体験している。
「そんなことないですよ。そうだったら霞さんのこと好きだなんて言いません。でも、私も気持ちはわかりますよ」
私は霞さんを見据える。
「私も拓人くんのこと愛してますから」
霞さんは私の言葉に特段驚いた様子もなく、不安そうな顔から一転して優しい穏やかな顔になる。
「知ってるよ」
「……私、そんなにわかりやすいですかね」
「お返しするようだけど、多分拓人も気づいていると思う」
「……え?」
霞さんは口元に手を当てて微笑む。
「だって、拓人を見る顔。あんな顔みたら恋を知っている人は気づくよ。拓人の一挙一動を見逃さないぞって目で追ってたでしょ?」
「そそそそんなに見てますか…?」
「ええ」
た、確かに私のことをエッチな目で見ている瞬間は必ずと言っていいほど瞬時にわかった。今まで無意識レベルでやっていたことだが、それってつまり私が不木崎のことをずっと見てたからってことじゃん……。
急に恥ずかしくなる。
見すぎ、とか前に言っていたが、実際見すぎなのは私の方だ。
「で、でも違うんです!決して拓人くんを邪な目で見ているわけじゃなく、いや最初の方は割と邪でしたけどえっとそういんじゃ―――」
「良かった」
必死の弁明を霞さんに遮られる。
良かった……何が……?
「私、拓人が2年前に女の子に襲われた時から、女性関係にはすごく過敏だったの。でも、今日の春ちゃんとのやり取りを見てたら安心しちゃった。最初は泣いちゃったけど……。でも、多分春ちゃんみたいないい子と出会えたから、拓人はあんなに幸せそうにしてるんだと思う」
「……あ……え…と」
言葉を紡ごうとするが出てこない。
嗚咽と涙が代わりに流れてくる。先ほどあれだけ泣いたというのに、止まる気配がない。
「春ちゃんは私とすっごく似てる。拓人を愛していて、拓人に愛されたいと思ってる一人の女。だから、拓人の本気で嫌がることは絶対にしたくないし、嫌われることなんて死んでもできない…そうでしょ?」
「……はい」
何度も頷く。
一度経験したあの痛みは、もう二度としたくない。
何もかもが嫌になり、死にたくなるあの感覚。
「私はね。春ちゃんが羨ましい。真っすぐなところが……すごく羨ましい。今日ここに来たことも、拓人と美術館にデートしに行ったのも、拓人にすごく思われていることも……私は怖がって足踏みしてることしかできないから」
「私だって霞さんが羨ましいです!今拓人くんが心から好きな女性って霞さんしかいないから。私にはまだ一度も好きだって言ってくれたことないですから…」
不木崎の心に霞さんはもう居る。それが恋愛感情かは定かではないが、不木崎が好きと胸を張って言える人物であることに間違いはない。
雨の中走って追いかけてくれた時も、誕生日会で私に我慢できないって言ってくれた時も、一度だって私のことを好きだって言ってくれていない。
私がどれほど好きかってことを、もう気づいているのなら、なおさら切ない。
それも意地悪なのだろうか。だとしたらその意地悪だけは本当にやめて欲しい。どれだけ私に意地悪してもいいから、その意地悪だけはしないで欲しい。
「春ちゃん違うよ」
止まらない涙を見て、霞さんは優しい声音で語り掛けてくる。
「きっとあの子は、口には出さないだけでもう貴女のことが大好きなんだと思う。でも、大切だからこそ、大事に思ってるからこそ、その言葉は使わない。この世界の女の子のこと、あの子はもう理解しているから。恋と性欲を同列に考えてしまうことを。付き合うとはどういうことなのかを。だから、あの子はもし貴女と添い遂げるなら、苦手な女の子を克服してからにしたいと思ってるはず」
霞さんの言葉に、私は思わず俯く。
滴っていく涙が、スカートに染みを作っていく。
薄々わかってはいた。
私と他の女性に対する対応が明らかに違うことに。
クラスの女子ともほとんど話さない。話すのは私とだけ。
特別だってことは理解できていた。
でも、今告白しても一緒にはなれないことも理解していた。
誕生日会での私を思い出す。
最後まで我慢ができずに、求めてしまった醜い女の姿。
どれだけ取り繕ってもあれが私なのだ。
あの姿を見て、不木崎が安心できるはずがない。
私が興奮してしまうたびに、不木崎は一歩後ろへ下がっていく。
それでもなお、不木崎は私と一緒にいてくれる。優しく笑いかけてくれる。
それを理解して、私も我慢したいけど、どうしても我慢できない。不木崎を心も身体も求めてしまう。
やはり、辛く苦しい。
私の愛が深まれば深まるほど、不木崎は私を大切にしてくれる。大事に扱ってくれる。
それを私が求めていないことと理解しても。
「春ちゃん、私たちとキャンプ行こっか」
霞さんの声に私は顔を上げる。
キャンプという突然の言葉に、私は間抜けな顔をした。
「夏休み、拓人とキャンプに行くの。春ちゃんも良かったら一緒に行かない?」
「え…で、でも、それは拓人くんが霞さんと行きたいからで――」
「私が春ちゃんと行きたいの」
「あ…」
「もちろん、親として見定めるっていう打算も入ってるけど、やっぱり貴女、昔の私にそっくりなの。なんだか他人の気がしなくて」
にっこり笑う霞さんの顔は美しかった。
思わず、胸に飛び込んで泣きたくなるほどの愛情を感じてしまう。
「そんな顔しないで。私がこれから書く小説にはきっと貴女が居る。作家としての直感ってやつかな?」
お茶目に笑うその姿を見て、私は限界が来てしまい、霞さんのところへ行き抱き着く。
そんな私に、霞さんは優しく頭を撫でてくれた。
「私、娘も欲しかったから、なんだか夢が叶ったみたい」
私は優しい匂いに包まれながら、声を上げて泣いた。
「……私と春ちゃんはね。拓人の前だと女でなくなるの。一人のか弱い男の子になってしまう。あの子の優しさに溶かされて、女であることを忘れさせられる。だから、私たちも気にせず拓人に甘えていこう?好きって言ってもらえないなら、言ってもらうまで甘えればいいの。私たちをこんな風にしたのはあの子なんだから」
「……はい……はい!甘えます。拓人くんを困らせてやる位甘え倒します!」
顔を上げると、霞さんは不木崎に似たいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「そうこなくっちゃねっ」
私たちは連絡先を交換することにした。
今後、不木崎に対しての情報共有の側面が強い。
ふっきーのお母さんは本当に心配性だ。
お互いスマホを取り出して近づける。
「「あ……」」
それぞれのスマホには不木崎との2ショットが待ち受け画面に設定されていた。
私のはマックに行ったときに撮った写真。
霞さんは家で不木崎に撮られたであろう写真。
「「いいなぁ…」」
お互いに声が漏れる。
私は不木崎がこんなに積極的に写真を撮ってくれるのが羨ましいと感じたが、おそらく霞さんは私が積極的に写真を撮り、不木崎が私を凝視している写真を羨ましがったんだと思う。
「「ふふっ」」
お互い顔を見合わせて笑う。
「私たち、本当に似た者同士ね」
「はい!」




