会えない反動
side.城春
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『今帰り着いた』
私は不木崎から来たラインを見て、授業中というのにイライラしていた。
この2日間不木崎は親の都合で田舎の祖母の家に行くとのことで、学校を休んだ。そこからちょくちょくラインを送ってくれていたのだが…。
もう、《《我慢の限界》》だ。
2日間不木崎に会えていない、という事実が、私をおかしくさせている。
授業もずっと集中できないし、家でも自分を慰める時間が数倍に増えた。
……すっごく寂しい。
たった2日間会えていないだけで泣きそうなほど寂しい。
土日の2日間とはわけが違う。学校で不木崎と会えないというのは、私の精神を予想以上にえぐった。
電話で話そうとも思ったけど、そうすると不木崎がいない事実がよりリアルに伝わってきそうで泣きそうだったからメッセージに留めている。
『学校のプリントとかあるから、放課後ふっきーの家に寄っていい?』
別に大したプリントなどないのだが、明日は土曜日。
このまま会えなければ4日間不木崎と会えてないことになる。それは無理。
匂いというか、ふっきー成分を吸収しないと土日の内にメスの部分が強まり、月曜日には不木崎に大変なことをしてしまいそうだ。
『おお、ありがと!住所送っとく』
能天気な返事だが思わず疼いてしまう。
こいつの反応一つ一つが私の弱いところにぶっ刺さって仕方ない。
……今日はちょっと落ち着かせてから、ふっきーに会いに行こう。
チャイムの音と共に、何も書いていないノートを急いで閉じた。
不木崎の家は普通のマンションだった。
男の子だしもっと大豪邸に住んでると思ってたけど、違うみたいだ。
私の家からは少し遠く、ここからだと歩いて20分くらいかな…。
オートロックのマンションのようで、セキュリティ面は問題なさそうだ。
部屋番号を押し、続けて呼び出しボタンを押すと、すぐに反応が返ってくる。
「あの、拓人くんのクラスメイトの城春です。プリント届けに来ました」
『なんだぁ?猫被った声出しちゃって…拓人くんってちゃんと言えるじゃん』
意地悪そうな声に、私の心臓が跳ね、呼吸が乱れ、涙腺が少し緩む。
この2日間聞きたくて仕方なかった声。
たった一言話すだけで胸がいっぱいになってしまう。
しかも、2日ぶりでこの感じはちょっと《《ク》》る。
「ぷ、プリント持ってきてあげたのに茶化すなら帰るからねっ!」
嘘。本当は絶対に帰るつもりはないけど、こうでも言わないといつもの私が保てない。
『悪かったって。ありがとな。今開けるから』
そう言って自動ドアが開く。
通話が切れたところで、私は膝に手をついて肩で息をする。
涙はグッと堪えたが、あと少し不木崎の声を聴いてたらヤバかった。
私、本当に今会って大丈夫なのかな…。
「おお、なんかめっちゃ久しぶりに春見た気がする」
「……はい。プリント」
2日間ぶりに見た不木崎はやはり刺激が強い。
色々言いたいことがあったのに、結局何も言えなくなってしまった。
やっぱり、今日は止めておこう。作戦も何も考えてきてないし、感情で動いていいことなんかない。それに今私いっぱいいっぱいだし…。
ぶっきらぼうにプリントを渡し、私はそのまま踵を返すと、
「春、怒ってない?」
不木崎に呼び止められる。
「お、怒ってない」
慌てて弁明するが、不木崎から疑念の色は消えない。
「いーや、怒ってるね。ちゃんと説明するまで帰さないから。ほら、入って」
そう言って不木崎は私に手招きをする。
本当に…。どうしてこの人は…。
心臓がうるさい。顔もきっと赤い。下手したらちょっと涙目になってるかもしれない。私が弱ってるときに一番かけて欲しい言葉をくれる。
また、よく泣く女だってからかわれちゃう。
だけど、何も言い返せない。
不木崎の申し出が嬉しくて、反論できない。
「お、おじゃまします……」
「あ、母さん夜帰ってくるから、緊張しなくていいよ」
靴を揃えていると、衝撃の事実を告げられる。
……つまり、今私とふっきーの二人だけってこと?
そんなのふっきーのお母さんいるより緊張するに決まってるじゃん…!
何言ってるの!このヤリチン野郎……!
リビングは結構広く、ダイニングテーブルとソファーが楽に置ける広さだった。
一歩一歩歩く度にふわっと、不木崎の香りが身を包んでくる。
頭おかしくなりそう……。
「あ、紅茶入れるから座ってて」
そう言って不木崎は台所へ行く。
椅子に座るが全く落ち着かない。Tシャツ姿の不木崎が鼻歌まじりでお湯を沸かしている。
……何か新婚カップルみたい。
そう気づいてしまうと、顔の火照りが収まらない。
こんなの幸せすぎる。日常的にこれ味わえるって、ふっきーのお母さん本当に羨ましい……!
少しして、不木崎がティーカップに紅茶を入れて戻ってくる。
「それで、何で怒ってるの?」
出された紅茶とにらめっこしている私を見ながら不木崎が尋ねる。
「……意地悪なこと言うから」
それが考えた末、精一杯の返答だった。
寂しくていじけてしまった、なんて言ってしまったら、また不木崎に気を使わせてしまう。あと、もっとからかわれてしまいそうだ。
「拓人くん呼びの件?ああ、ごめんって。なんかいつもの春と違って可愛らしかったから、つい」
「……今も茶化してる」
「あ、これもそう取られるのか。そんなつもりないんだが、まぁ、悪かったって」
まともに顔を見られない。
心臓が破裂しそうな程高鳴りまたもキャパシティーオーバーして、あの時みたいに泣きそうになってしまっている。
好きすぎて泣いてしまうとかバレたら、不木崎に告白させるどころの話ではない。
「……どうだったの、田舎のおばあちゃん家は」
話題を変える。これ以上言及されるとマジで泣く。
「そうだな……何というか強烈だったな。鍛錬っつってしこたましごかれたし」
「……ふっきーのおばあちゃん何やってる人なの?」
「なんかの流派の師範代」
「ああ……」
どうやら結構大変だったらしい。
意外と不木崎のおばあちゃんはパワフルな人のようだ。
そう言われたら、ちょっぴり不木崎の顔も精悍な顔つきになっている気がする。
「それに従妹に初チュー取られてまた気絶しちゃうし散々だったよ」
「……は?」
私は立ち上がって不木崎の顔を見た。
やべっ失言してしまった、という顔をしている。
今チューと言ったか?しかも従妹と?
どういうことだ?おばあちゃんにしごかれた2日間じゃなかったの?
それが、従妹とニャンニャンしていたって話が全然違うんだけど。
「……いやぁ、って言っても向こうはまだ子どもだったし」
「何歳なの?」
「……15歳」
「へぇ。私たちと《《たった1歳》》違いなんだね」
どこが子どもなのだろう。きちんと分別がわかる歳ではないか。
チューの意味もしっかり理解しているし、男の子にチューをする意味もよく知っているはずだ。
それなら椿がチューしてきても、ふっきーは笑って許すの?私は絶対に許さない!
「でも!あれだから!頬っぺただから!しかも一瞬だし!挨拶みたいなもんだって!」
それを聞いて少しだけ溜飲が下がる。
だからOKという話ではないけど。
「じゃあ、その従妹と1歳違いの私も子どもだろうし、挨拶程度なんだったら別に私がしてもいいよね?」
私は不木崎の方へ近づく。
怒りが込み上げてくる。私だってずっと我慢している。
どれだけ精神的に追い込まれても、キスだけは我慢した。
それだけはふっきーからしてもらいたいって思ってたから。
だが、待っているだけだと、こうして変な女に不木崎の大事な貞操が奪われてしまうらしい。それはそうだ。こんな優しくてカッコいい男の子など、私の知る限り彼以外存在しない。
「い、いや…春は普通に大人って言うか……と言うか聞いてた?気絶!気絶したの俺!挨拶程度に気絶させられたら困るって言うか……!」
「どっちにされたの?」
「…えっと、何が?」
「どっちの頬っぺたにチューされたの?」
「……両方」
「……」
従妹か何か知らないが、よくもやってくれたな。
―――上書きしてやる。
不木崎に掴みかかろうとしたその時、
「拓人?ただいま~」
ガチャとドアが開く音と共に、可愛らしい女の子の声が聞こえてきた。




