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あべこべ世界でも純愛したい  作者: ひらめき
第二章〈トラウマ克服に向けて〉
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意外な才能

「それじゃ、洗いもん済ませてくるからそれまでゆっくりしてな。終わったら道場行くからね」


 やはり鍛錬からは逃れられないらしい。

 おかしい。俺はここにそんな目的でお邪魔しているわけではないんだけど。


 隣を見ると、ピッタリとくっつくように陽乃ちゃんが体操座りをしている。

 あの話をしてから距離感がバグってしまったようだ。

 というよりも、恐らく俺を警護しているつもりなのだろう。可愛いもんだ。

 

 ……この頭痛がなければだが。


 近いせいで頭が少し痛い。

 城のようなダイナマイトボディではないためそこまでキツくはないのだが、こう鈍痛がずっと続く感覚はしんどい。


「あの……陽乃ちゃん?そこまで近づかなくても警護はできるんじゃないかな…?」

「……」


 何も言わないので俺はお尻を浮かせて少しずれる。

 距離を取れたと思うと、一瞬で陽乃ちゃんが俺の横まで移動する。

 ……この子今ホバー移動してなかった?


「……ダメ」


 そう言ってまた黙る。


「えっと、別にこの家に脅威はないと思うんだよね……」

「……違う」

「……何が違うの?」


 尋ねると、陽乃ちゃんは顔をこちらに向ける。相変わらずの無表情である。


「……警護のために近くにいるんじゃない」


 え、この妹可愛い。

 お兄ちゃんに甘えたいのかな…?

 本当にしょうがない子だ。雑魚やら弱そうやら言ってるが、やはり根はまだ子どもだ。


「……」


 ぽつり、と陽乃ちゃんが小さな声で呟く。

 全く聞き取れなかったが、おそらく照れているのだろう。



 諦めた俺はそのままでいることにした。

 最近は城のおかげである程度耐性がついてきたらしい。パッパラパーに見えて以外と成果を出している。


「ほら、二人とも行くよ」


 洗い物が終わったらしく、ばあちゃんが台所からでてくる。

 スッと陽乃ちゃんは立ち上がり、ばあちゃんの後を追う。


 ようやく離れてくれた……!

 お兄ちゃんも大変だ…。


 ホッと胸をなでおろしていると、陽乃ちゃんが立ち止まり振り返る。

 無表情で手をこちらに差し伸べてきた。


「……早く」

「俺、道場の場所は知ってるんだけど」

「……《《雑魚兄》》早く」

「はい!たった今から徒競走することにしました。よーいドン!」


 クラウチングスタートの体制から一気に走り出す。

 年上を舐めるんじゃないよ…?スピードの違いをわからせてやるよ……!

 後ろを見ると陽乃ちゃんがまだ立ち止まった状態でこちらを見ていた。


 へっへー!追いつけるもんなら追いついてみろ!







「……雑魚兄遅い」

「甘いんだよ」

「はぁはぁはぁ……どうしてッ!……なんでッ!」


 道場には陽乃ちゃんとばあちゃんが立っていた。

 二人とも抜かしたよね…?俺一本道で迷わず道場まで来たんだけど、何で二人の方が早いの…?


「走り込みは毎日やりな。それだけでなく、基礎的な筋力トレーニングもね」


 早速師範の顔で指示してくる。


「俺は……別に最強になりたいわけじゃないのに……!」

「何が最強だ。さっきも言ったけどね、そこいらの女に対処できる程度に鍛えるだけさ。自惚れるんじゃないよ」

「……精神的なトレーニングも含まれてます?」


 ばあちゃんはカカカッと笑い、畳の中心に移動する。

 陽乃ちゃんも一緒についていき、お互い向かい合う。


「今から実演するから、よく見ておくんだよ」


 そう言って陽乃ちゃんがばあちゃんに掴みかかろうとする。

 その瞬間、ばあちゃんは一瞬背中を見せてかがみ、陽乃ちゃんの帯を掴みそのまま投げる。

 一連の動作はとても美しく、予定調和のように陽乃ちゃんは畳の上に倒される。


「うちの流派は力を使わず、相手の力を利用するのを得意としている。だからアタシみたいな年寄りでも簡単に組み伏せられるんだよ」


 確かにばあちゃんは片手で陽乃ちゃんを投げていた。

 女の子と言えど、あの細腕で投げられるようには見えない。


「……次は私」


 立ち上がった陽乃ちゃんは服をなおしてから、ばあちゃんの方を向く。

 ばあちゃんはそれを見ておかしそうに笑った。


「カカカッ。なんだ。大好きなお兄ちゃんにカッコいいところを見せたいのかい?可愛いもんじゃないか陽乃」


 そう言われた陽乃ちゃんは一瞬でばあちゃんの懐まで入り込む。

 予備動作も一切なく、一度地面を蹴っただけのように見えた。


 そのまま陽乃ちゃんが先ほどのばあちゃんと同じように背中を向けて袖をつかむ。投げの体制だ。


「さて、拓人。もし変質者に捕まれた時の対処法だ」


 今にも投げられそうなのに、余裕そうな表情でばあちゃんは陽乃ちゃんの動作を眺めている。


「大切なのは観察だ。どこに力点があるかを見極めるんだ。そこさえ掴めば後は崩してやるだけさ」


 ばあちゃんは陽乃ちゃんの足をまるで小石でも蹴るかのように一瞬で払う。

 体制を崩した陽乃ちゃんはその場でまた倒れた。


「こういう風に相手の力を入れている部分を少しこずくだけで、バランスを崩す。霞も目はすごくいいから、きっと血を継いでる拓人もわかるさ」


 無表情で陽乃ちゃんが起き上がる。なんとなくだが、めちゃくちゃ不機嫌そうに見える。

 そして、俺の方までとことこ歩いてくる。

 あれ、俺、笑ったり茶化したりしてないんだけど……。

 目の前まで来ると、陽乃ちゃんが小さな口を開けた。


「……私は弱くない」

「…別に思ってないから」

「……雑魚くもない」

「だから思ってないって」


 訂正したいらしい。他人には雑魚とか言うくせに、自分はそう思われたくないらしい。


「それじゃ、拓人、陽乃を投げてみようか。ほら、位置につきな」


 ばあちゃんに言われて陽乃ちゃんと相対する。

 こうしてみると、陽乃ちゃんはとても強そうには見えない。

 病弱の令嬢のような儚さがある。ただ、すぐにムキになるし、マウントを取ってくる中坊というのは理解しているので油断はならない。


「……私は投げないから、安心してきて」


 思考を読まれている。


 さて、まずは力点か…。

 ばあちゃんや陽乃ちゃんが掴もうとしていたのは胸元の上あたり。

 そこを掴んで、背中と腰を持ち上げた勢いで投げていた。

 となると、身長高いのって不利じゃないの…?

 大分かがまないといけないじゃん。


「それじゃ、行くよ。陽乃ちゃん」


 そう言って、陽乃ちゃんの懐に飛び込む。

 近づいたところで、思いっきりしゃがみお尻をグッと持ち上げる。

 陽乃ちゃんのお腹に当たった感覚がして、咄嗟に掴んだ襟首をひねり下半身と共に引き上げる。

 そこからは全く力が入っている感覚がなかった。


「……拓兄上手」


 気づいたら陽乃ちゃんは床に仰向けで倒れていた。


「ほぉ、こりゃ驚いた。霞もセンスがあったが、遺伝だね」


 どうやら成功したらしい。

 後半は全く力んでいなかったため、自分でも投げたという事実に気づかなかった。


 呆然と手を見る。

 今、力入って無かったよね…?


「それでいいんだ拓人。力は入れない。必要なのは観察だよ。2日と言わず夏休みの間ずっとここにいて欲しいくらいだね。成長が楽しみだ」

「……それがいい。夏休みの間もずっといて」


 二人ともホクホク顔でこちらを見てくる。

 この二人は何を言ってるんだろう…?


「嫌に決まってるじゃん」


 そう答えると、

 ドスン、と大きな音と衝撃が走る。


「……夏休みの間もずっといて」

「何で投げたの……?」


 大の字に倒れた俺の顔の横でしゃがんでいる陽乃ちゃんと目を合わせる。

 無表情で投げたよね…この子。


「……夏休みの間もずっといて」

「あれ、なんで腕掴んでるの…?……イタタタタタッ!関節!関節決まってるから!」


 説得《四の地固め》を仕掛けてくる。

 この子すっごいバイオレンス!


「わ、わかった!ただ、ずっとは無理ぃイタタタタタ!…だけど、たまに来るくらいはするから!」

「……週5」

「週5ってほぼ毎日じゃん…?たまに、の概念わかってる?イタタタタタ!…週1!週1だったら行くから!」

「……足りない」


 お兄ちゃん大好き!(四の地固め)はちょっとお兄ちゃん的にハードル高いかな!

 そこまで愛を受け止められる土壌ができてないって言うか、そもそも都合悪いと暴力的になるのは、ちょっと身辺警護人目指す人としてどうなのかな……?


「陽乃、止めな。拓人も週2で来るって言ってるじゃないか。交通費もかかるんだし、無理言っちゃいけないよ」

「さらっと1日増やしたな……!」


 ばあちゃんはニコニコ笑いながら、陽乃ちゃんを仲裁する。

 陽乃ちゃんは渋々と言った様子で立ち上がった。


 この人たち普通じゃないよ…!暴力に対するレベルが一般人よりも大分緩い。

 四の地固めとか普通男の子にしていい技じゃないんだからね…!


 しかし、ここまで受けて一つあることに気づいた。

 そう、あそこまで密着していたのにも関わらず、頭痛が一切なかったのだ。

 その代わり、右腕はすごく痛かった。







 鍛錬まみれの2日間がようやく終わりを告げる。


「それじゃ、ばあちゃん、2日間ありがとね」

「夏休み入ったらまた来な」

「……うん」


 タクシーの前で袴姿の2人に見送られる。

 結局週2で通うことになったので、しばしの別れだ。

 交通費はばあちゃんが負担してくれるとのことで、母さんにも話を通しておくそうだ。

 毎月ここに通うだけで10万以上かかるじゃん……。


「……拓兄待って」


 タクシーに乗り込もうとすると、陽乃ちゃんが近づいてくる。

 なんだろうか。お兄ちゃんまたねっとハグでもしたいのかな?

 ……しょうがない。それくらいはお兄ちゃんだし我慢するが?


 陽乃ちゃんが顔を俺の頬っぺたまで近づけ、唇を当てる。


 え…?


「……こっちもしとこう」


 そう言って反対側の頬っぺたにもキスする。


「今……何した?」

「……忘れちゃダメ」


 そのまま、胸をトンと押されて後部座席に倒れる。

 タクシーのドアが閉まり、発進する。

 頭が朦朧として、胃がむかむかし始める。汗が吹き出し、そのままタクシーの後部座席へゆっくり蹲る。


 …え?今キスされたよね……?

 無表情で普通に…挨拶するみたいにしてたけど、あれって唇当たってたよね…?

 前世も含めて俺のファーストキス(ほっぺ)を軽くしやがって……!


「あ、あのマセガキがぁ」


 薄れゆく意識の中、その言葉だけを絞り出した。


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