陽乃ちゃんは守りたい
途中で着替えた陽乃ちゃんは、この入り組んだ家をどんどんと進んでいく。
俺一人では迷子になってしまいそうだ。
「……ここが拓兄の部屋」
「拓……兄……?」
扉を指さしながら無表情で言う少女を見て俺は驚愕した。
今、拓兄って言った…?
なに、この気持ち……。すっごい胸がキュンキュンする……!
兄妹とかいなかったし、この感情、未知との遭遇なんだが……!
「……拓兄?」
首を傾げてこちらを見つめてくる。
ま、なんだ?さっきの生意気言ってたのは帳消しにしてやらんでもない。
「案内ありがとな陽乃ちゃん」
可愛いところあるじゃないの。
ま、俺がお兄ちゃんだし?広い心で許してやらんとな。
「……隣が私の部屋。拓兄弱そうだから、何かあったら呼んで」
「そろそろ弱そうって言うのやめよっか?」
お兄ちゃんもね。結構我慢強いって評判なんだけど、もう限界かな?
弱い、じゃなくて、弱そうってところがお兄ちゃん的にNGかな?
「……雑魚そう」
「っしゃ、一回わからせてやるしかないかなこれ」
そう言って骨をバキバキと鳴らし、瞬きをすると陽乃ちゃんは消えていた。
あれ、どこいった…?
ドスン、と音がして、背中に衝撃が走る。
「あ、天井。この感覚なんか知ってる……」
「……やっぱり雑魚い」
今度は陽乃ちゃんに床へ倒されていた。
惨め。非常に惨めである。
身長差もかなりあり、フィジカルにおいても俺の方があるというのに、秒で分からせられてしまう。
「つ、強いじゃん……!」
「……拓兄は男なんだから雑魚いのは当然。別に恥ずかしがる必要はない」
「くっ……台詞もカッコいい……!」
「……私が守ってあげる」
「え?守るって何から…?今のところばあちゃんと陽乃ちゃんの投げ技以外脅威がないんだけど」
「……守ってあげる」
とにかく守りたいらしい。
この世界の女性像を体現したような子だ。弱気を守るヒーローのような存在。
年齢的にもまだ中3とかだろうし、憧れが強いのだろう。
部屋に入ると、10畳くらいの部屋だった。
畳の数を数えたから広さは間違いないはずだ。
いつの間にか陽乃ちゃんも入ってきていて、座布団に座っている。
「陽乃ちゃんは何でここに来てるの?今日平日でしょ?」
「……今修行中なの。身辺警護人目指してるから」
「ボディガード…みたいな?」
「そう。男性専属の身辺警護人は高校から警護学校に行かないといけないから、その為の試験対策。夏休み期間中も併せて2か月いる」
「へぇ…」
初めて聞いた。
男性専属の身辺警護人という仕事があるらしい。
まぁ、貧弱な男からしたら需要のありそうな仕事だ。何せ今日の母さんの反応を見る限り、旅行さえ一人で満足に行けなさそうだし。
にしても立派だ。こうして中学生から夢があって、それに向かって進んでいる姿は尊敬の念さえ生まれる。俺は特にしたいことないし…。
何なら鼻くそほじりながら精液提出して豪遊しよっかな、とか考えてたくらいだから、話を聞いてるだけですごく恥ずかしい。
「中学生の内から夢があるなんてすごいね。俺には夢とかそう言うのないからさ」
そう言うと、陽乃ちゃんの表情がわずかに動いた。
「……そう」
そのまま陽乃ちゃんは立ち上がって、出ていく。
……褒められて恥ずかしかったのかな?
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しばらくして陽乃ちゃんから夕飯が出来たと言われ、居間に向かうと、お膳の上に懐石料理が並べられてた。
ご飯と漬物……だけじゃないの?
「あの、ばあちゃん……これ」
「拓人があそこまで成長してるんだ。けち臭いことなんてしないよ」
「ば、ばあちゃん……!」
「その代わり、この後みっちり鍛えるからね」
「ば、ばあちゃん……?」
夕餉を頂く。陽乃ちゃんはお風呂に入ったのか、動きやすそうな服に着替えている。最初に袴姿を見たから何だか新鮮だ。
そんな彼女は俺の隣でちびちびと小さな口にご飯を運んでいた。
こうして見ると不思議と日本人っぽいんだよな…。見た目は北欧系なのに…。
「陽乃は強いよ」
ばあちゃんが俺の視線を見て言う。
「ああ、ばあちゃんと同じことされたよ。というか二人とも全く何したかわからなかった」
「……雑魚」
ぽつり、と陽乃ちゃんが呟く。
ご飯中くらいは暴言はやめようね?
「まぁ、たった二日であそこまではさせないよ。そうだね。力の差を利用して投げられるくらいにはしようね」
確かに、それができれば力の強い女性が相手でもどうにかなるだろう。
この世界、見た目と筋力のギャップが激しい。
母さんや城もそうだが異様に力が強い。
最初は俺が弱すぎるだけかと思ったのだが、20キロのお米を持った感じは前世とそんなに変わらないし、走った速度感もめっちゃ遅いとは感じない。
やはり女性の身体能力が異常に高いのだと結論付けた。まぁ、俺の周りの女性が異常なだけの可能性もあるのだが…。
「それにしても、霞から電話があった時は驚いたよ」
ばあちゃんが魚を箸でとりわけながら言う。
「ああ、新しい小説書くって話?」
「それもそうだけどね。拓人が入院する以前よりもずっと元気になってたよ」
「……ああ、そうなんだ。まぁ、色々迷惑かけたからね」
そう話していると、陽乃ちゃんが首を傾げる。
「……拓兄何かあったの?」
知らないらしい。まぁ、正直言えば俺もあんまり知らないんだけどね。
「ああ、ちょうど2年くらい前に何か事件があったらしくて引きこもりになっちゃってたんだ。その時に入院してたらしくて」
「……らしい?」
「あ、うん。その影響でかはわからないんだけど、以前の記憶がバッサリなくなっちゃってさ」
そう言うと陽乃ちゃんは目を丸々と大きく見開く。
この日初めて表情を出したなこの子。
「……前のこと覚えてないの?」
「そうだね。母さんどころかばあちゃんの顔も覚えてなかったし」
「ま、そのおかげで男にしてはマシな面構えになったんだ。結果オーライだよ」
どうやらばあちゃんは今の俺が良いらしい。
まぁ、以前の不木崎くんは女の子見ただけで悲鳴を上げるようなクソ雑魚男の子だったから、なよなよしたのが嫌いそうなばあちゃんには合わなさそうだ。
「……事件って、何があったの?」
「うーん、俺もよくわからないんだよね…?」
「あれだね。女の子に馬乗りで襲われたやつ。全く、情けない話だね」
その瞬間、陽乃ちゃんは箸を落とす。
「あーあー、何してんだい。新しいの持ってくるから待ってな」
ばあちゃんがよいしょと腰を持ち上げ、台所へ行く。
こちらに転がってきた箸を拾って手渡すと、陽乃ちゃんは顔を真っ青にしていた。
「陽乃ちゃん…?どうかした?あ、ごめんね。こんな話ご飯中にするもんじゃないよね」
「……」
俯いたまま陽乃ちゃんは箸を受け取る。
「ま、まあ。陽乃ちゃんの言う通りお兄ちゃん雑魚だからさ、女の子に襲われちゃったみたい」
「……ひっぐ……」
……あれ?……泣いてません?
何で?今泣くところあった?
あまりに俺が情けなさ過ぎて憐れんでくれてるとか?それとも同情してくれてるの…?
「あ、あれー?どうしちゃったの陽乃ちゃん。魚の骨が喉に刺さっちゃったのかな?」
「ひっ……ぐす……」
やっべー!こればあちゃん戻ってきたら俺怒られない?
何、年下の女の子泣かせてんだい!って……?
兄妹いなかったからこういう時どうすればいいのかわからないんだが……!
ぽろぽろと、雫が膝に落ちていくのが見える。
……ええい!仕方ない!
「……え?」
陽乃ちゃんの頭に手を当てて撫でる。
え?とか言われたがここで引いたら負けだ。
すまん、これしか思いつかんかった。泣いてる女の子の対処方法とか前世でも学んでないんですよ…。
「えっと、俺の境遇に同情してくれたのかな?……でも大丈夫だよ。前は酷い状況だったらしいけど、今はすごく楽しいから」
「……本当?」
こちらに顔を向けた陽乃ちゃんの目の周りは赤く、目元はまだ潤んでいる。
例え嘘でも本当と言わせるだけの破壊力がある顔面である。
「う、うん。本当だよ」
「……そう」
しばらく頭を撫で続ける。
ばあちゃん……早く戻ってきてくれない?お箸取るのにどんだけかかってんだよ…。
「……もう、絶対そんなことさせない」
「え?」
「……守ってあげる」
決意に満ちた表情だった。
なるほど、身辺警護人を目指す陽乃ちゃんからしたら、こういう事件は絶対に許されないものなんだろう。
さらに、そういう境遇の雑魚お兄ちゃんを守ってあげるという庇護欲に目覚めたというか。
「……ひ、陽乃ちゃんに守ってもらったら安心だね」
「……うん。拓兄雑魚だから」
「頭撫でるのやめよっかな」
「……まだダメ」
結局、ばあちゃんはそこから5分は戻ってこず、俺は軽い頭痛と戦いながら頭を撫で続けた。




