おばあちゃん家に行こう
side.不木崎拓人
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「でかい」
タクシーから降りた俺は目の前の光景に思わず言葉が漏れた。
城家よりもデカい家だ。
眼前には、俺の3倍くらいはありそうな巨大な門がそびえていた。
扉の取っ手も俺の手よりも大きい金属のものだ。
大理石の表札には『不木崎』と書かれている。
そう、この名家っぽい家は俺のばあちゃんの家である。
タクシーで約2時間とちょっと。料金はなんと驚異の3万円越え。
ここは結構な田舎なので、タクシーという選択肢もわかるのだが、俺は事情が違う。
正直、ここまで電車やらバスやらを使って行こうと思えば行けた。
最初はそうするつもりだった。
だが、母さんが男の子の一人旅は危険だと大反対(駄々こね)をした。
こうなった母さんは梃子でも動かないとわかっているので、渋々タクシーに揺られここまでたどり着いた、という理由だ。
まぁ、今日が平日だって言うのも理由として挙がる。
思いっきり登校日である。
電車とか使っていたら普通に補導されそうってのもある。
しかし、なぜばあちゃんの家に行くことになったのか。
……もちろんずる休みではない。
それは、誕生日会の一言がきっかけだ。
4巻の執筆をすると宣言した母さんは、他県にある出版社へ泊りがけで赴くことになった。
その際、俺が一人になるのを懸念し、田舎のばあちゃんの家に預けることになったのだ。
留守番くらい…と思ったが、そう言うと涙目になったのでこちらも折れた。
「まったく、急に来るんじゃないよ」
門が開き、小柄な女性が歩いてくる。
立ち姿は年齢を感じさせない活力を感じさせる。
母さんとはあまり似ておらず、力強い目を持っていた。
相変わらず袴が似合う俺のばあちゃん。
どうやら待っててくれたらしい。
「おー、ばあちゃん。2か月ぶり」
「フンっ。ガリガリだった頃に比べたら、ちったぁ見れる顔になったじゃないか」
「まぁ、あんときは迷惑かけてごめんね」
「何言ってんだい!家族は迷惑かけあうモンなんだよっ!」
「あ…うん」
くるっと後ろを向いたばあちゃんが歩いていくので、俺はその後ろを付いていく。
広い庭……というか広場は良く手入れがされていて、砂利には足跡一つない。
そして、建物も日本建築の見本のように威厳があり、見ていて圧倒される。
一般人の家に鹿威しがあるのも驚愕だ。
城家と違い平屋なのだが、横がとにかく広い。
あとなぜか3つも家がある。
「ばあちゃん、あっちの家は何?」
「ん…?ああ。道場だよ」
驚いた。道場のある家なんて見たことがない。
「誰かに貸してるの?」
「そんな訳あるかい。私がたまに指導するためのものさ」
「え…?ばあちゃん道場開いてるの?」
「そうさ。私は早暁流の師範だよ」
「そうぎょうりゅう……?」
どうやらばあちゃんは強いらしい。
「なんだ、武芸に興味があるのかい?」
「いや……最近女の子に足の速さで負けたのが悔しくて少し鍛えてるくらいで……」
「……へぇ?あの唐変木がすごい変わりようだねぇ。……いいだろう、付いてきな」
急遽ばあちゃんは方向転換し、道場へと歩いていく。
あ、え、いや、別に教わりたいとかは思ってないんですけど…?
ちょっと鍛えてるだけで、別に本格的なのは…。
「何してんだい?もたもたしてたらアタシがおっ死んじまうよ」
冗談なのかよくわからない台詞を吐いてくるので、俺も急いで後を追う。
道場の中は、なんというかとても澄んだ空気だった。
シャトルランは余裕でできそうな広さの床の全てに畳が敷かれていて、鼻の中を心地いい青臭さが通っていく。
天窓から漏れる光が畳に当たり、神秘的な空気を醸し出していた。
「それじゃ、来な」
ばあちゃんが部屋の中心でコチラに手招きをする。
展開早くない……?
やる気満々じゃん……!
俺、別に戦いの指導とかしてもらいたいわけじゃないんだけど…?
しかし、ここで『あ、そういうつもりじゃないんで』とか言ったら、この2日間すっごく気まずくなることは目に見えている。めちゃくちゃばあちゃん乗り気だし…。
それだけはお世話になる身としては避けたい。
だが、流石にあの小柄な年寄りを組み伏せる気にはなれない。ケガでもさせてしまえば、それこそ《《こと》》だ。
「あ…えっと、ばあちゃん?流石にちょっとケガさせちゃうかもだし。組手はちょっと」
「ほう。舐められたもんだねぇ。それじゃこうしよう。アタシの肩に少しでも触れられれば今日の晩ご飯のおかずを足してやる」
「……ちなみに触れなかったら?」
「白米と漬物だけだよ」
「た、食べ盛りになんてことを……!」
卑怯者……!ご飯を人質に取るなんて大人のやっていいことなのか!
反対に、ばあちゃんは楽しそうに笑っている。
「ほら、どうした。せめて味噌汁くらいは欲しいんじゃないかい?」
「くっ……!背に腹は代えられないか……」
俺は目の前まで歩く。
小柄なお年寄り。それ以上の何かは感じられない。
前世でも別にこれといって武芸はしていないが、なんかこう強者感があまりない。
こう見えて結構筋トレをしているのだが…大丈夫だろうか。
「じゃ、じゃあ、ケガしても知らないからねっ!」
そう言いながら掴みかかる。
目の前まで行き、腕をばあちゃんの肩目掛けて振り下ろす。
まるで避ける気配がない。
――あれ、余裕じゃん?
ドスン、と大きな音と衝撃が襲ってくる。
「………あれ?」
ばあちゃんが笑顔でこちらを見下ろしていた。
「天井…え?…いつの間に……」
「思い切りは良し。ただ芸がないね。まっすぐ振りかぶって当たるわけがないよ」
全く何もわからなかった。
気づいたら急に床に倒されていたのだ。
「ただ、受け身はできるようだね。感心したよ」
褒められてもちっとも嬉しくない。
城に走力で劣るどころか、こんなお年寄りの肩も触れないって……俺弱すぎない?
それとも師範ってこんなに異次元な感じなの?
「どうした?もう諦めるかい?情けない坊やはご飯と漬物がお似合いだね」
「急に煽るじゃん……!」
俺は倒れたまま体をひねらせ脚を動かし、ばあちゃんの足を狙う。
そのままばあちゃんが倒れてくれれば組み伏せられる。
「ほお、今度は狙いは悪くない」
そう言いながら、ばあちゃんはぴょん、と飛んで俺の足の上に着地する。
なぜか全く痛くない。軽すぎないかこのばあちゃん。
「ふんぬっ!」
最近一日50回はしている腹筋を使って、上体を起こし、ばあちゃんの足に掴みかかる。
よしっ…!このまま押し倒したらウェイトの差でいける!
「ふんぅ……え、全然動かないじゃん」
岩の如くびくともしなかった。めちゃくちゃ軽いくせになんだこの足。
「腹筋も前は一度もできなかったのに、大したもんだ。…よし、こんなところでいいね」
そう言ってばあちゃんは俺の足から降りる。
「決めた。前みたいに女に組み伏せられてピーピー泣かないように、この2日間みっちり鍛えてあげようね」
「俺組み伏せられて泣いてたの…?」
「ああ、そうだったね。まだ記憶が戻ってないのかい。ま、それでマシになるんだったら余計な記憶だね」
物凄い言いぐさである。
「ちょうど陽乃も来てるし、いい練習相手になるだろうよ」
「陽乃…?」
「ああ、お前の従妹さ。霞の姉の暁の子どもさ」
母さん……お姉さんいたの?
てか、従妹いるの…?何も知らなかったんだが…。
「ほら、何隠れてるんだい。出てきな、陽乃」
ばあちゃんが呼び掛けた先へ振り返る。
道場の入り口からこっそりこちらを覗く女の子がいた。
真っ白な髪が腰まで伸びており、眉毛もまつ毛も白く、瞳だけが黄色い…いや金色か…?不思議な色だ。
彼女もばあちゃんと同じシンプルな袴を着ていた。
無表情を張り付けたような顔で、そのくせそこはかとなく生意気そうである。
年齢はちょい年下だろうか…?パッと見日本人ではない。
女の子は無表情のままこちらへ歩いてくる。
「ほら、会ったのも久々だろう。挨拶しな」
「……不木崎陽乃。15歳」
……え、終わり?
非常に端的な自己紹介であった。
金色の瞳は、次はお前の番だぞ?と物語っている。
「えっと、不木崎拓人、16歳」
「……それだけ?」
自分の自己紹介は簡潔な割に、他人の自己紹介は詳細を求めるらしい。
「……高校生です。趣味は読書で、好きな食べ物はシチューです」
「弱そう」
「おい、今なんつった」
この小娘、俺の必死の自己紹介を聞くだけ聞いて弱そう、と抜かしおった。
生意気そうな匂いがすると思ったが、どうやら間違いではないらしい。
「それじゃ、仲良くなったところで、陽乃、拓人に部屋を案内しな。アタシは飯の準備に入るよ」
そう言ってばあちゃんは腰をトントンと叩きながら道場を後にする。
残ったのは倒れたままの俺と、それを無表情で見つめる陽乃ちゃん。
「……やっぱり弱そう」
「まずはお兄ちゃんが年配者との接し方を教えてあげようね?」




