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少女たちの日常3

次回の更新は、本日22時です

「可愛らしいアバターですね」


 ユエさんは、カウンターの向こうに消えていく給仕用ロボットを見つめて呟いた。


 コーヒーのカップに両手を添える。ゆっくりと香りを吸い込むユエさんを見て、ぼくもレモンティに口を付けた。


 口の中に広がる微かな苦み。レモンの爽やかな香りが鼻に抜けて、ぼくはほっと息を吐いた。


「アバターモデルも、いまやすっかり日常の風景ですね。どこへ行っても、キャラクターが出迎えてくれるようになって」


 そういえば、とぼくは今日行ったお店を思い返した。どこも様々な趣向を凝らしたアバターが、お客さんを出迎えていた。


 アパレルは、真っ先にアバターをビジネスに取り入れた業界だ。仮想空間上でキャラクター化した自分にブランドの服をまとわせ、似合うか似合わないかをチェックしてから、実際の服を購入する。そういう流れが、当たり前になりつつあった。


 最近では、ブランドそのものをアバター化、キャラクター化することも多い。そういったアバターに惹かれて、商品を購入するお客さんたちも、どんどんと増えている。


「あれって、レナちゃんのお父さんの会社が作ってるんだよねー?」と、リリアさんは幸せそうにケーキを頬張る。


「そういえば、カザークって日本ではもともと、アバターを提供する会社だったんですよね?」


 持ち帰り用の箱をもらって来た凜さんは、ケーキを箱に詰めながら、ユエさんを振り返る。


「正確には、アバターを動かすためのシステムですね。日本では、BtoB用のVRシステムから、カザークはビジネスを始めたんです」


 BtoB。Business to Businessの略だと、凜さんがこっそり教えてくれる。


 たとえば、ある企業が帽子を作るための生産装置を開発したとする。それは、いままでの存在したどの生産装置より優れた性能を持っているが、導入するためには多額のコストが掛かる。装置が新しくなれば、生産ラインも改良する必要があるから、さらに費用が膨らむ。また導入する側の企業からすれば、その装置が本当に会社に必要なものなのかも判断しなければならない。


 そこでカザークは、仮想空間上にその生産装置と生産ラインを再現し、アバターを介して仮想の帽子を生産できるVRシステムを提供した。


 これにより、いままで過去の経験と職人の勘に頼っていた設備投資に、データによる裏付けを与えることができるようになった。また企業が新しいサービスを始める際にも、仮想空間上で先行テストを行える。新規事業を起こす際にも有用で、カザークがVR事業を開始してからというもの、日本のベンチャー企業の五年後生存率は、格段に跳ね上がったそうだ。


「あくまで業務用なので、一般の方にはあまり知られていませんが。世界的にも、かなりのシェアを持っている事業なんですよ」


 知らなかった。カザークといえば、宅配に使われる自動運転システムの会社、というイメージだった。


 感心するぼくたちに、ユエさんはカフェの店内を振り返る。


「それだけじゃありません。ここの給仕用ロボットや、決済システムもカザーク製です。もちろん、あのアバターを動かしているシステムだって」


 カザークは決済システムを展開する際、アバターの販売をセットで行った。日本のサービス業が、店舗ごとに固有のアバターを持つようになったのは、カザークの影響が大きいとユエさんは言う。


 ぼくは、テーブルに備え付けられたタブレットに目を落とした。画面の中では、先ほどの給仕用ロボットに付いていたのと同じアバターが微笑んでいる。


 これまで知らなかったカザークの一面。気付かないうちに、巨人の手のひらに捕らわれていたような感覚。

 話の規模が大きすぎて、ぼくはその凄さを上手く呑み込めなかった。


「でもー、わたしはあんまり好きじゃないかなー?」


 チーズケーキをフォークで切り分け、リリアさんは物憂げな表情で頬杖を突く。


「アバターで話してるとー、みんな嘘ばっかりつくんだよねー。会社を経営してるーとか、実は俳優なんですーとか。なんか本音で話してる感じがしないんだよねー」

「それは、バーチャルSNSの話でしょ? カザークとは関係ないじゃない」


 呆れ顔をする凜さんに、「えー、同じだよー」とリリアさんは反論する。


「ねーえ、レナちゃんはどう思うー?」


 不意に、リリアさんの視線がぼくを捉えた。


 カップの縁をなぞる指先。濡れた闇の溜まった瞳。耳朶をくすぐるような甘い声音に、ぼくはざわざわと落ち着かない気分になる。


「ま、レナちゃんにはわかんないよねー」


 なにも言い返せないぼくを見て、リリアさんは悪戯を仕掛けた猫みたいに笑う。


「だってレナちゃん、アバターで人気になった人だもんねー」


 わたしの気持ちはわかんないかー──


 リリアさんの手にしたフォークが、目の前のチーズケーキに突き刺さった。

・VRシステム

 製造業の現場では、VRを使うのが徐々にトレンドになりつつある。いわゆるDXの一環として採用する企業は多い。

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