少女たちの日常2
次回更新は、本日18時です
一通り店を回り終える頃には、あたりはすっかり茜色に染まっていた。
「そろそろ休憩しましょうか」
凜さんの提案に乗って、ぼくたちは服屋さんに併設されたカフェに入る。
古い木材と複雑な茶葉の香りがする店内には、波で洗われたような木製のテーブルが二つ。ねじくれた流木製の丸椅子に腰掛けると、全身にどろりとした疲労感が襲い掛かってきた。
今日一日で、いったいいくつ知らない世界を体験しただろうか? 未知の情報が多すぎて、頭がパンクしそうだった。
ゆったりとしたジャズが流れる店内に、お客さんはぼくたちしかいない。いわゆる隠れ家的なお店なのだと、凜さんはタブレットのメニュー画面を見ながら言った。
こういうオシャレなお店にも、今日一日で随分と耐性ができた。
とりあえずお茶を頼もう、とメニューに目をやり、ぼくは固まる。
そうか。こういうお店は、メニューもオシャレなんだな……
ずらりと並んだ、カタカナと横文字の羅列。一ミリも内容の想像がつかないメニューに、意識が遠くなる。
「オレーナさん、このレモンティなんてどうですか? シチリア産のレモンを使った期間限定品らしいですよ」
「じゃ、じゃあそれで……」
このまま渇いていくのか……と絶望しかけていたぼくは、凜さんの助け舟にほっとした。
「もしかして、お疲れになりましたか?」
凜さんは眉尻を下げた顔で、ぼくの顔を覗き込む。
「すみません、連れまわすような真似をしてしまって。その、オレーナさんと出かけるのは久しぶりだったので、つい舞い上がってしまって……」
「い、いえ大丈夫ですよ!」ぼくは、ぶんぶんと首を振る。「むしろ勉強になりましたから」
迷惑どころか、凜さんにはいくら感謝してもし足りない。
「モデルさんって大変なんですね。お仕事にトレーニングに、いろいろなお店を回って研究もしたり。普段から、こんなに努力してるなんて」
「いえ、お嬢様は特別ですよ」
斜め向かいの席に座ったユエさんは、真摯な眼差しでぼくを見つめる。
「多少マーケティングを齧るモデルはいても、データサイエンスを学んで、トレンド予測まで自分で行う者はそうそうおりません。加えてお嬢様は、いずれ自分のブランドを立ち上げるために、経営の勉強までなされていました。お嬢様ほど勉強熱心な方を、私は他に存じ上げません」
「そうですよ! オレーナさんは、すごいんですっ。日本一、いや世界一のモデルになる人なんですから! 今日だってほら、宇宙一かわいい!」
スマホに保存した試着画像を見て、凜さんは相好を崩した。
かわいい、無限に見ていられる、と蕩けるような笑み。ぼくはどう答えればいいのかわからなくて、口を噤む。
ほんとに、ぼくなんかにできるのかな?
今日だけでも数えきれないくらい聞かされた、オレーナさんを称える言葉。そんなすごい人の人生を守るなんて、本当にできるんだろうか?
モデルの仕事だって、今日は手だけだったからなんとかなったんだ。それを今後も続けていけるかと言うと……
「お待たせしました」
穏やかな女性の声がして、注文した商品が運ばれてくる。
縦長のリング状をした給仕用ロボットは、狭い店内を滑るように移動してきた。リングの上端、ロボットの前面にはタブレットが取り付けられており、可愛らしい三頭身のアバターが微笑んでいる。
給仕ロボットは、リングの穴の部分をこちらに向けて、ぴたりとテーブルの真横に停止する。
注文した商品の乗せられたトレーが、リングの間からガイドレールに沿って滑り出る。一段目を吐き出すと、リングの内周を上昇した二段目、三段目のトレーが同じ要領でテーブルに並べられた。
「あれ? オレーナさん、ケーキ頼みましたか?」
「あ、それ、わたしのぉー」
色とりどりのケーキが、どっさりと乗せられたトレーに、凜さんは目元を引きつらせた。
「あなた、こんなに食べるの?」
「ううん。みんなでー、ちょっとずつー、シェアして食べよー?」
「はあっ!?」
ちょっとリリア! と怒る凜さんを尻目に、画面の中のアバターが「ごゆっくりお寛ぎください」とお辞儀する。
そろそろと去って行く給仕用ロボットの姿を、ぼくは目で追った。
人を雇うより、ロボットを使うほうがトータルのコストは安い。人手不足に悩む外食産業では、大型店を中心にロボットの採用が相次いでいた。
小規模な店舗ではまだまだだが、人間より気楽に接せられるという声から、あえて導入するところも多いと──
「可愛らしいアバターですね」
ユエさんは、カウンターの向こうに消えていく給仕用ロボットを見つめて呟いた。
・給仕用ロボット
現実世界でも徐々に採用例が増えている。特に外食産業は常に人手不足なので、コロナの影響もあり今後増えていくと思われる。
・アバター
サマーウォーズとか、竜とそばかすの姫とか。アバター関連の産業は徐々に活況を呈しており、十年以内には国家が個人にそれぞれのアバターを配布するようになるのではないかという予測もある。
この世界ではまだそこまで達していないが、アバターはかなり日常に浸透している。




