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少女たちの日常1

次回は、明日の12時更新です。

 まさかとは思ったけど、ほんとにあれだけだった。


 スタッフさんたちに軽く挨拶をして、スタジオを出る。


 ビルの一階駐車場。ワンボックス車の座席にもたれながら、ぼくは曰く言い難い虚脱感に包まれていた。


 入るときは、あれだけ覚悟を決めてたのに。リリアさんの撮影を見て、あ、やっぱり切腹かなって思ったのに。蓋を開けてみれば、手だけの撮影だなんて、拍子抜けというかなんというか。


「大丈夫です。オレーナさんは、今日も完璧でしたから!」


 凜さんは、放心状態のぼくの手を握って、力強く断言した。


「オレーナさんはもう、オレーナさんというだけで意味があるんです」と頓智みたいなことを言ってくる。


「モデルは、商品のイメージを補強する存在なんですよ。現代は、“どこの製品であるか”よりも、“誰が紹介したか”、“誰が手にした商品であるか”のほうが重要なんです。手だろうが、足だろうが、モデルのオレーナが商品を身に着けて、広告にオレーナさんの身体が写っていることが大事なんです」


 そういうものなんだろうか? 門外漢のぼくには、あまりピンとこない話だった。









「ユエさん。この後って、なにか予定はありますか?」

「いいえ。どこか、お出かけになりますか?」


 唇に指を当てた凜さんは、しばし考え込む。


「……それじゃあ、目黒までお願いします。オレーナさん、ちょっと寄り道していきましょう」

「あ、私も行きたーい!」


 スタジオで一緒になったリリアさんを加えて、ぼくたちは出発した。


 目黒川沿いで車を降りると、凜さんは付近に並んだセレクトショップの一つへ。


「Lilium」と書かれた白亜の外観に、ぼくはたたらを踏む。記憶はないのに、自分には場違いなお店という感覚が襲ってきて、どうにも腰が引ける。


 外で待っているというユエさんと別れ、ぼくは意を決して店の扉をくぐった。店先のアバターが、綺麗な角度でお辞儀する。


「あ、Matsuo Suzukiの新作だー!」


 さっそく自由行動を始めたリリアさんを無視して、凜さんは店員さんに声を掛ける。


「すみません。少し商品を見せてもらいたいんですが」

「いらっしゃいませ、春日乃様。七々扇様。稲倉様。どうぞ、ゆっくり御覧になってください」


 現れた二十代後半ほどの女性が、慇懃な態度で頭を下げる。いかにも垢ぬけた店員さんに畏まられると、逆にぼくのほうが恐縮してしまった。


 店内には、なんだか高そうな洋服がずらり。ディスプレイの仕方も凝っていて、服屋というより美術館みたいだ。


 ふと服の値札に目をやったぼくは、危うく目を回しそうになる。

 お金持ちって、買い物するお店もすごいんだな。服一着に、ゼロがこんなにたくさん。


 圧倒されるぼくに対して、凜さんは真剣な面持ちでディスプレイされた服を見つめている。


「今年は、やっぱり柄物が強いですね。どこも、ポジティブやタフネスを前面に押し出してきてる」

「ここ数年は、各社とも主張の強いアイテムが充実していますね。サスティナブル指向は、もはやファッション業界の使命ですから、その中でいかに個性を出すかが重要に──」


 知らない固有名詞と、意味の分からない動詞が飛び交った末、凜さんはいくつかの洋服を手に取った。


「オレーナさん、ちょっとこれを着てみてください」


 お薦めされたらどうしよう、と背後に控えた別の店員さんにびくびくしていたぼくは、急いで試着スペースに移動した。


 店内の奥まった区画には、縦長の液晶パネルが並んでいる。

 見慣れた形式のAR端末に、ぼくは少しほっとした。これまでが別世界過ぎたので、こんなちょっとしたことでも安心感を覚えてしまう。


「こういうことは覚えてるんだな……」


 口の中で呟きながら、パネルの前に立つ。パネルの周辺に付いたカメラが起動して、オレーナさんの全身が大型の画面に映し出された。


 身体を左右に振って動作確認。凜さんが、服に付けられたタグを専用端末にかざすと、制服姿だったオレーナさんが、紺色のワンピース姿に変化した。


「オレーナさん、ちょっと首を傾げる感じで。もうちょっと腰を捻って。そうそう、イイ感じ。イイ感じですよー!」

「はあ~、かわいい~」

「どの角度から見ても美人ですわ~」


 画面に映ったAR画像を見て、店員さんたちが沸き立つ。凜さんは、端末の保存ボタンを連打しながら、次々とポーズを指示してくる。


 動きもポーズも見よう見真似。なにが正解かもわからない。それでも、それっぽい仕草をしていると、気分が高揚してくるのを感じた。


 やっぱり、見た目が美人だからだろうか? オレーナさんになり切る演技をしてるみたいで、ちょっとだけ楽しい。


 結局、ARで20着近く試着を済ませて、ぼくたちは店を出た。


「あとでシェアしますね!」


 凜さんはスマホに保存した試着画像を手に、店員さんたちと盛り上がっている。


 後で知ったことだが、ここはオレーナさんがモデルを始めた頃から、お世話になっているお店らしい。AR画像を商品のPR用に提供したり、お店のイベントに参加しているうちに、店員さんたちもオレーナさんのファンになったそうだ。

 都内には、そうやってオレーナさんを応援してくれるお店が何軒もあると、ユエさんは教えてくれた。


 その後、ぼくたちは周辺のアパレルショップを、手当たり次第に覗いて行った。どのお店も独自のコンセプトを掲げていて、レディースだけでなく、メンズを中心に扱っているお店や、ストリート、ロック、コンサバ、ガーリッシュ(全部凜さんに教えてもらった)と、系統も様々。


 他にも化粧品店や雑貨店、インテリアショップと、凜さんは目まぐるしく歩き回る。


「今日はお買い物より、市場調査がメインなんです」


 中目黒を中心として、祐天寺、恵比寿、代官山、三軒茶屋、自由ヶ丘周辺にはアパレル関係のショップが集中している。住人も比較的若い世代が多く、ネットが発達した現代でも、トレンドやカルチャーの発信地として強い影響力がある。だから、モデルとしてのセンスを磨くためには、絶好の場所なのだと凜さんは言った。


「百均のコスメはかなり充実してますし、実用性も高いですからね。特に学生のトレンドを知るなら、ここが一番なんですよ」


 じっと化粧品コーナーを観察する凜さんの横顔に、ぼくは吐息した。


 すごいんだな、モデルさんって。朝からあんなにトレーニングしてるのに、さらにこんな努力まで。


 次はドラッグストアへ、とすたすた歩き出す凜さんの背中に、ぼくはひたすら圧倒された。

・Matsuo Suzuki

 松尾スズキ。作者が好きなだけで、特に意味はない。

 

・AR端末

 この作品はちょっとだけ先の時代を舞台にしているが、ARの試着システムに関しては現実の世界にも既に存在している。まだ数は少ないが、大型店を中心に徐々に増えていくと思われる。


・東京の地理に関して

 作者は関西在住なので、東京の地理に関してはあまり詳しくない。グーグルマップとアースで勉強してはいるが、いかんせん知識が足りないのでおかしなところが出てくるかもしれない。

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