蛍はいつも泣いている 2
「なにも、なにも、い、いないよね。
もう!ビビらせないでよ」
尚美は恐怖を振り払うように呟く。そして、カーテンを閉め、部屋を出ようとした、その時だ。
カツン、カツン、カツンと何かが床に跳ねる乾いた音が響いた。
尚美は音のした方にライトを向ける。白色LEDの光の中で円く小さなものが光を反射する。
尚美は床に落ちているそれを拾い上げた。
ボタンだった。
どこかで見覚えがあった。尚美は自分の胸元のボタンと見比べてみる。
それはナース服のボタンだった。
昼間、誰かが落としたのか、と尚美は首をかしげる。いや、ボタンはつい今、転がってきたのだ。
カツン カツン カツ カツ
乾いた音がすると足元にボタンがまたひとつ転がってきた。
尚美はしゃがんでそのボタンを手に取る。
ヌルリ
ボタンを手にしたとたん指の先に嫌な感触が広がった。驚いてボタンを裏返すと一面赤く濡れている。
血!?
職業柄、一瞬で分かる。と、同時に背筋に氷を当てられたような悪寒が走った。
コロ コロ コロ コロ
三度、ボタンを転がってきて、ナースシューズの爪先にコツンと当たり、止まる。ボタンはベッドの下から転がってきた。
少し収まりかけていた尚美の心拍数が一気に跳ね上がる。額に嫌な汗が滲み、息苦しくなる。
尚美はゆっくりと
ゆっくりとベッドの下を除こむ。
老婆がいた。白眼を剥いた老婆がベッドの下にうずくまっていた。
ニタアと笑うと、老婆は固まっている尚美をひっつかむとベッドの下に引きずりこむ。
抵抗するように尚美はベッドの下から足を出し、バタバタとさせていたが、すぐに引き込まれる。
後には誰もいない病室だけが残った。
《あなたは死亡しました。
バッドエンド 08》
ノートパソコンの画面にそんな表示が現れる。
「あーーー、また、バッドエンド。
尚美ちゃん、死んじゃったよ~」
亜美の悲痛な叫びに隣の佐倉さんの検温をしていた早瀬尚美が振り返った。
「な、なに、不吉なことを叫んでますか」
「えっ?
うんとね、これ。
昨日ね、蛍にパソコンゲームを借りたんだけど。それが上手く行かなくて」
「パソコンゲームですか」
「そうそう。病院で起こる怪奇現象の謎を新人看護師が解決するの」
「新人看護師……
それで私の名前を主人公につけたと」
「あはは。もう、新人看護師ってなった時点で尚美さんの名前しか浮かばなかったの。
でも、尚美さんの名前にしておいて良かった。
なんなこのゲーム、難しくて、すぐ死んじゃうのよね。
うっかり自分の名前をつけていたらいやぁ~な気分になってるところだった」
「いや、いや、いや、いや。
その代わり私がいやぁ~な気分になりますって」
「尚美さんなら大丈夫よ」
「久野さん、たまにそーいう適当なコメントをしますよね」
尚美は苦笑しながらノートパソコンの画面を覗き見た。崖の上に建つ薄汚れた病院が時折発光する稲光の中に浮き上がる不気味なオープニング画面だった。亜美はメニューからセーブデータを読み出そうとしていた。
「お手柔らかにしてくださいね」
尚美は一言残すと病室から出ていく。はぁ~い、という気のない返事が背後から追いかけてきた。
2019/09/01 初稿




