蛍はいつも泣いている 1
尚美って誰だっけ?と思われる方もおられましょう。
看護師さんです。
いろいろ便利に使わせてもらつてます。
尚美は振り返ると暗い廊下の先を伺った。
誰もいない。廊下のずっと奥。緑色の非常口のライトが頼りな気に瞬いているだけだった。
誰もいないよね
尚美は心の中でそっと呟く。
真夜中の病棟。人がいるのがおかしい。
尚美は気を取りなおし、見回りをを再開する。
カカツン カカツン
歩く度に足音が廊下に響く。昼はちっとも気にならないのにどうして夜はこんなに足音が響くのだろうと尚美は思う。
カカツン カカツン
ああ、本当に嫌になる。なんでこんなに足音が……!?
尚美は足を止める。
カカツン
耳を澄ます。何も聞こえない。
気のせい?
足音が重なっている?
尚美はゆっくり歩いてみた。
カカツン
今度は少し駆け出す。
カカツン カカツン カカツン カカツン
急に立ち止まる。
カツ カツン
尚美の心臓がピクリと跳ねた。自分以外の足音がした。確かにしたのだ。
尚美は後ろをむく。
「ひっ!」
思わず声が出た。廊下の先の行き止まり、T字になっている廊下をなにか黒い影がスッと横切った。
このまま見なかったことにして見回りを続ける、かそれとも、影の正体を突き止める、かだ。
どうしよう、と尚美は思った。
正直にいえば、このまま何事もなかったように見回りを続けたかった。しかし、もしかしたら患者さんが何かの事情でさ迷っているのかも知れない。ならば患者さんを保護するのも見回りの勤めだ。
そう思い直すと、尚美は勇気を出して廊下を戻った。
影が向かった方の廊下をペンライトで照らす。
誰もいない。
目の迷いだったのか、と思ったが一応廊下の端まで行く。
何の異常もないと思った時、尚美は病室の扉が一つ、少し開いているのに気がついた。
そこは無人の病室のはずだった。念のために名札を確認するが、白札がかかっていた。やはり誰もいない病室だ。
部屋を確認するか、気にせず立ち去るか俊巡する。
尚美は確認すると決めると部屋の扉をあけた。
「誰かいますか?」
ドアのところから恐る恐る顔を覗かせる。
部屋は定員四人の大部屋でベッドが4つ設置されていた。ベッドを仕切るカーテンの3つまでは開いていて、ベッドが空なのを確認できた。しかし、一番奥のベッドだけは何故かカーテンが閉められ、見えなくなっていた。
風のせいか、カーテンがゆらゆらと揺れていた。
……風?
尚美は窓の方へライトを向けた。
窓は閉めきられていて風が吹き込んでくるようには見えない。
首の裏の産毛がぞわりと逆立った。
「誰かいるんですか?」
尚美は揺れるカーテンに向かって声をかけた。すると、カーテンの揺れがピタリと止まった。
そして、重苦しい静寂。
心臓が耳鳴りのようにうるさく耳元で響く。
「誰かいますか?」
もう一度問いかけるが、答えはない。
尚美は意を決すると、ベッドに近づき、カーテンに手をかける。
シャッ!
一気にカーテンを引き払う。
空っぽだった。
ベッドには枕がひとつ。その傍らにきれいに畳まれたシーツの山があるきりだった。
尚美は大きく胸を撫で下ろした。
「なにも、なにも、い、いないよね。
もう!ビビらせないでよ」
思わず、そんな一人言が漏れた。
カーテンを閉め、部屋を出ようとした。
その時……
2019/08/25 初稿
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