第6話 魔物の王様、最初のお仕事は食料調達でした
「王よ! 重大な問題が発生しました!」
「……王じゃないよ」
「我らの国が、滅亡の危機に瀕しております!」
「……国でもないよ」
「このままでは、全員が飢え死にします!」
「それは大問題だね!?」
追放されて、二日目の朝。
僕は、妖精の悲痛な叫び声で目を覚ました。
古代遺跡の地下広間。
昨夜は疲れ果てて、床に敷いた古い布の上で眠ってしまったらしい。
身体が痛い。
特に左腕。
昨日、灰牙狼に引っかかれた傷が、まだじんじんする。
でも、それ以上に。
「……お腹空いた」
ぐううう。
僕のお腹が、情けない音を立てた。
ぽよん。
胸の上で寝ていたポヨが、嬉しそうに跳ねた。
「……ポヨ。君も?」
ぽよぽよ!
「……そっか」
僕はため息をついた。
昨日、残っていたパンは全部食べてしまった。
栽培区画では、小さな赤い実がいくつか育ち始めている。
けれど、それだけで三十七匹の魔物と僕の食事を賄えるはずがない。
しかも、あの実は人間が食べても安全かどうかわからない。
「……困ったね」
「王よ!」
妖精が、僕の目の前に飛んできた。
薄緑色の光をまとった、小さな身体。
背中には、透き通った羽。
昨夜、僕のことを勝手に魔物の王だと宣言した子だ。
「ご安心ください! この私が、すでに対策を考えております!」
「……本当?」
「はい!」
妖精は、胸を張った。
「まず、森中の魔物に王の存在を知らしめ、忠誠を誓わせます!」
「……うん?」
「次に、各地から食料を献上させます!」
「……ちょっと待って」
「そして、逆らう者には――」
「待って待って待って!」
僕は慌てて両手を振った。
「それ、だめだよ!」
「……なぜですか?」
「だって、食べ物を無理やり取ったら、相手が困るでしょ」
「……しかし、王のためには」
「僕のためじゃなくて、みんなのために考えようよ」
妖精が、ぴたりと止まった。
「……みんなの、ため」
「うん」
僕は笑った。
「誰かが困る方法じゃなくて、できればみんなが助かる方法がいいな」
妖精は、しばらく黙っていた。
そして。
「……おおおおお!」
突然、涙を流し始めた。
「なんという深遠なる統治理論……!」
「……いや、そんな大げさな」
「略奪による短期的利益を否定し、持続可能な共生社会を目指されるとは……!」
「……言ってないことまで増えてる」
「王よ! この私、一生ついてまいります!」
「……だから、王じゃないってば」
ぽよぽよ。
ポヨが、僕の膝の上で震えていた。
……絶対、笑ってる。
◇
「まずは、食べられるものを探そう」
僕は、遺跡の入口でそう宣言した。
目の前には、三匹の魔物。
ポヨ。
幼い妖狐。
そして、昨日見つけた小さな霊鳥。
妖精は、僕の肩の上に座っている。
「王よ! 出陣でございます!」
「……ただの食料探しだよ」
「食料確保こそ、国家の最重要課題!」
「……それは、そうかもしれないけど」
僕は苦笑した。
昨日集まった三十七匹の魔物たちは、遺跡の中で休んでいる。
怪我をしている子も多い。
だから、今日は元気な子だけで森へ出ることにした。
もちろん、無理はしない。
危険な魔物がいたら、すぐに逃げる。
それが、今日の約束だった。
「……狐さんも、よろしくね」
「きゅっ!」
幼い妖狐は、ぷいっと顔をそむけた。
相変わらず、素直じゃない。
でも、昨日より少しだけ距離が近い気がする。
僕は笑った。
「じゃあ、行こうか」
ぽよん!
ぴぃ!
「王の御出陣です!」
「……だから、食料探しだってば!」
こうして、僕たちの初めての森の探索が始まった。
◇
森の中を歩きながら、僕は周囲を観察した。
昨日は気づかなかったけれど、灰霧の森にはさまざまな植物が生えている。
赤い実。
青い花。
大きな葉。
地面から突き出した、奇妙な形の茸。
でも、どれが食べられるのかわからない。
「……困ったな」
僕は、近くにあった赤い実を見つめた。
すると。
【植物:赤実草】
【食用適性:一部魔物に適合】
【人間への安全性:未確認】
「……やっぱり」
進化先を見る能力は便利だけれど、何でもわかるわけではない。
植物については、簡単な情報しか表示されない。
しかも、人間が食べられるかどうかは、ほとんどわからない。
僕は、ため息をついた。
「……どうしよう」
そのとき。
「きゅっ!」
幼い妖狐が、僕の袖を引っ張った。
「……ん?」
「きゅきゅっ!」
狐は、森の奥を指すように尻尾を振っている。
「……何かあるの?」
「きゅっ!」
僕は少し考えた。
この子は、森で暮らしていた。
もしかすると、食べ物がある場所を知っているのかもしれない。
「……案内してくれる?」
「きゅっ!」
狐は、すぐに走り出した。
僕たちは、その後を追った。
しばらく進むと。
「……あ」
木々の間に、小さな空き地があった。
そこには、低い木が何本も生えている。
枝には、黄色い実がたくさんついていた。
「……果物?」
僕は近づいた。
すると。
【植物:陽蜜果】
【状態:成熟】
【食用適性:人間・多数の草食性魔物に適合】
【注意:未熟果には軽度の毒性あり】
「……食べられる!」
僕は思わず声を上げた。
人間も食べられる。
しかも、熟している。
「すごいよ、狐さん!」
「きゅっ!」
狐は、得意げに胸を張った。
「ありがとう!」
僕が笑うと、狐は一瞬だけ固まった。
そして。
「……きゅ」
ぷいっと顔をそむけた。
……照れているのかな。
僕は少し笑った。
「じゃあ、みんなで集めよう」
ぽよん!
ポヨが跳ねた。
そして。
にゅるるる。
身体を細く伸ばし、木の枝に絡みついた。
「……ポヨ?」
ぽよん!
枝が揺れる。
ぽとぽとぽと。
黄色い実が、次々と落ちてきた。
「……おお!」
僕は驚いた。
「すごい! ポヨ、そんなこともできるんだ!」
ぽよぽよ!
ポヨは、さらに得意げに震えた。
僕は落ちてきた実を拾い集めた。
けれど。
「……あれ?」
鞄が、すぐにいっぱいになってしまった。
まだ、木にはたくさんの実がある。
でも、これ以上は持てない。
「……どうしよう」
そのとき。
妖精が、僕の肩から飛び立った。
「王よ! ここは私にお任せを!」
「……何かできるの?」
「もちろんです!」
妖精は、両手を広げた。
そして。
「森の小さき者たちよ! 我が王の御前に集え!」
澄んだ声が、森に響いた。
……しん。
何も起こらない。
「…………」
僕は、妖精を見た。
「……あの」
「……少々、お待ちください」
妖精の顔が、赤くなった。
そして、もう一度。
「森の小さき者たちよ! 我が王の――」
がさがさ。
茂みが揺れた。
「……え?」
小さな角兎が、顔を出した。
続いて。
小さな蜥蜴。
丸いスライム。
そして、見たことのない小動物のような魔物たち。
「……あれ?」
僕は目を丸くした。
どうやら、妖精の声に反応して集まってきたらしい。
妖精は、満面の笑みを浮かべた。
「ご覧ください、王よ!」
「……すごいね」
「当然です!」
妖精は胸を張った。
「我が王の威光は、すでに森中へ――」
「……でも、みんなに無理はさせないでね」
「……はい?」
「手伝ってくれるなら嬉しいけど、嫌なら帰っていいから」
僕は、集まってきた魔物たちに声をかけた。
「よかったら、果物を運ぶのを手伝ってくれる?」
魔物たちは、しばらく僕を見つめていた。
そして。
きゅる。
ぽよん。
ぴよ。
少しずつ、近づいてきた。
僕は笑った。
「ありがとう」
その瞬間。
【集団協力を確認】
【複数種族間の自発的協力:成立】
【共生適性:上昇】
視界に文字が浮かんだ。
「……また?」
僕は首をかしげた。
でも、今はそれどころではない。
果物を運ばなければ。
僕たちは、協力して実を集め始めた。
ポヨが枝を揺らす。
狐が落ちた実を集める。
小さな魔物たちが、葉を器のように使って運ぶ。
霊鳥は、上空から周囲を見張ってくれた。
妖精は、なぜか全員に号令をかけていた。
「第一収穫隊! 前進!」
「……そんな大げさな」
「第二輸送隊! 積載確認!」
「……ただの果物だよ」
「第三警戒隊! 周辺の安全を確保せよ!」
「……それは助かるかも」
僕は思わず笑った。
でも。
不思議なことに、作業はどんどん進んでいった。
一匹ではできないことも、みんなで協力すればできる。
それは、思っていた以上に楽しかった。
◇
「……ふう」
しばらくして。
僕たちは、たくさんの陽蜜果を集めることができた。
大きな葉で作った包みが、いくつも並んでいる。
これなら、少なくとも今日の食事は何とかなりそうだ。
「……よかった」
僕は、ほっと息をついた。
そのとき。
ぐるるる……。
低い唸り声が聞こえた。
「……え?」
僕は、ゆっくりと振り返った。
茂みの向こう。
赤い目が、こちらを見つめていた。
灰色の毛並み。
黒い棘のような背中。
鋭い牙。
「……灰牙狼?」
昨日、僕たちを襲った魔物と同じ種類だ。
しかも。
一匹ではなかった。
二匹。
三匹。
四匹。
茂みの奥から、次々と姿を現す。
「……っ!」
僕は息をのんだ。
まずい。
昨日は一匹相手でも、死にかけた。
それが、四匹。
しかも、今は周囲に小さな魔物たちがいる。
逃げようにも、全員が逃げ切れるとは思えない。
「……みんな、下がって」
僕は、ゆっくりと前に出た。
ポヨが、僕の足元へ。
狐が、尻尾の炎を灯す。
霊鳥が、僕の肩で小さく鳴いた。
妖精は、顔を青くしている。
「お、王よ……!」
「……大丈夫」
僕は、できるだけ落ち着いた声で言った。
「まず、逃げ道を探そう」
狼たちが、ゆっくりと近づいてくる。
僕は周囲を見回した。
木々。
茂み。
果物の木。
そして、足元の地面。
……何か、使えるものはないだろうか。
そのとき。
視界に、文字が浮かんだ。
【灰牙狼】
【状態:空腹】
【群れ行動:四個体】
【警戒対象:共鳴スライム】
【攻撃意思:不安定】
「……え?」
僕は、思わずポヨを見た。
狼たちは、ポヨを警戒している?
昨日、ポヨが進化して、水と炎を使ったからだろうか。
いや。
それだけではない気がする。
狼たちは、僕の方を見ている。
正確には。
僕の胸元。
母の形見の石がある場所を。
「……まさか」
僕は息をのんだ。
昨日の灰牙狼も、最後に石の方を見ていた。
偶然ではないのかもしれない。
そのとき。
群れの一匹が、前へ出てきた。
額に、小さな傷がある。
僕は目を見開いた。
「……君、昨日の?」
狼は、じっと僕を見つめた。
そして。
ぐるる……。
低く唸った。
けれど、襲いかかってはこなかった。
代わりに。
ゆっくりと、頭を下げた。
「…………え?」
僕は固まった。
狼が、頭を下げた?
その瞬間。
視界に、新しい文字が浮かんだ。
【灰牙狼】
【状態:警戒・負傷】
【敵対意思:低下】
【行動目的:未確定】
僕は、狼を見た。
狼は、ゆっくりと顔を上げた。
そして。
くるりと背を向けた。
数歩進んで、振り返る。
まるで。
ついてこい、と言っているようだった。
「……どこかに、案内したいの?」
狼は、低く鳴いた。
そのとき。
霊鳥が、僕の肩で小さく歌った。
ぴぃ……。
頭の中に、短い光景が浮かぶ。
銀色の毛並み。
黒い鎖。
そして。
青白い炎に包まれた、巨大な獣。
「……っ!」
僕は思わず息をのんだ。
昨日、霊鳥が見せた光景と似ている。
でも、今度は。
その巨大な獣が、苦しそうにこちらを見ていた。
そして。
誰かの声が、聞こえた気がした。
『……助けて』
僕は、ゆっくりと目を開けた。
灰牙狼たちは、まだ待っている。
ポヨが、僕の足元で静かに震えた。
ぽよ。
狐も、警戒しながら狼たちを見ている。
妖精が、小さな声で言った。
「……王よ」
「……うん」
「どうなさいますか?」
僕は、しばらく考えた。
正直、怖い。
狼たちが罠を仕掛けている可能性だってある。
それに、遺跡にはお腹を空かせた魔物たちが待っている。
今すぐ森の奥へ行くわけにはいかない。
だから。
「……今日は、帰ろう」
僕は、狼たちに向かって言った。
「ごめんね。今は、待っている子たちがいるんだ」
狼たちは、じっと僕を見ていた。
「でも、もし困っている子がいるなら……」
僕は、少しだけ笑った。
「明日、もう一度ここに来るよ」
額に傷のある狼が、低く鳴いた。
そして、ゆっくりと森の奥へ戻っていった。
残りの三匹も、その後を追う。
僕は、しばらくその背中を見つめていた。
……何だったんだろう。
でも。
あの狼たちは、何かを伝えようとしていた。
そんな気がした。
◇
遺跡へ戻ると、魔物たちが一斉に集まってきた。
ぴよぴよ!
ぽよぽよ!
きゅるる!
「……ただいま」
僕は笑った。
「みんな、お腹空いたよね」
集めた陽蜜果を、食べられる種類の魔物たちへ分けていく。
もちろん、全員が食べられるわけではない。
肉食の魔物もいる。
魔力を食べる魔物もいる。
だから、食料問題が解決したわけではなかった。
それでも。
今日、僕たちは初めて、自分たちの力で食べ物を集めた。
それは、小さな一歩だった。
僕は、ポヨを抱き上げた。
「……ありがとう」
ぽよん!
「狐さんも、ありがとう」
「きゅっ!」
「鳥さんも」
ぴぃ!
「妖精さんも」
「王よ! 当然の務めでございます!」
「……うん。ありがとう」
僕は笑った。
そして、ふと思った。
「……みんな、名前があった方がいいかな」
ポヨには、名前がある。
でも、狐も、鳥も、妖精も。
まだ、名前がない。
僕は、幼い妖狐を見た。
「……君、名前つけてもいい?」
狐は、じっと僕を見つめた。
そして。
「……きゅ」
小さく鳴いた。
僕は少し考えた。
赤茶色の毛並み。
金色の瞳。
青白い炎。
そして、ちょっとだけ意地っ張りな性格。
「……ルナ、ってどうかな」
狐は、ぴたりと止まった。
「……嫌?」
しばらく沈黙。
そして。
「……きゅっ!」
狐が、僕の膝へ飛び乗った。
僕は驚いた。
「……気に入った?」
「きゅうっ!」
尻尾が、嬉しそうに揺れている。
「……よかった」
僕は笑った。
その瞬間。
【個体名:ルナ】
【種族:幼体妖狐】
【信頼度:上昇】
【進化条件の一部を達成】
「……え?」
僕は目を見開いた。
名前をつけただけなのに。
進化条件?
どういうことだろう。
そのとき。
ルナの身体が、淡く光った。
「……ルナ?」
金色の瞳が、僕を見つめる。
そして。
ぽんっ!
小さな音とともに、青白い炎が三つ、宙に浮かんだ。
「……ええっ!?」
僕は驚いた。
今まで、炎は一つか二つしか出せなかったのに。
ルナは、得意げに胸を張った。
「きゅっ!」
ポヨが、僕の腕の中で震えた。
ぽよぽよ!
……どうやら、負けたくないらしい。
僕は苦笑した。
「……二匹とも、仲良くしてね」
そのとき。
妖精が、突然叫んだ。
「王よ!」
「……今度は何?」
「重大な発見でございます!」
「……え?」
妖精は、ルナを指さした。
「王が名を授けた瞬間、魔力が増大しました!」
「……うん」
「つまり!」
妖精は、目を輝かせた。
「王の御名には、魔物を進化させる神聖なる力があるのです!」
「……いや、違うと思う」
「皆の者! 聞くがよい!」
「……待って」
「我らが王は、名を授けるだけで魔物を進化させることができる!」
「待ってってば!」
その瞬間。
広間にいた魔物たちが、一斉に僕を見た。
ぽよ。
ぴよ。
きゅる。
……嫌な予感がする。
そして。
どどどどどっ!
三十七匹の魔物たちが、一斉に僕の方へ押し寄せてきた。
「……えええええっ!?」
僕は、思わず叫んだ。
「ちょっと待って! 名前をつけても、みんなが進化するわけじゃないから!」
けれど。
妖精は、すでに感極まっていた。
「王よ! どうか、我ら全員に祝福の御名を!」
「だから違うってばあああ!」
僕の叫び声が、古代遺跡に響き渡った。
……こうして。
追放された僕の二日目は。
なぜか、三十七匹の魔物たちの命名会議で終わることになった。
そして、その夜。
僕が眠りについた後。
古代遺跡の水晶に、新たな警告が浮かび上がった。
【北部封印領域:魔力汚染拡大】
【対象個体:銀狼王】
【精神侵食率:上昇】
【警告】
【封印維持限界まで、推定七日】
水晶は、静かに光り続けていた。
その警告を。
まだ、誰も知らなかった。




