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第5話 追放された僕の家に、魔物が三十七匹やってきた

「……三十七匹?」


『正確には、三十七個体です』


「……全部、魔物?」


『はい』


「……危険な魔物もいる?」


『はい』


「……帰ってもらうことは?」


『可能です』


「よかった!」


『ただし、施設外で死亡する可能性が高い個体が十一体存在します』


「…………」


 僕は黙った。


 古代遺跡の地下広間。


 目の前の巨大な水晶は、相変わらず淡々と光っている。


 ポヨは僕の足元で跳ね回り、幼い妖狐は少し離れたところで毛づくろいをしていた。


 僕はもう一度、水晶を見上げた。


「……十一匹、死んじゃうかもしれないの?」


『はい』


「どうして?」


『負傷、衰弱、飢餓、外敵からの逃走など、理由はさまざまです』


 僕は、しばらく考えた。


 今日、僕は家を追い出された。


 行く場所がなくて、食べるものもなくて、どうしようかと思っていた。


 そんな僕に、ここは寝る場所をくれた。


 だったら。


「……会ってみたい」


『確認します』


「うん」


『接近中の三十七個体を、施設内へ受け入れますか?』


「全員じゃなくていい。まず、危険がないか確かめてからにしたい」


『合理的判断です』


 ……初めて褒められた気がする。


「ありがとう」


『感謝の意図を解析できません』


「……そっか」


 僕は少し笑った。


「じゃあ、案内してくれる?」


『承知しました』


 水晶が青く光った。


【安全区域:第一段階】


【地上入口の監視機能を起動】


【侵入危険度を判定中】


 広間の壁に、光の絵が浮かび上がった。


 そこには、遺跡の入口が映っていた。


「……えっ!?」


 僕は思わず近づいた。


 石扉の前。


 月明かりに照らされた地面。


 そこに。


「…………」


 いた。


 ものすごく、いた。


 小さな魔物たちが、石扉の前に集まっていた。


 丸い身体のスライム。


 角の生えた兎。


 羽の短い鳥。


 小さな蜥蜴。


 木の実のような姿をした精霊。


 見たことのない生き物もいる。


 みんな、思い思いに動いていた。


 ぴよぴよ。


 きゅるきゅる。


 ぽよぽよ。


 がさがさ。


 ……まるで、森の動物たちの集会だった。


「……本当に三十七匹いるんだ」


『はい』


「……どうして、ここに?」


『施設の再起動により、周辺の魔力環境が変化しました』


「魔力環境?」


『安全区域の防護結界と、休息区画の微弱な回復魔力が外部へ漏出しています』


「……それで?」


『負傷個体や衰弱個体が、魔力に誘引されたと推定されます』


 なるほど。


 ここが安全そうだから、集まってきたんだ。


 ……いや。


 安全そうに見えるだけで、本当に安全かどうかはわからない。


「……危険な魔物は?」


『現在、敵対行動を示す個体は確認されていません』


「……じゃあ、まず怪我をしている子から入れてあげよう」


『承知しました』


 水晶が光った。


 石扉の前に、青い線が浮かび上がる。


 そして、負傷した魔物たちだけが通れる、小さな入口が開いた。


「……すごい」


 僕は感心した。


 でも、その直後。


 どたどたどたっ!


 小さな足音が、地下へ続く階段から聞こえてきた。


「……え?」


 僕が振り返ると。


 丸いスライムが二匹。


 角兎が一匹。


 小鳥が三羽。


 小さな蜥蜴が一匹。


 そして、見たことのない毛玉のような魔物が一匹。


 合計八匹が、地下広間へ飛び込んできた。


「……ちょっと待って!」


 僕は慌てて両手を広げた。


「順番! 順番に入って!」


 ぽよぽよ!


 きゅる!


 ぴよぴよ!


 ……誰も聞いていない。


 そのとき。


 ぽよーん!


 ポヨが、僕の前に飛び出した。


 そして。


 ぶしゃっ!


 小さな水の壁を作った。


「……えっ?」


 魔物たちが、ぴたりと止まった。


 ポヨは、ぷるぷる震えている。


 まるで。


 ここから先は、勝手に入っちゃだめ!


 と言っているようだった。


「……ポヨ」


 僕は思わず笑った。


「ありがとう」


 ぽよん!


 ポヨは得意げに跳ねた。


 その横で。


「きゅっ!」


 幼い妖狐が、尻尾の先に青白い炎を灯した。


 魔物たちが、さらに静かになる。


「……狐さんも、ありがとう」


「きゅっ!」


 ぷいっ。


 ……相変わらず、素直じゃない。


 でも、助かった。


 僕は一匹ずつ、魔物たちの様子を確認することにした。


     ◇


「……この子、足を怪我してる」


 僕は角兎を抱き上げた。


 小さな後ろ足に、傷がある。


 血は止まっているけれど、歩くたびに痛そうだった。


【種族:角兎】


【状態:軽度負傷】


【進化可能性:三系統】


【推奨環境:草地・清浄な水・安定した魔力】


「……やっぱり」


 僕には、魔物の進化先が見える。


 そして、最近わかったことがある。


 進化先だけではなく、その魔物に適した環境も、少しだけわかるらしい。


 ただし、全部ではない。


 見えない部分も多い。


 それでも、役には立つ。


「この子は、草がある場所がいいみたい」


『施設内に小規模な栽培区画が存在します』


「……本当?」


『はい。ただし、現在は休眠状態です』


「使える?」


『限定的に可能です』


「じゃあ、そこへ案内してほしい」


『承知しました』


 水晶が光った。


 広間の横にあった石扉が開く。


 その向こうには、小さな部屋があった。


 天井には、青白い光石。


 床には、土が敷かれている。


 ところどころに、枯れた草が残っていた。


「……ここなら、少しは落ち着けるかな」


 僕は角兎をそっと下ろした。


 角兎は、しばらく周囲を見回した。


 そして。


 ぴょん。


 小さく跳ねた。


「……よかった」


 僕は笑った。


 次は、小鳥たち。


 三羽のうち、一羽は翼を痛めていた。


 もう一羽は、ひどく痩せている。


 最後の一羽は、特に怪我はなさそうだった。


 けれど。


「……君、何か変だね」


 僕は、一番小さな鳥を見た。


 白と薄い金色の羽。


 頭には、小さな冠のような羽毛。


 目は、深い青色。


 その鳥は、僕をじっと見ていた。


【種族:幼体霊鳥】


【状態:魔力不足】


【進化可能性:複数】


【希少進化候補:霊炎鳥】


【未発見進化:??????】


「……霊鳥?」


 僕は首をかしげた。


 普通の小鳥ではないらしい。


 すると。


 その鳥が、小さく鳴いた。


「……ぴぃ」


 澄んだ声だった。


 まるで、鈴の音のように。


 その瞬間。


 僕の胸元の石が、かすかに温かくなった。


「……また?」


 僕は革袋を押さえた。


 鳥は、僕の胸元を見つめている。


 そして。


「……ぴぃ、ぴぃ」


 不思議な節回しで、歌い始めた。


 その声を聞いた瞬間。


 僕の頭の中に、短い光景が浮かんだ。


 真っ白な雪。


 銀色の巨大な影。


 そして。


 青白い炎に包まれた森。


「……っ!」


 僕は思わず目を閉じた。


 光景は、すぐに消えた。


「……今の、何?」


 鳥は、何事もなかったように首をかしげている。


 僕はしばらく、その姿を見つめた。


 ……不思議な子だ。


 でも、怖くはなかった。


「……君も、ここで休んでいく?」


 ぴぃ。


 鳥は、小さく鳴いた。


 そして、僕の肩に飛び乗った。


「……あ」


 僕は驚いた。


 でも、すぐに笑った。


「……よろしくね」


 その瞬間。


 ぽよん!


 ポヨが、僕の腕の中で跳ねた。


 ……どうやら、肩を取られたのが気に入らないらしい。


「……ポヨ。君はここにいるでしょ」


 ぽよぽよ!


 今度は、狐が近づいてきた。


「きゅっ!」


 僕の足元で、尻尾を振っている。


「……君も?」


「きゅうっ!」


 どうやら、抱っこしてほしいらしい。


 僕は苦笑した。


「……僕、腕が二本しかないんだけど」


 ぽよん!


「きゅっ!」


 ぴぃ!


 三匹が、同時に鳴いた。


 ……困った。


 でも、ちょっと嬉しい。


     ◇


 それから一時間。


 僕は、ひたすら魔物たちの世話をしていた。


 怪我をしている子を休ませる。


 水を飲ませる。


 寒がっている子には、布を敷く。


 喧嘩しそうな子は、少し離れた場所へ移す。


 簡単なことばかりだ。


 でも、三十七匹もいると、ものすごく大変だった。


「……はあ」


 僕は床に座り込んだ。


 疲れた。


 腕も痛い。


 お腹も空いた。


 そして。


「……食べ物がない」


 ぽよ?


「……いや、ポヨ。君が食べちゃったからね」


 ぽよん。


 ……反省しているのか、していないのか。


 僕はため息をついた。


 水はある。


 寝る場所もある。


 でも、食料がない。


 これでは、みんなを助けられない。


「……どうしよう」


 僕は、周囲を見回した。


 角兎。


 スライム。


 小鳥。


 蜥蜴。


 毛玉のような魔物。


 みんな、少しずつ落ち着いてきている。


 でも、お腹が空いている子も多い。


 このままでは、明日には困るだろう。


 そのとき。


 視界に、文字が浮かんだ。


【施設管理情報】


【現在の受入個体数:三十七】


【食料備蓄:なし】


【栽培区画:休眠】


【魔力循環:低下】


【推奨対応:食料生産機能の復旧】


「……食料生産?」


 僕は顔を上げた。


「ここで、食べ物を作れるの?」


『可能です』


 水晶の声が響いた。


「……本当?」


『ただし、栽培区画の再起動には、土属性魔力が必要です』


「土属性……」


 僕は考えた。


 僕が使えるのは、水属性の魔法だけ。


 しかも、水滴を出す程度。


 ポヨは、僕の水属性を模倣できる。


 狐は、幻炎。


 鳥は、まだよくわからない。


 土属性の魔力を使える魔物なんて、ここには……。


 いや。


「……いるかもしれない」


 僕は、周囲を見回した。


 そして、一匹ずつ、魔物たちの情報を確認していった。


【種族:下級スライム】


【属性:無】


【種族:角兎】


【属性:微弱な風】


【種族:幼体岩蜥蜴】


【属性:土】


「……いた!」


 僕は思わず声を上げた。


 小さな蜥蜴。


 灰色の鱗。


 背中には、石のような突起がある。


 さっきから、壁際でじっとしていた子だ。


「……君、土属性なんだね」


 きゅる。


 蜥蜴が、こちらを見た。


「お願いがあるんだけど」


 僕は、ゆっくりと近づいた。


「少しだけ、力を貸してくれない?」


 蜥蜴は、じっと僕を見ていた。


 そして。


 きゅるる。


 小さく鳴いた。


 僕は、そっと手を差し出した。


 蜥蜴が、その手に前足を乗せる。


 すると。


【魔力適性を確認】


【土属性魔力:微量】


【栽培区画への供給が可能】


 僕は笑った。


「……ありがとう!」


 その瞬間。


 ポヨが、僕の腕から飛び降りた。


 ぽよん!


 そして、蜥蜴の隣へ。


 にゅるん。


 身体を伸ばして、蜥蜴の前足に触れた。


【魔力共鳴:発動】


【共鳴対象:幼体岩蜥蜴】


【属性:土】


【複数属性の一時接続を確認】


 ポヨの身体の中に、茶色い光が浮かんだ。


「……ポヨ?」


 ぽよん!


 ポヨが、栽培区画の中央へ跳ねた。


 そして。


 ぽよおおん!


 身体から、淡い茶色の光が広がった。


 床の土が、わずかに震える。


 枯れていた草の根元から、小さな芽が顔を出した。


「……えっ!?」


 僕は目を見開いた。


 芽だ。


 小さな、緑色の芽。


 それが、一つ。


 二つ。


 三つ。


 次々と、土の中から伸びてきた。


【栽培区画:部分再起動】


【土属性魔力供給:成功】


【水属性魔力供給:待機】


「……水?」


 僕は、ポヨを見た。


 ポヨは、嬉しそうに震えている。


 僕は思わず笑った。


「……そっか!」


 ポヨは、僕の水属性も使える。


 土属性と水属性。


 二つを組み合わせれば。


「ポヨ! 水もお願い!」


 ぽよん!


 ぶしゃっ!


 小さな水の流れが、土の上に広がった。


 すると。


 芽が、さらに伸びた。


 葉が開く。


 茎が太くなる。


 そして。


 ぽんっ!


 小さな赤い実が、一つだけ実った。


「…………」


 僕は固まった。


 目の前にあるのは、小さな赤い実。


 森で見かける、普通の木の実に似ている。


 でも。


 さっきまで、ここには何もなかった。


「……できた」


 僕は、震える声でつぶやいた。


「……食べ物が、できた」


 ぽよん!


 ポヨが跳ねた。


 蜥蜴も、嬉しそうに鳴いた。


 僕は、そっと実を摘み取った。


 その瞬間。


【栽培区画:初回収穫】


【収穫物:赤実草の果実】


【食用適性:一部魔物に適合】


【注意:人間の摂取安全性は未確認】


「……あ」


 僕は手を止めた。


 食べられる。


 でも、全員が食べられるわけではない。


 人間の僕が食べても大丈夫かどうかも、わからない。


 ……そうだよね。


 そんなに簡単にはいかない。


 僕は、実を見つめた。


 それでも。


「……一歩前進だね」


 ぽよん!


 僕は笑った。


 そして、周囲の魔物たちを見た。


「みんな。明日から、少しずつ食べ物を増やしていこう」


 ぴよ!


 きゅる!


 ぽよぽよ!


 魔物たちが、思い思いに鳴いた。


 僕は、少しだけ胸を張った。


「僕も、頑張るから」


 そのときだった。


 広間の奥。


 ずっと静かにしていた、小さな毛玉のような魔物が動いた。


「……ん?」


 その子は、他の魔物たちとは少し違っていた。


 身体は手のひらほど。


 薄い緑色の光をまとい、背中には透き通った羽がある。


 僕は、思わず目を見開いた。


「……妖精?」


 小さな魔物は、ふわりと宙に浮かんだ。


 そして。


 僕の目の前まで飛んできた。


 じっと、僕を見つめる。


 その瞬間。


【種族:幼体精霊妖精】


【状態:魔力不足】


【進化可能性:複数】


【特殊適性:集団統率・魔力調律】


 僕は、首をかしげた。


「……君も、何か困ってる?」


 妖精は、何も言わなかった。


 ただ、僕を見つめている。


 そして。


 突然。


 小さな両手を胸の前で組んだ。


「……え?」


 妖精が、ゆっくりと頭を下げた。


 まるで、祈るように。


 次の瞬間。


 澄んだ声が、広間に響いた。


「……おお」


 僕は固まった。


 妖精が、しゃべった。


「……おおお……!」


 小さな身体が、ぷるぷる震えている。


 そして。


「ついに……!」


 妖精は、涙を浮かべた。


「ついに、我らを導く御方が現れたのですね……!」


「…………え?」


 僕は、目を瞬かせた。


「……誰のこと?」


 妖精は、僕を見つめた。


 そして、両手を大きく広げた。


「もちろん、あなた様です!」


「…………」


「傷ついた者を救い、飢えた者に食を与え、異なる種族を一つにまとめる……!」


 妖精の声が、どんどん大きくなる。


「これは、まさしく伝説に語られる慈悲の王の御業!」


「……いや、違うと思う」


「なんと謙虚なお言葉!」


「……違うってば」


「自らを王と認めぬ、その高潔なる精神……!」


 妖精は、感極まったように両手を天へ掲げた。


「皆の者!」


「……え?」


 妖精の声が、広間いっぱいに響いた。


「我らは今宵、新たなる主を得た!」


「ちょっと待って!」


「この御方こそ、我らが待ち望んだ――」


「待ってってば!」


 妖精は、満面の笑みで叫んだ。


「魔物たちの王であらせられる!」


 しん。


 一瞬、広間が静かになった。


 そして。


 ぽよおおおん!


 ぴよぴよ!


 きゅるるる!


 ぽよぽよぽよ!


 三十七匹の魔物たちが、一斉に鳴き始めた。


「……えええええっ!?」


 僕は思わず叫んだ。


「いや、違う! 僕、王様になるつもりなんてないから!」


 けれど。


 妖精は、すでに聞いていなかった。


「皆の者! 今より、この地を我らの聖域とする!」


「しない! しないから!」


「そして、御方の慈悲を森中へ広めるのです!」


「広めなくていい!」


「傷ついた者、飢えた者、行き場を失った者を、この地へ導くのです!」


「……え?」


 僕は、思わず口を閉じた。


 傷ついた者。


 飢えた者。


 行き場を失った者。


 それは。


 今日の僕と、同じだった。


 僕は、周囲を見回した。


 小さな魔物たち。


 怪我をした角兎。


 痩せた小鳥。


 弱った蜥蜴。


 そして、僕の腕の中で嬉しそうに震えるポヨ。


 ……そうか。


 みんな、行く場所がなかったんだ。


 僕は、少しだけ考えた。


 そして。


「……王様は、嫌だけど」


 妖精が、ぴたりと止まった。


「……はい?」


「ここに来たい子がいるなら、できるだけ助けたい」


 僕は、小さく笑った。


「僕も、ここに助けてもらったから」


 妖精の目が、大きく見開かれた。


 そして。


「……おおおおお!」


 また、涙を流し始めた。


「なんという慈悲……!」


「……いや、だから」


「皆の者! 聞いたか!」


「……聞かなくていい!」


「我らが王は、すべての弱き者を受け入れると宣言なされた!」


「そんなこと言ってない!」


「今宵より、この地は――」


 妖精は、両手を高く掲げた。


「万物共生の聖域となる!」


 ぽよおおおん!


 ぴよぴよ!


 きゅるるる!


 広間が、歓声のような鳴き声に包まれた。


 僕は、ただ呆然と立ち尽くした。


「……どうして、こうなったんだろう」


 ポヨが、僕の腕の中で震えた。


 ぽよん。


 ……君、絶対に楽しんでるよね。


 僕はため息をついた。


 でも。


 不思議と、嫌な気持ちはしなかった。


 今日、僕は家を追い出された。


 無能だと言われた。


 役立たずだと言われた。


 けれど。


 ここには、僕を必要としてくれる仲間がいる。


 それだけで、十分だった。


 ……少なくとも、このときは。


     ◇


 同じ夜。


 灰霧の森の北部。


 巨大な銀色の影が、古い神殿の奥で身を起こした。


 その身体を、黒い鎖が幾重にも縛っている。


 青白い瞳が、遠くを見つめていた。


『……あの方の血が、戻った』


 低い声が、闇に響く。


『だが……』


 銀色の影は、苦しそうに身を震わせた。


 鎖の隙間から、黒い霧が漏れ出す。


『……来るな』


 その声には、怒りではなく、恐怖が混じっていた。


『……頼む』


 巨大な爪が、石床を削る。


『まだ、私を……』


 言葉が途切れた。


 次の瞬間。


 青白い瞳が、赤く染まった。


 そして。


 森の奥に、凄まじい咆哮が響き渡った。


 その声は、遠く離れた古代遺跡にまで届いた。


「……っ!」


 僕は、思わず顔を上げた。


 魔物たちが、一斉に静かになる。


 ポヨも、狐も、小鳥も。


 みんな、森の奥を見つめていた。


「……今の、何?」


 僕がつぶやくと。


 水晶が、赤く光った。


【警告】


【北部封印領域に異常発生】


【高位魔力反応を検知】


【推定危険度:災厄級】


 僕は息をのんだ。


「……災厄級?」


 聞いたことがある。


 王国の騎士団が総出で戦っても、勝てるとは限らない。


 そんな、伝説級の魔物に与えられる危険度だ。


 その魔物が。


 この森の奥にいる。


 僕は、思わずポヨを抱きしめた。


「……大丈夫」


 小さくつぶやく。


「今は、ここにいよう」


 ぽよ。


 ポヨが、静かに震えた。


 僕は、周囲の魔物たちを見た。


 みんな、不安そうだった。


 だから。


「……大丈夫だよ」


 僕は、できるだけ優しく笑った。


「僕たちの家は、ここにあるから」


 その言葉に、妖精が再び涙を流した。


「……王よ……!」


「……だから、王じゃないってば」


 僕の声は、広間に小さく響いた。


 けれど。


 この夜。


 灰霧の森に生まれた小さな集落が、やがて世界の歴史を変えることになるなど。


 僕は、まだ知る由もなかった。

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