第4話 最弱の僕たちが、古代の守護者に挑んだ結果
「……ポヨ」
ぽよ?
「僕たち、帰った方がよくないかな」
ぽよん!
「そうだよね。君もそう思うよね」
ぽよぽよ!
「……あれ。もしかして、もっと奥に行きたい?」
ぽよーん!
どうやら、そうらしい。
僕はため息をついた。
古代遺跡の地下。
薄暗い階段を下り始めてから、もう十分ほど経っていた。
壁には青白く光る石が埋め込まれ、足元を照らしている。
不思議なことに、空気は思ったほど淀んでいなかった。
どこかで風が流れているらしい。
ただ、一つ問題があった。
「……君、いつまでついてくるの?」
「きゅっ!」
背後の幼い狐が、怒ったように鳴いた。
赤茶色の毛並み。
金色の瞳。
ふさふさの尻尾。
先ほど遺跡で出会った、小さな妖狐だ。
僕が振り返ると、ぷいっと顔をそむける。
でも、歩き始めるとついてくる。
「……もしかして、一人になるのが怖い?」
「きゅうっ!」
尻尾の先に、小さな青白い炎が灯った。
「ご、ごめん!」
どうやら、違うらしい。
ポヨが僕の腕の中で震えた。
ぽよぽよ。
……笑っているような気がする。
「ポヨも、からかわないの」
ぽよ?
今度は知らないふりをされた。
僕は苦笑しながら、階段を下り続けた。
そして。
「……あ」
突然、視界が開けた。
そこには、巨大な地下広間があった。
天井は高く、中央には円形の台座。
その上には、大きな水晶が浮かんでいる。
水晶の周囲を、細い光の線が幾重にも巡っていた。
「……すごい」
思わず声が漏れた。
侯爵家の屋敷にも、高価な魔道具はあった。
けれど、こんなものは見たことがない。
僕はゆっくりと近づいた。
すると。
【古代施設:継承者認証区画】
【候補者:レオン・アルヴェイン】
【血統認証:一致】
【契約理念:適合】
【最終認証:未完了】
視界に文字が浮かんだ。
「……また、これだ」
僕は胸元の革袋を押さえた。
母の形見の石が、かすかに温かい。
そのとき。
『候補者を確認しました』
「……えっ!?」
突然、声が響いた。
女性の声。
けれど、周囲には誰もいない。
『継承者認証を開始します』
「だ、誰ですか?」
『認証対象の質問を受け付けました』
水晶が光った。
『私は、この施設の管理機構です』
「……管理機構?」
『はい』
「人間、ですか?」
『いいえ』
「魔物?」
『いいえ』
「……じゃあ、何なんですか?」
『施設の管理機構です』
「……そっか」
全然わからない。
でも、少なくとも会話はできるらしい。
僕は少し安心した。
「えっと、僕たちは今日、ここに来たばかりで……」
『認証対象の発言を確認』
「できれば、ここで少し休ませてもらえたら……」
『申請を確認』
「……え?」
『居住権限の付与には、認証試験の完了が必要です』
「試験?」
『はい』
「……どんな?」
水晶が、赤く光った。
『守護機構との模擬戦闘です』
ごごごご……。
床が揺れた。
「……え?」
広間の奥。
巨大な石扉が、ゆっくりと開き始める。
その向こうから、重い足音が響いた。
ずん。
ずん。
ずん。
そして。
暗闇の中から、巨大な影が現れた。
「…………」
僕は固まった。
全身を黒い金属で覆われた巨人。
高さは三メートルほど。
腕は丸太のように太く、胸には赤い水晶が埋め込まれている。
片手には、巨大な剣。
もう片方には、分厚い盾。
どう見ても、僕たちが勝てる相手ではなかった。
「……あの」
『はい』
「これ、本当に模擬戦闘ですか?」
『はい』
「……死んだりしません?」
『安全装置は現在、一部故障しています』
「…………」
『致命的損傷の可能性があります』
「それ、模擬戦闘って言わないと思うんですけど!?」
巨人が剣を持ち上げた。
僕は慌てて後ずさった。
「ちょ、ちょっと待って!」
『認証試験を開始します』
「待ってってば!」
ずんっ!
巨人が一歩踏み出した。
床が震える。
ポヨが僕の腕から飛び降りた。
ぽよん!
狐も、尻尾を逆立てる。
「きゅうっ!」
僕は二匹を見た。
「……逃げよう!」
そう言って、階段へ向かって走った。
けれど。
がしゃん!
背後の扉が閉まった。
「……えええっ!?」
逃げ道がなくなった。
巨人がこちらを向く。
赤い水晶が、不気味に光った。
【古代守護兵】
【種別:自律防衛機構】
【状態:部分故障】
【危険度:高】
【弱点情報:一部解析可能】
僕は目を見開いた。
弱点。
そうだ。
僕には、魔物の進化先が見える。
それなら、この守護兵の情報も、少しはわかるのかもしれない。
「……お願い」
僕は必死に文字を見つめた。
【解析中】
【外装防御:極めて高い】
【関節部防御:中程度】
【胸部魔力炉:高出力】
【脚部制御機構:損傷あり】
【注意:左脚の動作に遅延を検知】
「……左脚!」
僕は巨人を見た。
確かに、歩くたびに左脚の動きが少し遅れている。
でも。
それがわかったところで、どうすればいいんだろう。
巨人が剣を振り上げた。
「……っ!」
僕は横へ飛んだ。
轟音。
巨大な剣が、さっきまで僕が立っていた床を砕いた。
石片が飛び散る。
「うわっ!」
僕は転がりながら逃げた。
ポヨが跳ねる。
ぽよん!
ぶしゃっ!
水が巨人の顔にかかった。
けれど。
じゅっ。
水は赤い水晶の周囲で蒸発した。
「……効いてない!」
巨人がポヨに向かって腕を振る。
「ポヨ、危ない!」
ぽよん!
ポヨは間一髪で跳ねて避けた。
その横から。
「きゅうっ!」
狐が飛び出した。
尻尾の先に、青白い炎。
ぼっ!
小さな炎が、巨人の右腕に当たった。
しかし、黒い金属には傷一つつかない。
「……だめだ」
僕は歯を食いしばった。
ポヨの水も、狐の炎も通じない。
僕の短剣なんて、もっと役に立たないだろう。
巨人がこちらへ向き直る。
ずん。
ずん。
逃げ場は、もうほとんどなかった。
僕は二匹を見た。
ポヨは、身体を震わせながらも僕の前に立っている。
狐も、怖がっているようだった。
それでも、逃げようとはしない。
「……ごめんね」
僕は小さくつぶやいた。
「僕が、ここに来ようなんて言ったから」
ぽよ?
「きゅっ!」
二匹が同時に鳴いた。
まるで、そんなことは気にするなと言っているようだった。
僕は少しだけ笑った。
「……ありがとう」
そして、もう一度巨人を見た。
左脚の動作が遅い。
関節部の防御が弱い。
胸には魔力炉。
ポヨは水を出せる。
狐は炎を出せる。
……待てよ。
「……ポヨ」
ぽよん。
「君、水を出せるよね」
ぽよ!
「狐さんは、炎を出せる」
「きゅっ!」
狐が胸を張った。
……いや、今は威張っている場合じゃないんだけど。
僕は考えた。
水と炎。
どちらも単独では、あの金属を壊せない。
でも。
「……そうか」
僕は、巨人の左脚を見た。
動きが遅れている。
関節部には、細い隙間がある。
そこへ水を入れれば。
そして、急に熱を加えれば。
金属そのものは壊せなくても、内部の部品に影響を与えられるかもしれない。
……いや。
正直、うまくいくかどうかはわからない。
でも、ほかに方法がない。
「ポヨ! 左脚の関節に水を!」
ぽよん!
ポヨが跳ねた。
巨人の左脚へ向かう。
ぶしゃっ!
水が関節の隙間に入り込んだ。
巨人が反応する。
剣を振り下ろそうとした。
「狐さん!」
「きゅうっ!」
青白い炎が、関節へ飛んだ。
ぼっ!
じゅううっ!
水蒸気が噴き上がる。
巨人の左脚が、一瞬だけ止まった。
【左脚制御機構:異常】
【動作遅延:増大】
「……効いた!」
僕は叫んだ。
けれど。
巨人は倒れなかった。
むしろ、赤い水晶の光が強くなる。
【警告】
【防衛出力上昇】
【認証対象を脅威と判定】
「……えっ」
巨人が剣を持ち上げた。
今度は、さっきより速い。
僕は反射的に後ろへ飛んだ。
でも、間に合わない。
「……っ!」
その瞬間。
ぽよおん!
ポヨが僕の前に飛び出した。
青い身体が大きく広がる。
巨人の剣が、ポヨに触れた。
ぐにゃり。
刃が、スライムの身体に沈み込む。
「ポヨ!?」
僕は叫んだ。
けれど、ポヨは潰れなかった。
むしろ。
剣にまとわりつくように、身体を伸ばしていた。
【共鳴スライム固有能力】
【魔力共鳴:発動】
【外部魔力を検知】
【魔力吸収:微量】
「……吸収?」
僕は目を見開いた。
ポヨの身体の中に、赤い光が流れ込んでいる。
巨人の剣には、魔力が込められていたらしい。
その一部を、ポヨが吸収している。
でも。
【警告】
【吸収容量:限界接近】
まずい。
このままでは、ポヨの身体が耐えられない。
「ポヨ! 離れて!」
ぽよ……!
ポヨは剣から離れようとした。
けれど、魔力が絡みついているのか、うまく動けない。
巨人が剣を振り上げる。
ポヨの身体が、空中へ持ち上がった。
「……っ!」
僕は走った。
考えるより先に、身体が動いていた。
巨人の左脚へ。
さっき、水と炎で動きを鈍らせた場所へ。
「狐さん! もう一回!」
「きゅうっ!」
炎が飛ぶ。
巨人の左脚が、わずかに止まった。
その隙に。
僕は、短剣を関節の隙間へ突き立てた。
がきん!
刃が、金属に挟まる。
そして。
「……うわああっ!」
僕は、全体重をかけて押した。
ばきっ!
短剣が折れた。
でも。
巨人の左脚が、大きく傾いた。
ずんっ!
巨体が、片膝をつく。
剣が床に落ちた。
ポヨが解放される。
「ポヨ!」
僕は駆け寄った。
青い身体は、赤い光でいっぱいになっていた。
今にも破裂しそうだった。
【警告】
【魔力過負荷】
【内部崩壊まで:残りわずか】
「……そんな!」
僕はポヨを抱き上げた。
熱い。
いつもはひんやりしている身体が、火傷しそうなほど熱かった。
「どうすれば……!」
視界に文字が浮かぶ。
【蓄積魔力の排出が必要です】
【排出方法:属性変換】
【現在の共鳴属性:水】
【変換効率:低】
僕は息をのんだ。
水では、足りない。
もっと効率よく、魔力を外へ出さなければ。
そのとき。
狐が、僕の足元に寄ってきた。
「きゅっ!」
尻尾に、青白い炎が灯っている。
僕は狐を見た。
そして、ポヨを見た。
「……そうか」
ポヨは、触れた相手の魔力の性質を一時的に模倣できる。
なら。
「狐さん。お願いがあるんだ」
「きゅ?」
「ポヨに、君の炎を少しだけ分けてくれない?」
狐は、僕をじっと見た。
金色の瞳が揺れる。
ポヨは苦しそうに震えていた。
狐は、しばらく迷っているようだった。
そして。
「……きゅ」
小さく鳴いた。
尻尾の炎が、ポヨの身体に触れる。
【新規共鳴対象を確認】
【対象:幼体妖狐】
【属性:幻炎】
【魔力共鳴:複数属性接続】
【警告:現在の進化段階では安定維持不可】
ポヨの身体の中で、赤と青の光が渦を巻いた。
「……ポヨ!」
ぽよ……!
僕は必死に抱きしめた。
「大丈夫。もう少しだけ、頑張って!」
その瞬間。
ポヨの身体が、強く光った。
【複数属性共鳴を確認】
【余剰魔力の外部放出が可能】
【放出方向を指定してください】
僕は顔を上げた。
目の前には、片膝をついた巨人。
胸の赤い水晶が、まだ光っている。
その奥には、魔力炉。
僕は叫んだ。
「ポヨ! あそこへ!」
ぽよおおおん!
ポヨの身体から、青白い光が放たれた。
水と炎。
二つの魔力が絡み合い、細い光の奔流となって巨人の胸へ向かう。
どんっ!
赤い水晶に、光が直撃した。
ひびが入る。
巨人の身体が震える。
【魔力炉:異常】
【防衛機構:停止処理開始】
巨人が、ゆっくりと動きを止めた。
赤い光が消える。
巨大な剣が、床に落ちた。
そして。
しん。
地下広間に、静寂が戻った。
「……勝った?」
僕は、呆然とつぶやいた。
ポヨが、僕の腕の中で小さく震えた。
ぽよ……。
狐も、疲れたようにその場へ座り込んだ。
僕は二匹を見た。
そして。
「……やった」
声が震えた。
「やったよ、ポヨ! 狐さん!」
ぽよん!
「きゅっ!」
僕は思わず、二匹を抱きしめた。
「ありがとう! 本当にありがとう!」
ポヨは嬉しそうに震えた。
狐は最初こそ嫌がったけれど、やがておとなしくなった。
そのときだった。
『認証試験、終了』
水晶から声が響いた。
『守護機構の停止を確認』
『継承者候補の生存を確認』
『……判定を開始します』
僕は顔を上げた。
「……え?」
『試験結果』
『戦闘能力:低』
『魔力量:極小』
『戦術判断:不安定』
『個体戦闘能力:基準未達』
「……うっ」
容赦がない。
全部、事実だけど。
僕は少し肩を落とした。
けれど。
次の言葉は、予想外だった。
『ただし』
水晶の光が、銀色に変わった。
『複数個体間の自発的協力を確認』
『異種族間の魔力共鳴を確認』
『強制命令を使用せず、守護機構を停止』
『古代契約理念との一致を確認』
そして。
『認証試験、合格』
「…………え?」
僕は固まった。
「……合格?」
『はい』
「……本当に?」
『はい』
「……僕、弱いですよ?」
『確認済みです』
「……魔力も少ないですよ?」
『確認済みです』
「……剣も折れました」
『確認済みです』
「…………」
僕は、しばらく黙った。
そして。
「……じゃあ、どうして?」
水晶が、静かに輝いた。
『本施設が求める継承者は、最も強い個体ではありません』
『異なる生命が、自らの意思で協力できる環境を築く者です』
僕は、ポヨを見た。
狐を見た。
二匹とも、僕の腕の中で疲れたようにしている。
「……僕は、何もしてないですよ」
『否定します』
「……え?」
『あなたは、二体の魔物を支配しませんでした』
『命令ではなく、協力を求めました』
『そして、二体は自らの意思で応じました』
僕は、何も言えなかった。
ただ。
少しだけ、胸が温かくなった。
『継承者候補、レオン・アルヴェイン』
『あなたに、本施設の限定管理権限を付与します』
水晶が、強く光った。
【古代施設:限定起動】
【管理権限:第一段階】
【使用可能機能】
【安全区域の解放】
【生活用水の供給】
【簡易防護結界】
【魔物用休息区画】
「……え?」
僕は目を見開いた。
「……水が出るんですか?」
『はい』
「……雨風も防げる?」
『はい』
「……魔物も休める?」
『はい』
僕は、ポヨを見た。
狐を見た。
そして。
思わず笑ってしまった。
「……よかった」
今日、家を追い出された。
食料もほとんどない。
短剣も折れてしまった。
でも。
僕たちには、寝る場所ができた。
水もある。
少なくとも、今夜は安心して眠れる。
「……ここを、僕たちの家にしようか」
ぽよん!
「きゅっ!」
二匹が、同時に鳴いた。
僕は笑った。
「うん。よろしくね」
こうして。
僕とポヨと、小さな狐の新しい生活が始まった。
……はずだった。
その直後。
『なお、管理権限の付与に伴い、施設の休眠機能が一部再起動しました』
「……え?」
『周辺魔物の生体反応を検知』
「……周辺?」
『本施設へ接近中の個体数』
水晶が、一瞬だけ沈黙した。
そして。
『……三十七』
「…………」
僕は、ゆっくりと顔を上げた。
「……三十七?」
『はい』
「……魔物が?」
『はい』
「……ここに?」
『はい』
僕は、ポヨを見た。
ポヨは嬉しそうに跳ねた。
ぽよん!
狐は、なぜか誇らしげに胸を張った。
「……いや、ちょっと待って」
僕は震える声で言った。
「僕たち、まだ三人しかいないんだけど!?」
水晶は、淡々と答えた。
『問題ありません』
「……何が!?」
『本施設には、魔物用休息区画が存在します』
「そういう問題じゃなくて!」
そのとき。
地上から、かすかな音が聞こえた。
ぴよ。
きゅる。
がさがさ。
ぽよぽよ。
そして。
何かが、石扉を叩く音。
こん、こん。
僕は、ゆっくりと天井を見上げた。
……どうやら。
僕たちの新しい家は。
初日から、とんでもなく賑やかになりそうだった。




