先に取った手
「迷っていない」
「裏口から入りましたよ」
「近道だ」
エッダが南井戸の灯へ油を足しながら笑った。
マーラは魚油灯の芯を切り、煙を減らした。フライダは低地の灯の下へ、今年最初に芽を出した麦を一束だけ置く。ミロは青硝子の灯を運ぶセレスティアへ両手を添えた。細い物を結ぶ指はまだ震えたが、太い取手なら落とさず持てる。
七つの灯が点くと、会館は油と魚と薬草の匂いになった。婚礼係は顔をしかめたが、窓を開けるだけで我慢した。
父オスカーは最後列に一人で座った。母の名誉回復記録を持ち込まず、家門の席も求めなかった。式が終わると、娘へ一度だけ礼をし、ほかの客と同じ出口へ並んだ。
ユリウスから花も祝辞も来なかった。
東石橋の最終補償が支払われたという短い公報だけが、今朝の掲示板に出ていた。
誓いの言葉は短かった。
「会いたい時は、会いたいと言う。断られても、仕事で君を困らせない。帰り道が分からなくなったら、早めに君を呼ぶ」
アレクシスが最後まで読むと、トーマが「そこが一番難しい」と客席から言った。
リディアは用意した紙を半分に折った。
「わたしは、もう『問題ありません』で隠しません。答えが出ていなくても、あなたに話します。帰れない夜は、帰れないと書いて、迎えに来てほしい時はそう書きます」
「その時は、道も書いてくれ」
「あなたが迷うので、地図も付けます」
署名が済むと、エッダが井戸水で薄めた酒を配った。マーラは「魚油の灯のそばに酒を置くな」と怒鳴り、トーマが残った三本の指で杯を持つと言って叱られた。セレスティアは患者の夕方の水杯に間に合うよう、先に会館を出た。
夕暮れ、七つの油灯は一つずつ小さくなった。
消える前に、当番だった友人たちは自分の灯を持って仕事へ戻る。南井戸、継送所、魚屋、治癒院、穀倉、製粉所、低地。会館に残ったのは、油の輪染みだけだった。
外へ出ると、朝の雨が石段へ残っていた。
アレクシスは先に一段下り、手を差し出しかけて止めた。リディアが自分で降りるのか、手を借りるのかを待っている。
遠くの七灯塔では四つだけが金色に光り、暗い三つの下を、騎馬の油灯が動いていた。
リディアは裾を持ち上げた。
彼が差し出すより先に、自分からその荒れた手を取った。




