表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
88/90

今夜帰る家

「王都の仕事を得ても、得なくても。北へ来る月も、ほかの村へ行く月も。悪い道を帰った話を、あなたから聞きたい」


一度、息を継いだ。


「私と結婚してください」


リディアは明日の選考を考えた。


採用なら一年の予定が決まる。不採用なら、また求人札を探す。どちらでも、目の前の男を選ぶ理由にはならない。


仕事がない自分で承諾すれば、あとで養われたと思う日が来るかもしれない。逆に採用を待てば、自分の力だけで立ってから選んだ顔ができる。


どちらも、断られた時に傷つかないための順番だった。


リディアは水車を止めた日を思い出した。全部確かめてから動こうとした日も、確かめずに急いだ日も失敗した。今は、分からない明日を残したまま言える。


だから、明日まで待つ必要もなかった。


「はい」


アレクシスが瞬きをした。


「もう一度、言ってくれ」


「煮込みが冷めました」


「そちらではない」


「結婚します」


彼は笑った。戦で勝った時にも見せないような、ひどく安心した顔だった。


リディアは卓の上に開いたままの掌へ、自分の右手を重ねた。震えは消えていない。アレクシスは包み込まず、重さが落ち着くまで下から支えた。


「婚礼は、大広間以外がよいです」


「私もだ」


「四十人まで」


「三十人では?」


「招く人を減らしたいのですか」


「人前で道を間違える確率を減らしたい」


「会場の中で迷わないでください」


婚礼の日は、仕事の返事を読んでから二人で決めることにした。採否で結婚を変えず、移動日と当番だけは変わる。アレクシスは濡れた求婚の紙を裏返し、そこへ候補日を二つだけ書いた。


「これは契約ですか」


「忘れないための控えだ」


「なら、わたしの候補日も足します」


二つが三つになり、どれにも王家や公爵家の印は付かなかった。


指輪はなかった。


「用意していないのですか」


「大きさを知らない」


「泥道で手を掴んだでしょう」


「あれで測れるなら、手袋職人になれた」


「花も?」


「好きな花を、まだ聞いていない」


北へ来た夜から、彼は変わった。けれど、肝心なところで驚くほど進んでいなかった。


「白い花は好きです」


「本当に?」


「あなたが三束迷うところも含めて」


夕食の鐘が鳴った。


二人は冷めた煮込みを、固いパンですくって食べた。


暖炉の前で、濡れた本の頁が一枚めくれた。表紙はまだ逆さだった。


明日の仕事も、婚礼の日も決まっていない。


今夜帰る家だけは、二人の鍵で開いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ