夕食の鐘まで
求婚する日の夕食を、アレクシスは自分で冷ました。
北の貸家で初めて使う台所だった。煮込みは出来上がっているのに、彼は求人結果の届く時刻を三度確かめ、窓辺と鍋の間を往復している。
「座ってください」
リディアは固いパンを切った。
「まだ使者が来るかもしれない」
「独立局の選考結果は明日の第二鐘です」
「今日では?」
「昨日、変更通知を読みました」
アレクシスは窓に貼った紙を見た。上下が逆だった。
「こちらから読めば、今日に見える」
「日付まで逆にはなりません」
夕方から細い雨が降っていた。
二人は昼に製本屋へ出かけた。帰りはアレクシスが近道だと言った路地へ入り、染物工房の裏で行き止まりになった。軒下で雨宿りをしている間に、本屋で買った古い冒険小説の包みへ水が染みた。
表紙には『雪国王と十二の迷宮』とある。
アレクシスは『宮迷の二十と王国雪』と読んだ。
「十二が二十になっています」
「迷宮が増えた方が得だ」
「本の値段は同じです」
「なら、なおさら」
その本は今、暖炉の前で逆さに乾かされていた。
貸家にはまだ卓が一つ、椅子が二脚しかない。寝室の片方は荷箱で埋まり、もう片方にはリディアの仕事鞄が掛かっている。
リディアは鍋の蓋を開けた。湯気はもう細い。
「明日の結果を待とうと思っていた」
「夕食を食べるのを?」
「違う」
彼は懐から折り畳んだ紙を出した。雨で端が滲み、最初の数行は読めない。
「何ですか」
「言うことを書いた」
「読めませんね」
「分かっている」
アレクシスは紙を暖炉へ投げようとして、やめた。濡れた本の隣へ置く。
「仕事が決まってからなら、私の言葉があなたの住む場所や金を変えないと思った」
リディアは切りかけたパンから手を離した。
「また、わたしが断りやすい日を先に決めたのですか」
「そうなりかけた」
「断られにくい日ではなく?」
「両方だ」
正直すぎて、腹を立てる順番が分からなくなった。
アレクシスは椅子から立った。狭い部屋なので、卓を回るだけで膝が椅子へ当たる。床へ片膝をつこうとし、濡れた板で滑った。
「座ったままでお願いします」
「求婚は、立つのか膝をつくのか」
「わたしに聞かないでください」
「ほかに聞ける相手がいない」
結局、二人とも卓へ座った。
アレクシスは空の手を上向けた。指先は縄と寒さで荒れたままだった。




