四つだけ灯す夜
第一組の普通筆は折れていなかった。雨粒で最初の行が読めなくなり、現地の記録者が新しい紙を求めた。
夏第4月第9日、第2鐘。王都北東の第一系統で外部時刻札が裏返ると、四組の開始鐘が別々の方角から返った。リディアは濡れた第一版を回収箱へ入れ、銀筆の代わりを待たず、予備の普通筆を記録者へ渡した。
記録者は紙を軒下へ移そうとしたが、そこでは手動栓の把手が紙端に当たった。彼女は濡れない場所を探すより、木板を一枚立てて雨を受け、膝の上で第二版を書いた。
「筆はあと二本あります。紙は四枚。全部を同じ場所へ置きません」
リディアは普通筆の本数を増やす指示を出さなかった。第一組の持ち物は第一組が数え、使った版はその記録者が保つ。共通表へ写すのは四欄だけにした。
四組に共通するのは事故番号、外部時刻、物理行先、実行責任者の四欄だけだった。線の形は、各現場の管と手動栓に合わせて現地運用者が描く。物理保守が閉じた部品を確かめ、記録者が版番号を振ってから、配分権者の札を受けた。
リディアが全現場を見回る時間はなかった。第一から第二へは徒歩、第三へは短距離荷車を使い、第四は時刻札と現地責任者の封だけで追う。見ていない締結へ自分の確認印を置かず、各組の署名欄を空けて待った。
第二組では継ぎ管の錆が予定より深く、物理保守が交換部品を一つ多く使った。配分担当は第三組の箱から取らせず、自分の予備数を減らす札へ署名した。四組が同じ線を引いても、同じ在庫では終われなかった。
中央側の停止札が上がると、第四組は圧を要する締結から手を離した。十四分の間に固定板の穴をさらい、時刻を記したが、試験水は入れない。再開札のあとも遅れは残り、百七十四分の終了札が来た時、四組が作れたのは閉じた接続点までだった。
第一組では、停止前に開けた弁を現地運用者が手で閉じた。リディアは地下で何が起きたか尋ねず、外部札の停止時刻と、目の前の圧が零へ戻るまでを記した。再開後も記録者は十四分の空白を一本の連続線で埋めなかった。
「開けてよいとは書かないで」
リディアが言うと、第一組の記録者は終了欄を「接続点閉鎖済み」へ直した。灯の状態はまだ一つも変わっていない。
第4鐘、四系統の開通試験が一つずつ始まった。第三系統では、リディアの原案どおりに置いた逆止弁を、現地運用者が掌で押し戻した。
第一系統は低圧の一桶から始め、継ぎ目の下へ乾いた布を置いた。布の端が濡れたため、物理保守は一度締結を外して詰物を替えた。灯はまだ点かず、水番も次の系統を急かさなかった。
第二系統では手動栓が最後まで回り切らず、運用者が古い把手を新しい物へ替えた。交換時刻の間は予備水を配り、配分札の量を増やさない。リディアの共通表には、二つとも「開通前修正」とだけ入った。
「この向きでは、下流を閉じた時に戻り水を受けます」
リディアは管の矢印と自分の写しを見比べた。王都の継ぎ管は、写しに記した規格より半寸短く、そのため弁座が反対側へ寄っている。
「私の写しを止めてください。こちらを原案に」
彼女は自分の第三案へ横線を引き、現地運用者が描いた向きを新しい版へ移した。ローヴェンは訂正者と時刻を事故票へ入れ、古い版を抜かなかった。
「誰の誤りと書きますか」
記録者が訊くと、リディアは旧版の作成者欄を指した。
「私です。訂正した方の名は、新版へ」
現地運用者は弁を正しい向きへ据えた。試験桶の水が戻らないことを二度確かめてから、自分の現物確認欄へ署名した。
南門からは、トーマの早馬便を持った配車係が着いた。札の上段には、荷を三宿駅で小分けにし、重い物から先に出す継送順がある。下段には大型荷車の車種が太く書かれていた。
現地の御者は車幅棒を門へ当てた。
「そのでかいのが門を通らない」
大型車は門前で止まり、小荷車二台へ積み替えられた。採否票の上段へ継送順、下段へ車種不採用と門幅が書かれ、ヴァルハルトのトーマへ返す封に入った。
積替えには十二分掛かり、第四組の部品箱は予定より遅れた。御者は大型車を空で帰さず、王都から外へ返す濡れた支保材を積んだ。
夜第1鐘までに、第一から第四の試験が終わった。四つの灯は点いたが、どれも同じ明るさを保たず、一刻ごとに表示を揺らした。残る三灯は暗いまま、水番が手動栓と予備水の当番を増やしていた。
第四灯は一度消え、現地運用者が物理栓を閉じてから弱く戻った。表示廊の係は点灯数を成功欄へ書かず、消えた時刻と再点灯時刻を別々に記す。暗い三灯の前には、明朝までの給水車札が二列追加された。
リディアは東区放流路へ歩いた。マーラの店は表壁の半分が残り、外した魚形の店札も彼女の膝へ戻っていたが、住居側の床は水に沈んでいる。
「看板は煮ても食えない」
マーラは濡れた店札の泥を袖で拭かなかった。店も住居も使用不能の札が戸へ掛けられ、倉庫列では所有者ごとの損壊票がまだ空欄を残している。王宮からは、後順位に置かれた儀礼設備の一部が浸水したとの時刻票が届いた。
倉庫列では油樽を出せた所有者が、濡れた穀物袋は自分の損ではないと票を返した。補償官は倉庫番号を確かめ直し、二つの所有者票へ分ける。儀礼設備の時刻票にも修復費はなく、浸水した床面と停止した装置名だけがあった。
マーラは住居の戸を開けようとして、膨らんだ板に鍵が入らないことを確かめた。腰の鍵を捨てず、使用不能札の紐へ通した。
七人と二人は別々の避難先で所在を確認された。寝床、家財、翌日の仕事は、浸水した区画へ残った。
マーラ側の七人は市場外れの床を一晩だけ受け、ドロテア側の二人は教会救援庫の奥へ残った。リディアへ渡された集計札には七と二しかなく、氏名も住所もなかった。翌日の仕事を尋ねた一人へ、マーラは自分の店さえ開けられないと答えた。
第10日第1鐘、四つ目の灯が弱く点き直した。その下の放流路を、蓋の外れた木箱が一つ流れていく。
水番は灯を見上げず、次の交替欄が空白の当番板をリディアへ突き出した。普通筆で書かれた四本の線は濡れずに残ったが、夜を替わる人数は一人も増えていなかった。




