店の裏口を開ける
マーラは裏口の錠へ鍵を差したまま、表の魚形の店札だけを外した。腰の紐には、もう一本の鍵が残っていた。
王暦219年夏第4月第8日、第5鐘。東区放流路の脇では、十二本の支保材が泥へ立てられ、十二人が店裏と倉庫角の間を走っていた。リディアは一度だけの試行票に、半鐘の砂が落ち切る前という中止線を引いていた。
店の床下へ差した測り棒は、十分ごとに一目盛ずつ濡れていた。支保で守る角を増やせば、放流幅は狭くなる。狭めた分だけ水が長く溜まり、四班が使う東の作業路へ返る計算だった。
マーラは塩樽の蓋へ布を掛けながら、支保材を見た。
「持つならやって。持たないなら、魚を上げる手まで取らないで」
「この角が持てば、店の床は残せます。二組目が戻るまで半鐘だけ」
アレクシスは担架路へ向いた空の道具箱を足で止めた。
「十二人を支保へ回せば、東治癒所への担架路が消える」
「運搬が終われば戻せます」
「固定に何人残る」
支保材は倒れなかった。だが二本目を締めたあとも、運搬役四人と固定役八人は杭から離れられなかった。四系統の配置板では二つの列に、運用、物理保守、記録の三札が揃わない。開始札を運ぶ者が、遅れの見込みを四半鐘へ直した。
固定役の一人が、肩で材を押さえたまま叫んだ。
「縄を離せば一番杭が浮く。四人戻すなら、今立てた二本を抜いてくれ」
リディアは別の順を試そうと、倉庫角の一本を指した。そこを先に抜けば、濡れ始めた石積みが外へ膨らむ。測り棒を持つ水番が首を横へ振り、三つ目の目盛へ白墨を足した。
空いた道具箱の持ち主は、第二系統の物理保守だった。彼が支保へ残れば、記録者がいても弁を閉じる者がいない。第三系統では逆に記録札が空き、誰がいつ管へ触れたかを残せなかった。
リディアは支保材の節へ置いていた手を離した。中央石が持つ最短幅では、その四半鐘を取り戻せない。
「私の案を撤回します。十二本は、二系統の物理補修へ回してください」
アレクシスは頷かなかった。担架路の人員札を戻し、別紙の異議欄へ店と住居の損失を記した。治癒所へ水を通す彼の案にも、そこは空いていた。
「担架路を残せば、ここへ水が来る」
「はい。あなたの案の損失です」
アレクシスは削除線の上へ署名を求めなかった。ヴァルハルトから出した人員の上限札だけを表へ戻し、店と住居を補償起票へ分けた。異議票を開いたまま、十二人は四班へ戻った。
夜第1鐘、同じ放流路の受付台へ、互いに綴じられていない紙が運ばれた。
リディアは四系統と東治癒所を先にする技術勧告へ名を書いた。王都配水委員の最低飲用札と、王国評議会公共設備席の放流決裁票は、別々の受領溝へ落ちた。補償官は店、住居、倉庫の空欄票を一枚ずつ起こした。
共同洗濯場の夜番をしているエルザは、最初の退避図へ指を置いた。
「この道は洗濯場の石段で荷車が詰まります。担架は東へ、倉庫荷は北の空地へ分けてください」
四区画から出た選挙人札の前で、エルザは区域異議印を北迂回図へ押した。待機のパウル・レーマンは、北の空地が半分埋まっていると告げ、伏せた札から手を離した。
当番記録法務家ゲルハルトが東水門当直長ディート・クランツの現任票を差し入れ、コンラートが東区放流、退避路、四系統着手前の隔離順と終了時刻を読み上げた。エルザは任命同意印を、迂回図とは別の候補票へ移した。
ディートは対象と終了を自分で読み、受任欄へ名を書いた。
「第9日第1鐘で返します」
上限八時間札の延長欄は閉じたまま、六時間砂時計が反転した。ディートはまず倉庫列の荷車を退避路から外し、担架を東へ通した。ローヴェンは利益相反と開始時刻を監査票へ入れた。
倉庫所有者の一人は、自分の油樽を先に出せと荷車の轅を掴んだ。ディートは所有順でなく退避路を塞ぐ幅から動かし、異議札を荷役当番へ渡した。補償官は油樽をマーラの店票へ入れず、所有者名の空欄がある別票を荷台へ結んだ。
最低飲用量の札を付けた水桶は、放流作業の列を横切らず担架路から治癒所へ運ばれた。
マーラは受付台へ店の鍵を置かなかった。
「魚屋の鍵は魚屋が開ける。隣の寝床まで売った覚えはない」
第9日第1鐘の前、七人分の割り札が、マーラの浅い集合箱へ一枚ずつ戻った。裏口を通った者は自分の札を自分で落とし、箱の蓋が閉じても、教会側の二人分はドロテアの小箱のままだった。
「こちらは二人とも着きました」
ドロテアの報告は人数と時刻で終わった。二つの箱は合わせられず、エルザの選出票にも写されなかった。
ディートが退避路の最後の荷車を外すと、放流門の決裁札が読み上げられた。マーラは腰の住居鍵を残し、自分で店の裏口だけを開けた。濁り水が敷居を越え、魚籠の底を押した。
「それを上へ。塩箱は置いていけ」
マーラは近くの二人へ言い、自分も魚籠を高棚へ持ち上げた。店札は外套の内側に入り、住居の戸は閉じたまま水を受けた。
塩箱は敷居で傾き、蓋の隙間から白い粒が濁り水へ落ちた。マーラは拾おうとした手を止め、七人側の最後の者が裏口を抜けるまで戸柱を押さえた。住居から持ち出したのは帳面一冊と替えの上着だけで、寝台と食器棚は閉じた戸の向こうに残った。
ドロテアの小箱は教会の担架へ結ばれ、マーラの箱とは違う道を曲がった。どちらの経路にもリディアの名簿はなく、彼女が確かめられたのは二つの到着札だけだった。
第1鐘が鳴ると、ディートは開始票と六時間砂時計をエルザへ戻した。彼女が終了を受領し、パウルの待機札も同時に閉じられる。実働三百六十分が累算簿へ足され、次の指揮へ残ったのは三百分だった。
七人の箱と二人の箱は、別々の棚へ運ばれた。マーラは数え直さず、裏口から流れ込む水の中で、次の魚籠へ両手を掛けた。




