一段ぶんの水
魚のない店でも、床はまだ生臭かった。
夏第4月第6日、夜第1鐘。マーラは市場の損失受付へ十一銀貨の票を押し出してから、空いた魚台を他人の相談に貸した。仕入れ、氷、廃棄の運搬を足した数字で、売れたはずの十六銀貨は別の見込欄に置く。受付係が補償額の印を探す前に、彼女は票を自分の店の番号へ戻した。
飼料屋へ回した魚の代金は、運搬代を引けば一銀貨にも届かなかった。氷槽を洗った水だけが裏溝へ流れ、翌朝の仕入札には何も書けない。マーラは空の銭箱を受付へ見せず、自分で払った廃棄人の木札だけを十一銀貨の束へ足した。
「決まった額じゃない。まず、失くした物を数えな」
集まった者の一人が、魚台の端に手を置いた。
「あんたの店は、水を先に回してもらえたのか」
「危機の前に登録した。ここだけだ」
マーラは店賃帳を台へ出した。登録市場列の委任票も、その上へ置く。
「魚代も先に出す。だからって、あんたらの名まで私の帳面へ載せる気はない」
「あんたの番号を借りれば、水桶を回せるんじゃないか」
別の者が言った。マーラは店札を外し、相手の前へ裏返して置く。
「私の番号で受けたら、ここへ住んでることになる。あとで追い出す紙にも同じ番号が使える。桶は別の札で取る」
相手は店札に触れず、濡れた裾を絞った。魚台の下へ落ちた水が、マーラの靴先まで広がる。
濡れた袖の者は帳面を見たあと、手を引いた。誰も札をマーラへ預けず、魚台の前が一度空いた。
リディアが持ってきた取水時刻票には、同じ三つの時間帯が並んでいた。患者票を足せば人数へ近づく、と事故受付の若い係が言った。マーラは店賃帳を胸元へ引き戻した。
「それを混ぜたら、魚を買った客まで住人にするのかい」
「救援場所を決める材料が足りません」
「足りないまま聞く。私の帳面で埋めるな」
マーラが残した委任票は、登録市場列の水と物資だけを扱う。空いた魚台を貸しても、未登録の者の住居や避難を決める行は増えなかった。
若い係は統合用の綴じ紐をほどき、患者票の空欄へ戻した。急ぐ手を止めた代わりに、相談に来た者は一人ずつ魚台の反対側へ立つ。マーラは場所を聞かず、どの時刻なら共同取水口へ来られるかだけを聞いた。
第7日、第1鐘。東区共同取水口に、浅い木箱が二つ置かれた。一つはマーラの魚札を削った箱、もう一つは教会救援庫からドロテア・ラウが抱えてきた箱だった。
夜明けの取水口には列ができても、誰が未登録かは外から分からない。マーラは自分の箱を魚桶のあった左へ置き、ドロテアは水甕を挟んだ右へ箱を据えた。互いの箱を覗けないよう、蓋は受取人側へだけ開く。
ドロテアは寝床札四枚と毛布札六枚を台の下へ収めた。教会帳は持ってきていない。
「信徒名は取りません。こちらを選んだ人へ、水と寝床を渡します」
机には無記名の割り札が十二組あった。片方を本人が持ち、もう片方には、受取人をマーラかドロテアから選ぶ印、助けに入る場所、使用を終える時刻だけを書く。七十二時間を過ぎれば照合紙を残さない。氏名、課税、居住資格、病歴の欄は作られなかった。
事故受付の係は、重複を防ぐため住所の最初の一字だけでも欲しいと言った。ドロテアは教会印を出さず、割札の切り口を鋏で一組ずつ変える。
「一対で確かめます。こちらを選んでも、礼拝名簿には入りません」
マーラも魚包み用の鋏を取り、十二組の角へ異なる欠けを作った。紙屑は水甕へ落とさず、数え終わるまで小皿へ残す。
「十二人いるのですか」
水番が桶を数えながら尋ねた。マーラは十二組の束を持ち上げ、厚みを見せた。
「配れる上限だよ。戻るまで人の数にするな」
最初の一組を取った者は、二つの箱を交互に見た。マーラが自店を先に登録したと聞いた者だった。濡れた親指で札の角を押したが、どちらへも入れず、本人片と一緒に持ち帰った。
「教会へ入れたら、祈るのか」
取水口の端から声がした。ドロテアは毛布札を一枚だけ箱の横へ出す。
「水と寝床を渡します。祈りを選ぶ札は持ってきていません」
声の主は姿を見せず、返却片も落ちなかった。マーラは箱を持って近づこうとせず、魚台へ戻る時刻を公開板へ書いた。
第2鐘前になっても、返った数は公開板へ出さなかった。選ばれた受取人だけが自分の浅箱を伏せ、コンラートは破棄時刻と目的欄だけを外から確かめる。リディアの作業図には通常の墨で取水時刻が増えたが、線も灯も動かなかった。
マーラは公開板に「受付中」とだけ残し、自店の十一銀貨の損失票は魚店の受付時刻へ掛けた。二つの仕事を終える時刻を、別々の砂時計へ置いた。
低地第三階段では、夜のうちに最下段が見えなくなっていた。マーラは水位棒を壁へ当て、前夜の墨線を指で探した。冷たい水が第二関節まで上がる。
階段脇の戸を借りている洗濯女が、干していた布を上段へ移していた。自分の桶を先に運びたいと言い、共同取水口へ置いた札の行先は明かさない。マーラは布の端を持ち上げるだけ手伝った。
「箱を返すまで止まってくれりゃ、商売もしやすいんだけどね」
一緒に来た水番は、共同取水口へ送る桶の数を減らさなかった。マーラが委任票を見せると、低地主栓の操作欄がない箇所を指で叩き、次の桶を列へ出した。
彼女は前夜の線から一段上へ、短い墨線を引いた。作業図は乾いた机に残り、階段の下では水だけが新しい線へ触れた。
第2鐘が鳴り、最下段へ置いていた木桶が浮いた。マーラは柄を掴んで上段へ引き上げ、空のまま共同取水口へ持ち帰った。




