王太子の一時間
中央蓄積石の赤い目盛が二つ上がった時、七灯の第四だけは明るくならなかった。王暦二百十九年、夏第4月第1日、第2鐘。王宮の外部観測廊で、黒い筋が第四灯の内側を往復している。ユリウスの手元へ届いた時刻札には、東区の手動栓、治癒院の予備水、薬材の院内仕分けが、いずれも鐘より先に開始済みとあった。
廊下の窓からは、中央蓄積石の操作卓が見える。王家候補資格札はユリウスの名を有効と表示していたが、放出口の二つの鍵穴は閉じたままだった。
「北東外門で薬材車が止まっています」
走者が息を切らし、二枚の荷姿票を差し出した。門ごとの伝令が別々の順を待ち、東治癒院の搬入口まで一本につながっていない。
走者の袖は、予備水桶を運んだ跡で肘まで濡れていた。治癒院から来たもう一人は、空の薬籠を抱えたまま、院内の仕分け順を変えないでくれと言う。救援の命令を待って始めた仕事ではなかった。
ユリウスは操作卓へ向けた足を止めた。資格札にも放出桿にも触れず、荷姿票を持って事故受付へ走る。
受付には、王国評議会の当番記録法務家、案件監査官コンラート・フェルト、魚水の染みた前掛けを着けたマーラ・フィンが待っていた。三人の前にある票は、まだ紐で結ばれていない。
法務家は王家候補資格札の写しと当番表を照合し、候補欄を一枚だけ切り取った。切片をユリウスへ渡さず、任命票の左端へ置く。
「候補、ユリウス。任命はまだです」
コンラートは命令票の余白を切り落とし、北東外門、薬材内門、両門の既存回廊、東治癒院搬入口までの線を引いた。一時間砂時計を、自分の足元へ置く。
マーラの委任票には、登録市場列と対象回廊の生活影響だけが記されていた。東区全体、患者、登録のない居住者の欄はない。
「この道へ水を取られた時、うちの列の損を別に起こせる。そこまでなら受けた」
「冷却槽を守るために、薬材車を止めたいのか」
「止めたら魚の代わりに人が困る。通すなら、誰の箱を腐らせたか隠すなって言ってる」
マーラは委任票の外へ指を出さず、自分の前掛けに残った魚鱗を爪で払った。
彼女が範囲と開始時刻へ署名し、コンラートが同じ時刻を監査欄へ置いた。ユリウスは最後に本人受任欄を読んだ。
「一時間。二門と一院。受ける」
第2鐘の打音が終わり、コンラートが砂時計を返した。細い砂の影がユリウスの手首を横切り、彼は最初の伝令札を取った。
「全門を——」
対象線の外で、コンラートの指が止まる。ユリウスは札を置き直した。
一息で全門を動かせば、復唱の数は減る。ユリウスは口の中に残った二文字を飲み込み、切り取られた対象線を指でなぞった。
「北東外門、薬材内門、東治癒院搬入口。そこまでだ。第一車は北東で荷姿を照合、第二車は車間を半分空けろ」
門鐘が二度鳴り、回廊走者が復唱して駆けた。ユリウスが内東門へ追いついた時、第一車は門前で止まり、門衛長の手には戻り札があった。薬材内門と書いた行だけが、途中の伝令所の字で内東門へ替わっている。
荷姿票は治癒院用の青縄で、石路に残る先行車の轍は薬材内門へ向いていた。門衛長は戻り札と荷台の間に立った。
「この車輪で内東へ入れば、荷台が柱に当たる。復唱札を戻せ」
走者は王太子の命令だと言い張った。ユリウスは誤った札と轍を見比べた。
第一車の御者は、止まる間にも薬箱が温まると手綱を引いた。門衛長は馬の鼻先へ立ち、柱の擦れ跡と荷台の幅を腕で示す。ユリウスが上位の札を振れば、門衛長は退くしかなかった。
「止めた時刻を残せ。薬材内門へ戻す」
門衛長の停止は命令違反にならず、一便の遅れとして事故欄へ入った。第一車を正しい角度へ引き直し、第二車は別の待避線で間を空ける。二台とも東治癒院の搬入口へ着き、当直の荷受人が薬材箱を一つずつ受け取った。
院内で誰へ何を使うかは、医療責任者の札に残った。ユリウスの命令票には、二車到着の時刻までしか書かれない。
回廊から戻ると、命令台には東区配水番の操作札が届いていた。不足時手順で市場冷却槽を止めた時刻があり、配水量を変える欄はユリウスの票にはなかった。マーラの市場鈴が一度だけ低く鳴った。
砂時計の最後の粒が落ちた。伝令鐘はまだ鳴り、走者が次の順序札を差し出す。
ユリウスは受け取らなかった。伸びかけた指を握り、手の甲を命令台へ置く。
「終了時刻」
コンラートが一時間の欄を閉じた。同一危機の十二時間上限には六十分が入り、残りは十一時間。中央蓄積石の放出欄は零のままだった。
翌第2日、ユリウスは第1日第4鐘発の救援要請控えを持って登録市場列へ向かった。三日分の交替、薬材の不足、閉じた取水点の下に、彼の終了票が綴じられている。再任命欄は空白で、夜番の受領印だけが次の行へ続いていた。
魚水の白い跡が登録市場列の石床に乾いていた。朝の客は札を裏返した店を避け、隣の干物屋の列へ並んでいる。
マーラの店先には、販売用鮮魚十二箱と、使えなくなった氷四枚が並んでいる。彼女は仕入札、氷札、廃棄運搬札を重ね、十一銀貨の欄へ紐を通した。見込売上十六銀貨の札は、同じ紐へ入れず壁へ留める。
「十六は売れた時の話だ。十一はもう出ていった。先に数えるなら、こっちだよ」
「補償額は、ここでは決められない」
「決めろとは言ってない。薬が着いた欄で、魚まで戻った顔をするなと言ってる」
ユリウスは事故票の薬材到着欄と、市場損失欄の間へ線を引いた。配水番の操作票も別番号で、門命令だけを唯一の原因とする印はない。
マーラは販売不能の魚を、飼料用の桶へ一箱ずつ移した。十二箱目が空になると、表の売上札を裏返す。氷槽へ水を掛けても、四枚の氷は戻らなかった。
第2鐘、治癒院と水番の交替鈴が続けて鳴った。ユリウスが十二箱を書き終える前に、マーラは空の氷槽を洗い始めた。




